イスラーム建築
 

【現代のマスジド】
 

マスジド・アルジャッファーリー
1.
マスジド・アルジャッファーリー
サウド王マスジド(サウジ・アラビア:ジェッダ)
2.
サウド王マスジド(サウジ・アラビア:ジェッダ)
マスジドは宗教建築として、それに要求される諸条件がキリスト教会や仏教寺院 に比べて、はるかに数少ないことについては、すでに序章でふれました。この点 は、改めて注目しておきたいと考えます。それは現代と将来のマスジド建設に、 相当の自由を与えるということを意味するからです。

20世紀後半は、文字通りこの自由さが発揮されてきたといえます。そのための 環境の変化について、少しまとめておきましょう。

―技術的な進歩:拡声器はミイザナの必要性を減少させました。ところによって は、それは拡声器のための鉄塔になっている例が出てきました。また耐久性の強 いガラスを使用して、ミフラーブやドームを造る例も見られます。ですから外が 透けて見えるわけです。また冷房設備の発達は、サハン(中庭)の必要性を減少 させているとして、その方向の議論もあります。

―機能分散の進展:医療施設から宿泊施設まで含む総合的なマスジドの指向では なく、機能の高度化に伴い、それらは分散する傾向が強いと言えます。一番マス ジドと結びつきがちだった教育機能が、普通教育の進展により分岐が進むと、分 散化の事態は決定的でしょう。他方で分散化とは逆の現象が、現在増加している 面もあります。それは大きな国際空港やショッピング・モールあるいは大学など の施設の中に、マスジドが設けられると言う動向です。これは主従の関係で言え ば、明らかにマスジドが付帯施設として設けられていると言うことで、旧来の総 合施設とは関係が逆転しています。

―新興国家の国威発揚:20世紀中葉、多くのイスラーム諸国が植民地支配から 独立しましたが、その意気盛んなところを示す目的も合わせてマスジド建設が進 められています。パキスタン、モロッコ、クエイトなどでは、いわゆる国家マス ジドが建造されました。またイラクでも1982年、4万人を収容するマスジド 建設(しかも総合的な施設を想定)の入札が行われ、その落札まではこぎ着けま したが、その後これは結局実施されずに終りました。

このような新しい時代背景を基礎にしながら進められる現代マスジド建設は、実 は未だ進行中の過程であり、本当の意味での整理・分析にはまだ過早だと言うべ きでしょう。しかしそれでも半世紀の時間が流れ、その間にはそれまでに見られ なかった潮流が生み出されていることには、顕著なものがあります。そこで、こ のような視点から全貌をまとめる著作が少なからず出されてきています。以下に おいて、この新たな潮流の主な諸例を見てみたいと思います。それらは長いマス ジドの歴史を踏まえながら、他方で上のような現代的な諸要求を満たしつつ、ど のように結実しているのでしょうか。

モロッコでは1993年に、カサブランカの海岸に国王ハサン2世マスジドがフ ランス人の設計により、完成されました。これは特に装飾面では、伝統美の継承 を図ることが眼目だったそうで、緑色の瓦葺屋根はジャーミゥ・アルカラウィ イーンを思い起こさせ、またミイザナは伝統的な四角形です。しかしいかにも国 家の威信を掛けたといわんばかりの規模です。礼拝堂内には2万5千人収容可能 で、建物周辺を含めれば、10万人の礼拝が可能です。しかし同時に、メッカ、 メディナの二聖マスジドを超えるようなことはない様に配慮されたそうです。

クエイトでもアルマスジド・アルカビールが国家マスジドとして、1984年に イラクの建築家の手により完成されました。ただクエイト政府の希望により、特 に内部のデザインは伝統的な様式が重視されています。

バハレーンには、コーラン学のための総合的な施設が建設され、その中にマスジ ドとしてベイト・アルクルアーンが設けられました。1984年のことです。外 から見たらどこかの図書館のような、立方体ですが、中の設計は空間を十分活用 した現代建築になっています。

湾岸諸国ではどこもマスジド建設ラッシュです。アラブ首長国連邦、カタル、オ マーンの何れも、例外ではありません。石油資金の豊富なことを目の当たりにす るようです。

その中の大宗、サウジアラビアは国内外で、マスジド建設に取り組んできていま す。聖マスジドや預言者マスジドの史上最大の拡張工事や、マスジド・アルキブ ラタインの全面改築についてはすでに、本書初めのところで取り上げました。こ れ以外にも首都リアドの新外交団地区内のマスジド・アルジュムア(1986年 完成)では、ナジュド地方の伝統的な砂漠風内装が強調されました。ハーリド国 王国際空港マスジド(1983年完成)では、空港内の近代建築群に取り囲まれ ながらも、マスジド内ではタイル、絨毯、木工細工などで、伝統的な様式が重視 されました。これは米国のベクテル社が落札したものです(ただし同社ギョー・ オバタ氏という日本名の設計者)。リアド市内の正義・司法宮殿マスジド(19 89年完成)も同様に、新旧両様の混合と言うことで、地元ネジド風の砂漠っぽ い造りが尊重されました。これはジョルダン人の設計になるそうです。

1980年代後半ジェッダの海岸沿いに、約3キロおきに3ケ建てられた白塗り の小型のマスジドは、巨大化への傾向に抵抗するエジプト人建築家アブド・アル ワーヒド・アルワキール氏(「その3―栄光のメディーナ」で言及した建築家) の手になるものです。マスジド・コルニーシュ、マスジド・アルルエイス、マス ジド・アルジャジーラと呼ばれるこれらのマスジドは、インドに見た「真珠のマ スジド」を直ちに思い出させると言えば、当たっているのでしょうか。アルワ キール氏自身は、ギリシアのミコノス島の教会にその着想を得たと言っています が、小型化を目指すという指向は、非常に興味が湧かされますが、これらは ジェッダ市が発注したもので、中央政府系でないマスジドに見られる、現代の潮 流の一つなのでしょう。

因みにこの建築家アルワキールは、ジェッダを中心としてだけでも上の3ケ所の 他に、個人の発注に基づくものとして、マスジド・アルジャッファーリ、サウド 王マスジド、マスジド・ビン・ラーデン、マスジド・アルスレイマーンと次から 次に建設しています。それらは何れも、白亜の殿堂で、恩師のエジプト人建築家 ハサン・ファトヒーに倣い、土地柄に配慮することに加えて、日本式に言うと垢 抜けのしたデザインでまとめています。新鮮な雰囲気を周囲に撒いているところ は、実に心すがすがしいものを感じますが、ここら当たりがサウジの人にも評価 を得ている原因だと思われます。

このアルワキール氏にばかり焦点を当てるつもりはありませんが、最後に彼が現 代マスジド建築について述べたことを少々引用します。「宗教という神聖な目的 の建築物については、刷新と言う言葉は当てはまらない。それは何世代にも渡 る、技術、芸術そして象徴などの総合である。建築家は、新しい用語や作り変え た文法を必要としないで、従来のものを使いながら、読者の心を広げることので きる、詩人のようなものである。」現代マスジドを考える場合に一つの道標にな るかと思われます。(1)

スーダンのマスジドについては、これまで触れる機会がなかったのですが、19 84年に完成した、マスジド・アルニーレインをここで取り上げましょう。首都 カルツームの名所の一つである、白ナイルと青ナイルの合流地点に建設されたこ のマスジドは、カルツーム大学の卒業生の提唱に始まりました。礼拝堂全体を覆 う格好で、丸型のドームが設けられましたが、そのドームは表面が凹凸状になっ ており、何かサーカスのテントか球形アンテナのような印象です。それだけ現代 建築の感もあります。熱暑の土地柄から、このドームの建物は周囲が全面開放さ れるようになっており、そこから川面の冷風が入ってくるように設計されまし た。27米のミイザナはキブラ方向にあり、したがってミフラーブの後ろにある という点は、伝統を破っています。いずれにしても、首都のメルクマールとして は、最大最新の建築物で十分の存在感を誇っています。

次はイランです。ジュンディシャプール大学マスジド(1974年完成)は、伝 統的な煉瓦造りの外装ですが、全体のデザインはどこかの現代風な大学の図書館 か、講堂といった風情です。またマスジド・アルガディール(1987年完成) も煉瓦造りですが、これはイランでの現代マスジドの代表とみなされているもの です。12代イマームを象徴してその中央タワーは12角形になっています。ま たその外壁には、クーフィー書体の文字で飾られていますが、全体の風情は完全 に現代的なスタイルです。以上両方のマスジドとも、テヘランにあります。

パキスタンでは、シャー・ファイサル・マスジドが1986年にイスラマバード に建造されました。4本のミイザナ(90米)は銀色に輝く現代風デザインです が、みんなオスマン・トルコ調に尖塔方式です。それもそのはずで、設計はトル コ人建築家が当たり、資金はサウジアラビアからきました。だから名前は、ファ イサル国王ということになっています。礼拝堂の収容人員は1万人ですが、近代 装置として拡張テントが仕込まれていて、それを広げると20万人が同時に礼拝 できるようになっているそうです。そんな数を収容しなければならないことはあ るのでしょうか?本来ならば丸型になっているドームの部分は、建物全体を覆う 大きさですが、それは角張っていて、いかにも従来型とは違いが強調されていま す。テントをイメージしたとされています。これに隣接して、イスラーム大学な どの施設とコンプレックスになっていて、全体は国家施設とされるものです。

バングラデッシュでも現代建築のマスジドが盛んに建てられています。1986 年、煉瓦造りで真四角の形状のイスラーム技術職業訓練センター内に現代風なマ スジドが設けられました。

それよりも知られているのは、1983年完成した首都コンプレックス内のシェ レ・バングラ・ナガル・マスジドでしょう。このプロジェクトは60年代、まだ バングラデッシュがインドから独立する以前に始められました。設計は著名なル イス・カーンというアメリカ人ということもあるのでしょうが、キブラは茶色の 板が立っているミフラーブではっきり分かりますが、それ以上の飾りつけは何も ありません。それなのに規模はかなり大きく、要するに倉庫の中のような印象で すが、そこまで設計を煮詰めた所に現代的な味わいがあるのかもしれません。

トルコでは、1989年、議会マスジドが完成しました。完全にコンクリートと ガラス造りで、外見上は出来るだけ世論を配慮して、マスジドとは見えないよう に設計されたそうです。またミフラーブもガラス張りですから、中庭が見通せる 形になっています。逆にそこから、アッラーである「天地の光」が入ってくると いう発想でもあるのでしょう。脱イスラームを標榜していた近代トルコですが、 これからはどのような変化を示すのでしょうか。

なお以上に加えて、現代インドでは余りめぼしい動きがないのは、宗教上から言 うまでもないでしょう。

そして中央アジアのイスラーム諸国では、まださしたる主要なマスジド建設は完 成していないようです。しかしそれも他のイスラーム諸国のマスジド建築に寄せ た国威発揚、民族統一の象徴と言う役割に鑑みて、近い将来の課題と言えるので しょう。

(1)Holod, R. & Khan, H.-U., The Contemporary Mosque, N.Y., 1997. p.138.


執筆:アミーン水谷
アラブ イスラーム学院研究員


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