アラビア書籍と日本
 

【紀行】
 

アラブ人旅行者による日本の紀行文です。彼らの目を通した当時の日本のあり方がわかります。

・ 日本紀行1909
・ 日本旅行での友人たちの冗談
・ 日本の旅

★アラブ イスラーム学院図書室で閲覧できます。


*本のタイトル:

日本紀行1909

الرحلة اليابانية 1909

تأليف: محمد علي باشا

アラブ イスラーム学院図書室で閲覧できます。


*本書の紹介:
旅と冒険、そして未知なる発見をこよなく愛する一人の総督が、25000キロを下らない距離を2ヵ月半で横断します。その距離は地球の半周以上。それはとても大変な旅ですが、その分面白く、刺激的な発見と自然の素晴らしさ、そしてさまざまな建造物や色んな肌の色をした人々、多種多様な祭りごとや未知なる情報にあふれています。学問を求め、経験と知識を得るためにかつて長年ヨーロッパで過ごした総督モハンマド・アリーは、この探求的かつ人間的試みをためらうことはありませんでした。

彼の行程の第一歩は、アラブの読者の脳裏にかつてのエジプトと日本における文明開化の比較が浮かぶであろう日本への旅でした。特にモハンマド・アリーは、フランスやイギリスから学問や産業発展を吸収することにおいて、明治天皇に四半世紀も先んじていたのですから。西洋諸国が、その広大な領土の占領と戦利品の分配のために、オスマーン帝国壊滅を悲願としていた当時、日本は西洋より快適で安全だったことでしょう。

*出版社の言葉:
この旅の重要性は、それが、帝政ロシアに日本が戦勝した後になされた点にあります。総督が選んだ旅程は、彼に大きな影響を与えました。総督がアレキサンドリアからイタリア、オーストリアを経てモスクワへと旅したのは、オスマントルコのスルタン、アブドゥルハミード2世が廃位したためだと思われます。総督は、1万キロ近くシベリアを横断して日本海へ向かう列車に乗り、それから海を渡って日本へたどり着きます。旅は鉄道付近の農場や人里の風景にあふれ、自分が通った駅周辺地域を描写するにあたって、彼は、一般の旅行者に変装した追いはぎや略奪団についても忘れずに書き残しています。

魅惑的な自然に恵まれた日本で総督モハンマド・アリーは、歴史的、産業的、商業的、芸術的、文学的名所の多い主要な都市を訪問するのです。


*本のタイトル:

日本旅行での友人たちの冗談

مفاكهة الخلان في رحلة اليابان

تأليف: يوسف القعيد

アラブ イスラーム学院図書室で閲覧できます。


*本書の紹介:
著者は本書の冒頭で、自らの日本旅行について記した理由をこう言っています。
自分は日本から大きな影響を受け、日本への旅こそ本書執筆の動機となったからであると。

著者は、かつて次のような考えを持って日本へ旅しました。
エジプトと日本の近代化はほぼ同時代に始まり、かつてエジプトには近代エジプトの祖モハンマド・アリー・バーシャーが、また日本には近代日本の建立者である明治天皇がいました。それなのにエジプトは何故つまずき、日本は発展を遂げたのか?今エジプトは彼らから見てどこにいるのか?この旅人は日本旅行を通して、書物の中からではなく実際の観察によって、その答えを得ていこうとするのです。


*本のタイトル:

日本の旅

الرحلة اليابانية

تأليف: الجرجاوي
ترجمة، تحقيق: سمير عبد الحميد إبراهيم

アラブ イスラーム学院図書室で閲覧できます。


*本書の紹介:
「アル・イルシャード アル・カーヒリーヤ」新聞のオーナーで、ジャーナリストでもあるアリー・アフマド・アル=ジャルジャーウィーの著書「日本の旅」は、紀行文学のジャンルに分類されると思います。

かつてシャウキー・ダイフ博士が、「紀行文学とは、(長年)空だと思われていた物語文学の場所を満たしたものである。」と述べたように、紀行文学はアラビア文学の中で高い地位を占めています。それは紀行文学が、概ねすべての社会的学問と強い関係を持つ唯一の文学形態であり、歴史学者や伝記作家、地理学者、教育学者までもが、そこから大きな学問的恩恵を受けるからです。そのためすべての言語の文学において紀行文学は高い地位を占めているのです。

旅行家の中には、宣教者、商人、政治家、旅行を趣味とする者、学者など、さまざまな立場の人がいるため、旅の目的も多様です。かつての旅行家たちが、友人や縁者の要望に応えて、あるいは統治者の命を受けて、または読者に役立ちたいと思って旅について書き留めたのであるなら、本書の著者アル=ジャルジャーウィーが自分の旅について書き留めた第一の目的は、旅の主目的だった日本でのイスラーム宣教について説明することでした。そこで彼は日本のさまざまな町で目にしたものを描写し、その目的にかなう特定の詳細を記しました。また情報の記述や、見たものの説明、人や場所の名称解説の中には、それほど正確でないものがあったかもしれませんが、彼はさまざまな統計や記録も伝えているのです。

執筆からおよそ100年も経過しているというのに、読者が現代の文学表現だと思えるほど、本書は容易で簡素な文体が用いられています。
著者は手紙の文体と物語の文体を混合しました。そこには言葉を強めるために詩が含まれ、また文体を美しいものにするためにクルアーンの聖句や聖預言者のハディースが含まれています。彼はそれらを、必要に応じて、また内容の注釈のために引用したのでした。

序文を含む「日本の旅」の各項目は、宗教的要素をはっきりを示しています。そして彼が旅した状況や動機、また彼が旅の記述で用いた手法について述べられ、その後で旅そのものの記述が始まります。

その中には数多くの要素が入っていて、旅そのものに関するものも、またそれ以外の社会的、文化的、経済的事象などについてもあります。著者は本書の中で、旅の友や移動手段、滞在地についての話に重点を置きました。また社会的な事柄や人の性質やモラルについても関心を寄せており、経済的事象や、当時の天皇統治下で実現した日本の発展についても述べています。およそ1世紀前というその時代から考えて、また著者が記述したのが日本についてであったということから考えて、そして旅の手段も今とは全く違う時代に、アル=ジャルジャーウィーが祖国エジプトから地球の果てまで旅したその目的から考えて、この旅が大変大きな重要性を持つことは疑う余地のないことです。

*出版社の言葉:
本書は、アラビア文学の中で高い地位を占める紀行文学に分類され、容易で簡素な散文の形式で書かれています。この旅行家は、旅の友や移動手段、滞在地の記述に重きを置きました。そして社会的な事柄や人々の性質やモラルにも興味を寄せており、また経済的事象や、当時日本が達成した発展についても述べています。




週刊アラブマガジン編集部


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