アラブとの架け橋
 

【サウジ女史の講演会に参加して】



Nimah Ismail Nawwab(ニマ・イスマイール・ナッワーブ)

2005年9月17日土曜日、サウジアラビア王国大使館にてニマ・イスマイール・ナッワーブ女史の講演会が開催されました。サウジアラビア女性の話が直接聞ける貴重なチャンスだと期待に胸を膨らませる一方で、やはり女性なので、人前では黒いベールをかぶって、講演会も遠くから話を聞けるくらいだろう、とも思っていました。
ところが予想に反して、私達の前に現れたニマ女史は、青い色のドレスのよく似合う非常に明るく、理知的な印象の女性でした。流暢な英語を話され、講演会も堅苦しい挨拶抜きで、「最初に皆さんはどんな話が聞きたいのですか?」といった問いかけから始まり、次々と、「皆さんが聞きたいのは、ベールで顔を覆った女性のこと?それともベールで覆っていない私のような女性のこと?」といったようにざっくばらんに話が進んで行き、少々面食らってしまったところもありました。
ニマ女史は36歳、サウジアラビアの働く女性の代表のひとりです。詩人でライターそして写真家であり、アメリカで詩集を出版した初のサウジアラビア人女性としてアメリカのニューズウィークにも紹介されています。

昨今のサウジアラビアの女性の社会進出はめざましく、教師や医者、メディア関係者など様々な分野で活躍しているそうです。そうした背景には女性への教育の充実と深い関係があるとのことです。1960年代、女性は家の中で学ぶことが常とされていました。そのような中で、一部の女性ではありますが、中東(レバノン、エジプト、シリア等)をはじめとする大学に留学し、戻ってくると医療や教育、メディア関係の仕事に携わり、職業女性のパイオニアとなっていったとのことです。たとえば、国連の要職に就いたオバイド・スレイニー女史は働く女性の草分け的存在でしたし、彼女たちが道を切り開いてくれたおかげで、現在のサウジアラビア人女性たちは、国内の大学にも進学し、また様々な仕事に就き、社会に貢献しているとのことです。仕事内容は、インターネットが普及してきたこともあり、ウェブサイトでウェディングプランナーや、マタニティーウェアーの販売、その他のオフィスワーク(秘書や医療事務など)に携わっているとのことです。中には、商工会議所のメンバーに選出された女性もいて、今後、さらに新しく外交の分野にも女性が進出してくるだろうという話も出ていました。

また、若い女性のためのトレーニングセンターも設置され、女性同士のネットワークも拡大し、仕事上の情報交換もさかんに行われ、お互い助け合うことができるようになってきたとのことです。
そして、ニマ女史はこうも語っています。社会に出て仕事をしたり、事業を経営することも大切なことだが、私達女性は「母親」という大事な仕事も持ち合わせている、と。ニマ女史も母親であり、仕事を持っている女性です。サウジアラビアの女性は家庭と社会における両方の責任を果たしていく中で、“微妙なバランス”をとりながら生きているのだ、と聞きました。家庭の中で、妻として、母として、また外で働く女性として、周囲の人々と上手くやっていく術を持っているということだと思いました。

また、ベールで顔を覆った女性についても興味深い話が聞けました。ニマ女史は顔を覆うベールを使わないそうです。ある女性がベールをして出勤したところ、同僚から「なぜ、隠しているのか?」と問われ、心外に思ったという話を聞いて創った詩が、「知られざる覆い」という詩だそうです。ベールを使う女性の気持ちになって書いた詩を朗読されました。非常に印象的な詩でしたので、原文は英語ですが、アラムコの正嵜さんにご協力いただくことができましたので、ここでは日本語訳の詩をご紹介します。

「知られざる覆い
Nimah Ismail Nawwab

私が隠れていると思う人もいる
長い黒い覆いの下
目が覗く小さな狭い隙間だけ
不可解と古風な慎みで覆い隠され
マスクの下でなにが起きているのだろうかと不思議がる

自分の視野の狭さに胡坐をかき
自分勝手な筋書きで解釈し
私が誇りにしていることもろくに知らずに
私自身が誇らしく
女性らしさを誇りとし
誇りの精神を持ち
信仰が
身体だけではなくこころが
祖先からの遺産と、文化と、長く確立した伝統が誇らしい


でもドレスの下で慎み深く
振る舞いにおいて慎み深く
期待において慎み深く
世界を鋭い瞳で見つめ
好奇の目と知識への渇望を持って見つめている

私の覆い、マスクの下の私の姿は
よそ者からは長く哀れみをもって見られるが
私を世界から隔離しているのか?
それともこれは不思議な光景を開き
未知への探求の扉を開き
人とは異なる知られざる鋭いレンズを通した世界を開くのか?

私の世界は私の思うまま、それはベールをしない私の姉妹たちも同じこと
彼女たち自らの選択が私と同じだっただけ
私は覆いを纏い、彼女らは覆いを纏わない
それでも姉妹同士の強い絆で結ばれている」

イスラーム教の中で、女性が顔全体を覆うことは強制されていないとのことです。むしろ、メッカ巡礼の折には、ムスリム女性は顔全体を覆うことは禁止されているとのことでした。現在のように顔全体を覆うようになったのは、オスマン・トルコがアラビア半島に侵攻してきた歴史的背景と深く関わっているとのことでした。以前はベールやヒジャーブの色もピンクやオレンジ色といった様々な色がありましたが、汚れが目立つという欠点もあり、今のような黒い色に落ち着いたようだとも話されていました。ニマ女史はベールやヒジャーブを身に着けることは、神への崇拝とつつしみをあらわすもので、「隠す」ことではないとも語っていました。

1932年近代国家としてスタートしたサウジアラビア。めざましい発展を遂げる一方で、イスラームの宗教と文化、伝統をずっと守り続けてきた偉大な国です。ここ数年のサウジアラビアは社会的変化が激しく、サウジアラビア人にも、ついていけないくらいの速さで変化しているそうです。実際、5年ほど前は、女性が外で働くことはタブー視されていたのですが、今では、中流階級の家庭では共働きはめずらしくなくなってきたとのことでした。

最後にサウジアラビア王国のトラッド大使が、「サウジアラビアはイスラームの聖地メッカがあり、ムスリムとしての義務と責任をはたす重要な役割を担っている。これからも国家としてますます発展し続けていく一方で、伝統的なイスラーム文化を共に守り続けていくことが、私たちの新たな挑戦である。」と、語られた言葉が心に残っています。

現代社会の現実と向き合う中で、たとえ宗教や文化の違いはあるにしても、サウジアラビアの女性が抱える“思い”は私たち日本人女性と似たようなところがあるのではないかと思います。それは、ニマ女史が語った「微妙なバランス」という言葉に表れているのではないでしょうか。地域社会や家庭の中で、家族や周囲の人間を思いやりながら、時には息苦しさもあるけれど、自分らしく生きようとする姿勢が感じられ、アラブ人女性を今までよりずっと身近に感じることができました。

2時間ほどの講演会でしたが、時が過ぎるのが非常に早く感じられ、このような機会を与えてくださったサウジアラビア大使館の大使をはじめとするスタッフの皆様に心から感謝します。ほんとうに有難うございました。


山本ゆみ
アラブ イスラーム学院学生課記

                

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