正統カリフ伝
 

【第2代カリフ ウマル】
 

ウマルの正式名はウマル イブン アルハッターブといい、預言者生誕の13年後に生まれました。

勇敢な性格で特に騎士道を好み、真理の前には何者をも恐れず、またそれが間違いだと思ったならばその間違いを放置することはありませんでした。当初羊飼いの仕事をしていましたが、のちに商売を行ないました。

また彼は、属する部族の中でも、厳しさと意志の強さと力強さで知られていたので、預言者はムスリムたちの間にウマルのような者がいてくれることを望み、「2人のウマルのどちらかによってイスラームを強化させてください。」と祈りました。2人のウマルとはアムルー イブン ヒシャームとウマル イブン アルハッターブです。そしてアッラーはウマル イブン アルハッターブによって預言者の望みをかなえました。ウマルは預言者が参加した戦いすべてに参加しました。

預言者はたびたびウマルに意見を求め、その答えがのちに啓示されることが多々ありました。また、ウマルは真理と虚無を見極めることにたけていました。そのため、預言者は彼に「アルファールーク(見極める者)」というあだ名をつけました。
ウマルの信仰心は非常に強く、預言者は次のように言いました。

「ウマルよ、アッラーに誓って、道を行くシャイターン(悪魔)があなたに出会うと彼らはあなた以外の者へと続く道を進む(ウマルを避ける)。」

彼とアブーブクルは、預言者のもとでは2人の大臣の役割を果たしていました。
また預言者は彼の娘ハフサをウマルに嫁がせました。
また預言者はウマルに関して次のように言いました。
「あなたがた以前のウンマには改革者たちがいました。もし私のウンマの誰かがそうだとすればそれはウマルです。」
またウマルはアブーバクルのもとでは大臣職の地位にあり、彼を良く助け、アブーバクルもよくウマルに意見を求めました。


ウマルによる統治

ウマル イブン アルハッターブの統治はアブーバクルの死後、ヒジュラ暦13年ジュマーダル アーヒラ月22日火曜日(西暦634年8月23日)に始まりました。
ウマルは説教台に上り、彼の歩む道を簡潔にまとめた言葉を述べました。
「アラブ人はリーダーに導かれる駱駝のようである。だからリーダーが自分たちをどこに連れて行くのかしっかりと見届けよ。私はと言えば、アッラーに誓ってあなたがたを正しい道へと導くだろう。」ウマルが自分がムスリムたちに約束したことを成し遂げたのはこれから紹介する実例から明らかになると思います。

ウマルは「アミールルムウミニーン(信者たちの長)」というカリフの呼び方を最初に許可した者でした。それ以前はムスリムたちはウマルのことを「預言者のカリフ(後継者) のカリフ」と呼んでいました。

またウマルは支配者たちには公正で非常に厳しく、市民や弱者たちには優しく、イスラーム共同体の利益を追求することに熱心でした。また、清貧・敬虔・謙虚などを体現する模範的存在でした。或る時ペルシャのキスラー(皇帝)からの使者がやってきたとき、彼はカリフであるウマルがキスラーのような豪華絢爛な生活をしていると思っていました。しかし、彼は一般市民のように大地の上で居眠りしているウマルを見つけ、次のように言いました。「ウマルよ、お前は公平であった。だから安全を確保し、ここで眠ることができたのだ。」

ウマルの公正さはムスリムだけでなく、非ムスリムにも及びました。

或る時コプト教徒(エジプトのキリスト教徒)がウマルのところへやってきてエジプトのアミール(地方統治者)アムルー イブン アルアースの息子に対する苦情を述べました。ウマルはこのコプト教徒の言い分は間違いないと確信し、手紙を書いてアムルーを呼び寄せました。そしてことの次第を聞き、コプト教徒の言い分が正しいことがわかると、そのコプト教徒に、自分が叩かれたようにアムルーの息子をアムルーの目の前で叩くように命じました。そしてアムルーはコプト教徒にそれを許可しました。

またウマルは或る時説教台に上り、言いました。
「アミールに不当に扱われた者のアミールは私である(私が庇護するの意味)!」

このように彼の統治下で公正さが広まりました。彼ほど民衆を保護した統治者はいませんでした。公正さは東西はバルカとジャイフーン川まで、そして北はコーカサス・アナトリアまで、南はインド洋にまで広がりました。これにより民衆は、人々の間には敬虔さと善行による以外に差はないということを実感したのです。(続く)


筆者:リハーブ ザハラーン
アラブ イスラーム学院講師

                

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