アラブとの30年 その2
 

【走れメロス】
 

太宰治の<走れメロス>は日本の中学の教科書に載っていて、読む人に人間の信頼と友情の美しさ、圧制への反抗が簡潔な文章で示されていると、言われています。

「葡萄樹の見える回廊」(杉田英明著 岩波書店)は、この物語のオリジナルがギリシャ・ローマからヨーロッパや中東世界に広がりそれぞれの地で、発展した様子が書かれています。文明がどのように拡散し、異なる地で、どのように醸成されるのか、大変興味あります。私たちの気がつかないところで日本とアラビアが互いに結ばれていることがわかります。物語は11世紀、12世紀に記されたアラブの諺や格言の中で大意以下のように語られています。

「王はある日狩猟に出かけたが人々を恐れおののかせるような風が吹き荒れて、みなの心は動転し王一人だけが一行からはぐれてしまった。そこでやむなく王はアムル・イブン・アル アフナスと言うタイイゥ族の男の下に一夜の宿を乞うた。男は彼を何者ともしらぬまま、立派な容姿、香気に感じいり、大いにもてなした。翌朝騎士たちが迎えに来た。男はびっくりした。王は言った。「恐れることはない。わしはヌッマーンだ。わしの下に来い。金を取らせる。」

男はためらった。だが妻がしきりに勧めるのでヌッマーン王の許を目指して出発した。ところがその日は不幸の日であったため、王は彼に死刑を命じた。すると男は王に向かい、「私はあの大風の日に王様をお泊めしたタイイゥ族の男です。王様との約束を果たすために参りました。」王様は彼を近くに呼び「望みでも要求でも何なりと申せ、ただし死刑を免れることは叶わぬぞ。」「私は自分の命以外なんの望みもいりません。どうか私に命をお与えください。」。

「死刑は免れぬのじゃ。」「私にはなすべき遺言や借金や私以外誰も知らない財産があります。どうか私を家族の下に立ち帰らせ望み通りに後事を託し、それから王様のところに戻ってくることをお許しください。」「誰がそちの身を保証すると申すのか。」タイイゥ族の男が最も寛大な人物は誰かと尋ねると、それはシャリーク・イブン・ウマイルだと告げられた。シャリークは王の甥であり、妹の夫である。シャリークは呼びかけに応じ、身代わりとなる。

期限の日の夕方近く羽織をまとい香油を塗ったタイイゥ族の男が約束通り現れた。そこで王は2人の寛大さに感銘を受けて悪習を廃絶しキリスト教に改宗、自らは王国を捨てて各地を放浪し、神に仕える身となった。

※「葡萄樹の見える回廊」(杉田英明著 岩波書店)紹介文より「日本とイスラームを結ぶ、文化の失われた環を探って、中東と東アジア、二つの文化交渉がしるした、事物・詩想・説話の壮大な伝播の回廊を描く。……極東に達するまでにこれらがたどった伝承の痕跡は、日本文化とイスラーム文化の知られざる関係を明るみに出すとともに、中東とヨーロッパ、二つの文化圏の根茎のように絡まりあった影響と相互浸透の歴史を如実に物語っている(詳しくは本を読んでください)。

執筆:片山 廣
アラブ イスラーム学院顧問

 

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