アラブ マイ ラブ
 

【アラブの寛容さ(1)】
 

アラブの寛容さ、気前の良さと言えば、自他共に認める有名な装飾句である。
しかし寛容さにも色んな種類がある。例えば自分の損害を覚悟で他人のミスを大目に見ること、また自分の損害を覚悟で他人に利益を与えることなどは、彼がその行為において福利、道義、慈悲、愛情などの高尚な目的を意図する限りにおいて、そしてある一定の限度を超えない限りにおいて立派な「寛容さ」である。アラブの有名な昔話「暗闇のもてなし」はこの範疇に入るだろう。つまり、ある貧しい家の主人が空腹の旅人をもてなそうと思うのだが、十分な食事を用意出来なかった。アラブの習慣としてホストは客が遠慮したり恥ずかしがったりしないよう、ご馳走する場合でも客と一緒に食事をするのが常だ。それで主人は明かりを消して彼と一緒の食事の席に着き、食べる真似だけして実際に自分は食べなかった、という話。

しかし「寛容さ」がある一定の限度を超えてしまった場合、あるいは具体的な目的を伴わない場合、それは単なる「ルーズさ」や「浪費」、「愚かさ」にもなりうる。つまりただ単に面倒くさいから誰かのミスを許す、とかいうのは「ルーズさ」に過ぎず、必要を遥かに超える量の物を無駄に費やすのは「浪費」、そして自分の能力以上の物を後先考えず誰かに与えようとするのは「愚かさ」である。

あるいはもし福利や道義などとは逆の効果を及ぼすような類のものであれば、それは結果的に「不正」にまで至ることがある。つまり誰かへの愛情ゆえに、彼が犯した罪を彼の責任や被害者の権利を無視してもみ消そうとすることなど…。

僕がサウジで垣間見た「アラブの寛容さ」の1例:
「中国人アブドッラーの車に乗った時のこと。この男はこちらに来て間もなく安い中古車を買い、免許証を取得するまで無免許運転で乗り回していた。いっぱしのカーオーナーぶりを僕に見せたかったようなのだが、乗ってみてすぐに彼の運転がやけにぎこちなく、危なっかしいことに気付いた。いつもはうるさいのに緊張して無口になっているのは、実は彼が初心者であったからなのだった。嫌な予感がしたが律儀にも期待を裏切ることなく、スピードの出し過ぎ及びブレーキの踏み遅れにより、交差点で信号待ちの車にキキィィ―――――ッ、ズガァァ―――ン!!!と勢いよく衝突。ぶつかられた車はまだ新しく、後部バンパーがボッコリへこんでいる。乗員全てが車の外に出た。相手の車はサウジ人所有で、インド亜大陸系の運転手が運転していた。サウジ人は話し合うことなく、憤然とした表情で車の助手席に戻り、引きこもる。あーあ、これは面倒なことになったなぁ。こいつ、保険どころか免許ももってねぇしなぁ、と思ったが、この男、只者ではない。すたすたと彼の所に行くと窓越しに何やら話し合い、間もなく握手を交わして戻ってきた。ブレーキがイカれちまったんだ、と言って勘弁してもらったのだと言う。モーリタニアのように即「気にすんな。」とまではいかないが、車が新車同然だったことを考慮に入れれば、やっぱりこれはコスト的に比較してもモーリタニアにも勝る「アラブの気前の良さ」であった。尚、アブドッラーのマシーンは元来ぶつけてもその傷を探すのが難しいくらいの代物なので、問題なし。」(サイードのサウジアラビア日記2より)

この出来事の後、僕のサウジ人の先生ローキー先生の愛車が事故でボロボロになっているのを見た。片側のドア2枚とフェンダーが無残なまでにボコボコになっている。なんでも無理な追い越しをしてきた車にぶつかられたんだと言う。僕が「修理費はもちろん相手が払うんですよね?」と訊くと、「いや。」彼が言うにはぶつかってきた車はそのまま転倒した。車中には女子供が乗っており、怪我はなかったもののワァワァ泣いていたので、可哀想で修理代の話など出来なかったのだと言う。おそらく彼の車の修理費は日本円で6、7万円位かかるだろうということだった。日本だったらその倍はかかるかもしれないし、収入の差なども考慮に入れれば、これは随分な自腹の切り方である。このように車をぶつけられたことは今まで3、4回あったが、彼は只1度を除き全て許して来た、と淡々と言う。何でもその1度というのは相手が失礼な態度をとって、彼を怒らせたからだそうだ。前述の中国人学生の事件について彼の意見を求めると、やはり「中国から来たイスラーム教徒で、アラビア語とイスラームについて勉強している留学生」と知ったら、普通のサウジ人だったらカネを請求したりするわけには行かない、ということだった。

これは明らかに「アラブの寛容さ」の良い1例だと思う。


執筆:サイード佐藤
アラブ イスラーム学院 卒業生


(→バックナンバー
(→週刊アラブマガジンのトップ


 
↑UP↑

前に戻る


アラブマガジンへもどる

 

アラビア語カフェ | アラブ イスラーム学院 | サイトマップ | ヘルプ



2005年 アラブ イスラーム学院