アラブ マイ ラブ
 

【心身ともに健康な人たち】
 

一概に言ってアラブ人はとても元気で生き生きした人が多い。

これは人間という生き物として非常に重要な要素である。彼らはとにかく精神的にも身体的にもバイタリティがある。アツい性格が多く、日本ではモテるかもしれない「クールなタイプ」などはまず嫌われる。時々余りにハイテンション過ぎて、「何か服用しているんではないか?」と疑念を抱かせるような人も少なくない。加えて見た目が非常に頑健で、「絶対病気になったりしないんじゃないか?」という誤解を抱かせるタイプも多い。現代日本人にとっては羨ましい点が多く目に付く。

彼らから日本人に目を移すと…あるアラブ人の言葉を借りれば、「生きてるか死んでるか分からない。」ということになる。アラブ人をある程度知っている者、そしてアジア人の余りの温厚さと静かさを知る者は、この言葉には十分な根拠があることを知る。

まず「生き生き」が身体面から違う。「マッチョ」タイプが多く、男性は皆ゴツい。単に身長などの問題ではなく、小柄な人でもまず体の造りが「戦士的」なのである。一目見て馬力がありそうだし、実際にある。一般にアラブ・イスラーム圏ではそれほど顕著な格闘技の発展を見なかったが、もしこの人たちに何か格闘技をやらせたら凄いだろうなと思う。素早さや柔軟性ではアジア人に劣るが、単純馬力やスタミナは彼らに分がある。また、顔の造りも濃ければ、ヒゲも濃い。顔にまでエネルギーが満ち溢れている感がある。それゆえか、パッと見で押しの強いタイプが多い。彼らの豊かな表情を見ると、アジア的な静かで造作の少ない表情は確かにインパクトに欠ける。かつ感情表現が乏しいので、何を考えてるのか分からず不気味に思われがちだ。日本人なんかはその典型。また彼らに比べると、体格的にもアジア人は一般的に非常に華奢だ。余り筋肉質タイプが多くないし、背が高くてもまず体のフレームが違う。その上昨今は男性も「綺麗さ」を求められるとかで脱毛とか化粧とか身だしなみに気を使うので、彼らから見ると「男だか女だか分からねぇ」タイプが多い。アラブ人と日本のテレビを観ていたら、しょっちゅう「こいつは男、女?こいつは?」と質問されるので少々辟易した。日本でもてはやされるようなタイプのティーン・アイドルなどは、皆大概アラブ的な「男」の概念から外れている。ショッキングだが「男」と見做されない男が多いのである。逆のケースで男に見える女も多かった。例えば和田アキ子、久本雅美などについては、容姿的にそして言動の面などから典型的な女性とは見做しがたいようだった。

「生き生き」の精神面については、まず心の外向性、開放性が大きな特徴だ。初対面の人に出会うと羞恥心や戸惑いを感じるのではなく、逆に逆らい難い好奇心に駆られる。そして話しかけ、質問攻めにする。例えて言えば、心の持ち方として彼らは家のドアをバーンと開放している。一方日本人はというと、家のドアはほぼ閉まりがちで、その僅かな隙間からチラチラと外を窺うようなスタンス。日本の地下鉄に乗ったあるアラブ人が乗客を観察して、「日本人は皆寝てるか本読んでるかだな。周りを見てる人は殆どいない。」と言った。余り人をジロジロ見ないことが暗黙の了解になっているんだ、と言うと、「アラブとは反対だな。」と言われた。多くのアラブ人は心が外界に向いていることが多く、かつ元気が良すぎて(?)ジッとしていれないような人も多い。

またその「開放性」の一環として、初対面の人でも家の食事に気安く招待したりする。これは有名なアラブの習慣で、あるアラブ人が言うことに彼らの価値観では、「客も連れて来れない奴は一人前の一家の主とは見做されない」らしい。そしてそのホスト振りがまた甲斐甲斐しく、お見事。客が緊張しないように、非常に細やかな気遣いを大らかさや笑顔、冗談などで包んでいる。

更に皆仲間や家族とワイワイするのが好きで、かつそのような時間を非常に大切にする。よく話すし、よく笑うし、体を触れ合うコミュニケーションを好む。これじゃストレスなんてそうは溜まらないだろうし、心と体でぶつかり合うダイナミックな付き合いは孤独や非行なども防止するに違いない。青白い顔のお子様や病的な大人たちがひしめく現代日本社会から見ると、非常に羨ましい、心身ともに健康な人たちなのである。

以上いい点のみをあげつらってみたが、いかんせん題名を「アラブマイラブ」と銘打ってしまったのであしからず…。


執筆:サイード佐藤
アラブ イスラーム学院 卒業生


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