正統カリフ伝
 

【第1代カリフ アブーバクル】
 

アブーバクルはクハーファの息子で、預言者ムハンマドが生まれた2年後に誕生しました。アッスィッディーク(すぐに信じた者)というあだ名は彼が成人男性のなかで一番最初に預言者ムハンマドの言葉を信じたことと、アルイスラー(アッラーの力によってムハンマドが一晩でエルサレム・マッカ間を旅したこと)とミアラージュ(ムハンマドの昇天)の後に預言者ムハンマドの言うことをすぐに信じたことからきています。このあだ名をつけたのは預言者ムハンマドでした。

アブーバクルはイスラーム布教活動に貢献し、また彼の素晴らしい人格と多大なる努力によって、多くの善良なクライシュ族の者たちをイスラームへと導きました。また彼が人格者であることは青年期から知られており、同時に裕福な財産家としても知られていました。

彼の気前のよさを物語るうえで、ヒジュラ(アルマディーナへの移住)前に行った奴隷解放や、奴隷の主人たちの家で自由意志を奪われたムスリムたちを解放するために財産の90%を差し出したことなどは外せないエピソードです。また、ヒジュラ暦9年のタブークの戦い(対ローマ)の時には、戦闘準備のために彼の全財産を差し出したことからも彼の気前のよさがよくわかります。

さらに、彼の敬虔さが現れたエピソードとしては、カリフ就任後、イスラーム国家の国庫から彼の生活が成り立つ必要最低限の額しか受け取らなかったことが挙げられます。また、アブーバクルはムスリムたちが彼のために最初に給料を定めた者でした。それまでアブーバクルは自分で行なった商売によって生計をたてていました。ムスリムたちは彼がカリフとしての任務に集中できるように国庫からの給料を定めたのです。

アブーバクルはイスラーム以前も以後も預言者ムハンマドを信じた友人でした。彼こそアルクルアーンの中で『洞窟の中にいた二人のうちの一人』(この一人とはアブーバクルのことを指しています)と書かれた人なのです。

預言者が参加した戦い全てに参加し、預言者とともに行動し、また預言者は「もし私のウンマ(共同体)から一人親友を選ぶとしたらアブーバクルを選ぶ」と言って彼を褒め称えました。そして「陽が昇ってから沈むまで(つまりすべてにおいて)アブーバクルより素晴らしいのは預言者のみである。」また「イスラームを呼びかけた者のうち、だれもがすぐに入信の決断を下せなかったが、アブーバクルは別だった。」と言いました。
預言者はアブーバクルに天国行きと地獄の業火からの解放という吉報を伝えました。
また彼の繊細さはジャーヒリーヤ時代(イスラーム以前)から知られ、アッラーを畏れる気持ちから涙を流すこともしばしばありました。

彼の意思の強さに関して言えば、それはイスラーム分裂を企てる者たちや、背信者たちとの戦いの中で顕著に現れました。常に自分自身に対して厳しく、全ての行為を振り返って反省していました。彼の言葉として次のようなものが伝わっています。「アッラーの道に関して己(の欲望)を怒らせるものは、アッラーがアッラーの怒りから彼を護って下さる。」
また自身の欲望との戦いと信仰心の矯正を呼びかけました。

アルクルアーンには『信仰する者よ、あなたがた自身(を守る責任)は、あなたがたにある。あなたがたが正しい道を踏むならば、迷った者はあなたがたを妨げることは出来ない。』そしてハディース(預言者ムハンマド伝承禄)には「悪事を見てもそれを正そうとしない者たちにはアッラーが罰を下す。」とあります。このアブーバクルの人格の素晴らしさと敬虔さはカリフ就任時の説教にもよく現れています。彼は言いました。

「皆さん、私はあなた方の上に立つ者として任命されたが、私はあなた方のうち最善の者というわけではない。私が正しいことをした時には私を助け、過ちを犯したときには私を正してほしい。正直は誠実さであり、嘘は裏切りだ。あなた方のうちの弱者は私のもとでは強者となり私は彼のために権利を与えるだろう。また、あなた方のうちの強者は私のもとでは弱者で、私は彼からその権利を取り上げるだろう。あなた方はジハード(アッラーのために奮闘努力すること)を放置してはならない。ジハードを捨てた民にはアッラーは卑下でもって彼らを叩き潰すだろう。アッラーとその預言者に服従したことに関して私に従ってほしい。もし私がアッラーに背いたときにはあなた方は私に従う必要はない。礼拝に立ち上がりなさい。アッラーがあなたたちに慈悲を与えてくださるように。」

この説教はアブーバクルがカリフ就任中辿った道を包括的に表しています。

アブーバクルはその統治において柔軟さも見せましたが、そこには弱さは微塵もありませんでした。また、アブーバクルは民衆のことをよく考えていました。ある時ウマルはアルマディーナに住む目の不自由な女性を助けていましたが、彼女のところにある晩行くとすでに何者かが彼女を助けた後でした。その者とはアブーバクルでした。
アブーバクルはイスラーム改宗の時期が早いか遅いかにかかわらず、また奴隷やそうでない者、男女に分け隔てなく接しました。

そして開放軍の将軍たちには常に次のように命じていました。
「裏切り、陰謀、死肉を食らうことは行ってはならない。幼児や老人、女性を殺してはならない。ナツメヤシの木を切ったり、それを燃やしたり、実のなる木を切ってはならない。羊や牛やらくだを食用以外に屠ってはならない。教会で崇拝行為に没頭している者たちに出逢ったときには彼らをそのまま放っておきなさい。」

これがカリフ アブーバクルであり、それはイスラームとその教えそのものでした。
アブーバクルには成し遂げた偉大な功績がありますが、次回はそちらを紹介しましょう。

筆者:リハーブ ザハラーン
アラブ イスラーム学院講師

                

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