アラブ マイ ラブ
 

【すでに主の定めたるもの(1)】
 

イスラームの預言者ムハンマドの有名なハディースに次のようなものがある。

「誰しも生を受ける者は母親のお腹の中に40日間精子の形で留まり、それから同じ期間凝血として、更に同じ期間肉塊として留まる。それから天使が送られて魂を吹き込むが、その際彼は4つの用命を授かる―つまりその者の糧、寿命、行い、そして不幸になるか幸せになるか、である。〜以下略」

このハディースは人が生まれる前に定められた要素が彼の人生に与える大きな影響、そして避けることの出来ない絶対的天命への信仰、などを示唆している。アラブの子供たちを見るたび、このことについて思いをはせる事がある。というのも彼ら、一般的に幼少の頃から非常に元気で、物怖じしない。一方友人の中国人などアジア人の子供たちは一般的に幼少の頃から大人しく、とても恥ずかしがり。これは両親や周囲の環境などより、生得的な要素の影響が強いことを意味しているのではないか。

これは大人になっても同様である。アラブ人は一般にとにかくエネルギッシュ。外向的タイプが多く、よく喋るし、開放的でテンションが高い。例えばフランスに留学していたときのモロッコ系の同級生たち。彼らはフランス、ベルギーなどのヨーロッパ諸国で生まれ育ったにも関わらず、そのメンタリティーは独特の物があった。一般的に大人しいフランス人などのメンタリティーとは完全に別物である。まだ高校生位の年頃というのもあったが、とにかく元気で明るく、うるさい。学生の1人がボランティアでスペイン語学教室を開いたのに彼らと一緒に参加したが、その時は全く授業にならなかった。モロッコ系の学生たちは思い思いに、自分たちの思ったことや感じたことを直接先生にぶつけたり、表現したりした。それは質問の形であったり、授業とは関係のない鼻歌やクルアーンの朗誦の形であったり、意味も脈絡もない単なる叫び声の形であったりした。いずれにしろ順番や返答を待つのを無視した無秩序な質問の連発、そのマナーの悪さ、状況を省みない奔放さにはビックリさせられると同時に辟易させられた。教師がズブの素人で彼らをまとめきれなかったせいもあるだろうが。尚彼らに決して悪気はなく、自己規律にかけているだけだ。非常に天真爛漫で陽気で、純粋な若者たちなのである。

一方東南アジア人や東アジア人の中には、そのような性格とは一見正反対に見えるタイプを多く見つけることが出来る。彼らはアラブ人と比較すれば物静かで繊細、内向的で穏やかな人が多い。目立ったりすることを好まず、脱個性志向と周りと協調することを尊ぶ気風が見える。例えば僕の学校の寮のルームメートのタイ人。とにかく波を打ったように静か。羞恥心が強く、いつも伏し目がち。内向的であまり活発でなく、部屋をきちんと整理整頓するのが好きで、部屋に色々凝った細かい飾り付けなどをする趣味がある。また調理も得意で、料理やデザートのゼリーをコトコト作っているところなど見ると、幾分女性っぽい感じも見受けられたりする。アラブ人からみるとこのようなアジア人たちは「生きてるか死んでるか分かんねぇ」位に見えるそうだ。ちなみに僕も典型的なアジア人タイプである。

こうして見ると、アラブ人の男性ってのは非常に男性的、と言うことも出来ると思う。見た目も実に男男しい。まあ、いずれのタイプにも長所短所があろう。余り外ばかりに目が向いていれば自らを省みる機会を失うことにもなりかねないし、天真爛漫に過ぎるのも自己規律に支障をきたしうる。エネルギッシュなのも使いようで、いい方向に働けばいいが、悪い方向に働けばとことん悪くなってしまうだろう。
一方内向性に傾きすぎれば、自然と活動性や行動力を失う。余りチマチマしていると小さい人間になってしまうし、男性の特性である主体性や政治力、ダイナミックさなどがなくなってしまう。男性の人生にとってバイタリティーは非常に大きな要素を成し、それいかんによって成すところのスケールが違ってくるということもある。また羞恥心なども悪いものを避けうる効果があるのも確かだが、時に利益のある物事まで遠ざけてしまう恐れもある。やはり「物事の最善は中道」であろう。


執筆:サイード佐藤
アラブ イスラーム学院 卒業生


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