アラブとの30年 その2
 

【ブルーバードはオースチンのコピーか】
 

1962年頃、カイロの街を歩くと、シニー(中国人)?と聞かれました。ヤバーニー(日本人)と判ると、「トランジスターラジオが壊れたので直したい。日本に照会してくれ」と頼まれました。

その頃、夏休みの1ヶ月間を地中海の町、ドミヤッタに滞在しました。ドミヤッタには国営のナーセル紡績会社があります。その会社に、20代前半の日本技師が1名派遣されました。日本企業が納入した紡績機械の据付と運転を指導するためです。その日本人技術者を助けるのがドミヤッタ滞在の目的でした。日本のほかにドイツ、英国からも、異なる機器が納入され、3カ国が競って、互いに自国の製品の良さを誇りました。

ドミヤッタでは、耐えがたい事がありました。毎晩ゲストハウスで夕食のときに英国人技師とドイツ人技師に嫌みを言われることでした。
「ブルーバードはオースチンのコピー」と英国人が言うと「キヤノンはライカのコピーだ」とドイツ人技師が騒ぎ、「日本人はけしからん、猿真似で生きているのだ」と喚き立てます。日本人技師とともに拙い英語の単語を探し、それは違うと抗弁しました。が、一向に聞く耳を持ちません。一身にクレーム受けている思いでした。

日本人グループは紡績機械を据付ました。日本人の手加減と、エジプト人ではかなりの差があることが解りました。特にナットを締める場合、適度な締め具合が判らず、力いっぱいにスパナーを廻し、最後はねじ切ってしまう事がしばしば起きました。その結果「日本製は弱い」と言いふらします。当時の日本企業は、海外工事の実績は少なく、品質管理手法もマニュアル化されていませんでした。

当時は英国も、ドイツの会社も、外国人を使って仕事をするための手順書、マニュアルを持っていました。仕事を始める前に、作業員全員に仕事の手順を示し、それを監督する一連のシステムがあり、その結果、一定の品質を保持していました。

海外工事の場合は、「黙って態度で示す」といった日本人特有の阿吽の呼吸は通じません。ましてアラブ人は言葉の国民です。言葉によるコミュニケーションが不可欠です。絶対やってはいけない事、やるべき事をはっきりさせないと混乱します。工事全体が指揮者の意図の通り進んで、初めて契約どおりの仕事ができます。正しい工程で組み立てが出来なければ、機械は動きません。そればかりでなく取り返しのつかない事故が起きる危険があります。

「ナットがない」。すると、誰かが「ここにあるよ」と自慢気に持ってきます。どこから? 隣のユニットから外してきたのです。それは困るよ、技師は言います。

一度パターンを飲み込めば、きちんと手順を守る。これがアラビア人の特性です。溶接工もクレーンのオペレーターも一緒に働いたアラブ人たちは一級の腕前を持っていました。マニュアルはマニュアル、仕事は仕事、結果がよければいいじゃないか、とプロセス無視で、成果を得ようとするのはどちらかと言うと日本人にあるタイプです。日本人は応用が利きますが、それだけに逆に脱線する事があります。

現在はISO9000などの品質管理の国際規格があります。世界の一流企業は国際規格を尊重しています。そこに日本人の美徳である信義が加われば、日本とアラブは時代を超えた友人として共生できるでしょう。

執筆:片山 廣
アラブ イスラーム学院顧問

 

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