アラビア人と私
 

【ギリシャに住み始めて。】


体調を崩して入院した私は、今までの生活に疑問を感じるようになっていた。や りたい事をもっとしよう。見たいものを吸収しようと……。ギリシャに昔行った とき「ミコノス島の平和さ、ゆっくりと時間の進む中に身をおいてみたい」、そ んな風に感じ、ギリシャに住むことにした。

まず部屋探し。なかなかうまくいかない。語学スクールのアテネセンターでも、 現在のアパートの紹介は難しいといわれ、1週間が過ぎた。母に部屋探しを助け てもらいながらうまくいかないある日、ワンデークルーズで気分転換をしよう と、ピレウス発のワンデークルーズに参加した。

とても精神的に参っていた私は、楽しまなくてはと思う気持ちもあせりになって いたような気がする。参加者の大半は日本人で、大体100人ぐらいは参加して いるらしい。そして食堂は、日本語のグループ、英語のグループの2部屋に分か れていた。もちろん日本語のほうに私たち親子は入る事に。そして、はじめの寄 港地に着くまで、いろいろな説明を受けたりして直ぐに着いた。2時間弱の寄港 なので、パッパと見て、船に帰らなくてはいけない。そして、次の島まで食事を したりしていた。

この時2、30人の日本人ではないグループが目に付いた。私たちの隣に座った 男性もその中の一人だったらしい。彼がハローと声をかけてくれた。「日本語判 りますか?」と尋ねると、なんと全然判らないという。「それじゃあ説明も何 言っているか判らないで困らない?」と聞くと、「楽しいよ。なんとなく判るよ うな気がする」と答えてくれた。凄いね。と、話しているうちに島に着いた。そ れじゃあまた、と観光をして船に戻ると次は最後の島エギナ島。ピスタチオの産 地だ。今度の移動は少し時間がかかる。今度は部屋が変わってショウを見るた め、適当に座る事になる。

するとさっきとは別の人が声をかけてきた。「何処から来たの?」と。「日本か ら」。私も彼らに「何処から?」と聞くと「ドバイ」と。「わー、ドバイ行って みたいよね」と母と話していた。「ドバイは良いところだよ」としきりに言って くれる。2、3年前からドバイに行きたくてうずうずしていたから、憧れの国の 事を聞いていると楽しく時間がどんどん過ぎてゆく。

エギナ島では、ピスタチオのアイスを皆で食べて幸せな気分に浸って、とうと う、アテネに戻る。ピレウスに着くころ、彼ら一行から夕食に招待された。落ち 込んでいた朝の気分がすっきりとしてきている。

そして、遠慮なくご好意に甘える事にした。「私達はグランドブルターニュとい うところに泊まっている」と言うと、彼らは「ヒルトンだ」と。私は彼らのホテ ルの所在地がよく判らないというと、8時ごろホテルに迎えに行く、と言って別 れた。そして、初対面の日本人親子を彼らの中のアブドッラという人が迎えに来 てくれた。

そして、ホテルに着くと彼ら一行が歓待してくれた。いろいろと話しているうち に「ギリシャに住むの」と言うと、「何の為に?」。「ギリシャ語を来週から習 うのよ。とっても楽しみなの」。するとアブドッラが「それなら、アラビア語を 覚えたほうが絶対にいいと思うけど……」。

私は、マルワン、アリーという友人がいながら、彼らが皆同じ言葉を話し、その 人口がどのぐらいあるかを知らなかった。たった一日の出会い、そしてその後 逢っていないが、彼らと過ごしたことで、私の心が元気になった。


筆者:高橋ゆかり
アラブ イスラーム学院 学生

                

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