トップ | イスラーム研究1 | イスラーム研究2 | イスラームと女性 | イスラーム世界とキリスト教 | イスラームと教育
 

「イスラームと女性」
〜離婚と夫婦の関係〜
 

ハビーバ中田香織
「アッサラーム」第65、66号掲載

離婚

 イスラームでは、夫が3度「タラーク(離婚だ)」と妻に対して言えば離婚は成立する。いとも簡単に一方的に離婚が成立するため、不平等、人権無視、などの非難を集めるようだが、事実はちょっと違う。夫が離婚権を握っているため妻は何時でも離婚を言い渡され家を追い出される不安の下に脅えながら生きているようにみられがちだが、実はこの3度の離婚宣言によって窮状に立たされるのはしばしば夫の方である。怒りに任せて「おまえとは離婚だ!」と叫び、冷静になってから自分の言葉に後悔する、ということが多々あるらしい。実際、預言者(彼に平安あれ)の許にも、カッとなって3度離婚を言い渡してしまったがどうしたらいいか、と相談に来る者がいた。たとえ逆上していても自分の言葉に責任を持て、この3度の離婚宣言は熱しやすい男たちにアッラーがそう警告し給うているのではないか。ついでながら、預言者(彼に平安あれ)は、「許されたもののうちアッラーの最も嫌われるものは離婚である。」(アブー・ダーウードの伝える伝承)と言っておられる。

 もちろん、この制度を悪用して取っ替え引っ替え妻を娶っては離婚する、という者もいるだろうが、そのような夫からはさっさと別れた方が妻にとっても幸福ではないか、と誰かが書いていたが、考えてみればまったくその通りである。


夫婦の関係

『彼女ら(妻たち)と仲良く暮らせ。たとえ嫌っても、嫌なところにもおそらくアッラーがよいことを多くなし給うのであろうから。』(第4章[婦人]19節)
『おまえたち自身からおまえたちのために同棲する妻を造り、おまえたちの間に情熱と同情の心を授け給うたのも彼(アッラー)の御しるしのひとつである。…』(第30章[ビザンチン]21節)

 「あなたがたのうち最良の者は家族(妻)に最もよくする者ですが、私はあなたがたのうち最も家族によくしています。」(アッ=ティルミズィーの伝える伝承)
 「アッラーと最後の日を信じる者は、隣人を傷つけてはならず、女性には優しく諭すべきである。なぜなら女性は肋骨から作られたからである。肋骨の最も曲がった部分は上部であり、もし無理やり真っすぐにしようとすればそれは折れてしまうだろう。そのままにしておけば曲がったままだろう。それゆえ女性には適度に諭しなさい。」(アル=ブハーリー、ムスリムの伝える伝承)

 以上のクルアーン、ハディースの言葉は、夫婦が優しい情愛によって結ばれるべきものであることを示している。また、女には女の感じ方、考え方があるから、それを無理に変えようとしてはならない、とも預言者(彼に平安あれ)は言われる。

 性の喜びは夫婦の間で味わう特権であり、結婚前、結婚外における性交渉はすべて禁じられる。性を罪悪視したキリスト教の歴史においては、非婚が神聖視され、性行為を生殖のみを目的とした行為とみなし、そこから快楽を得ることを忌み嫌ったこともあったが、イスラームにおいては性行為は神が夫婦にのみ許し給うた快楽であり、また神聖な務めであった。「男が自分の妻に近づくとき、彼は2人の天使に守られ、彼はアッラーのための戦士のようである。彼が妻と関係を持つとき、彼の罪は落葉のように落ち、全身洗浄をすれば罪は洗い流される。」(ワサーイルッシーアに集められた伝承)また、別のハディースには、妻と交わることも善行であり、そこにはアッラーからの報償があると述べられている。
 妻にとって夫の性的欲望を満たすことは重要な義務の一つである。「もしある女が夫との同衾を拒み、夫が一晩怒りを抱えて過ごせば、天使が朝まで彼女をののしる。」(アル=ブハーリー、ムスリムの伝える伝承)、「あなたがたのうちのだれかをある女性が魅惑し、心を迷わせたときには、自分の妻の所に行き、交合しなさい。そうすれば情念を払うことができるでしょう。」(ムスリムの伝える伝承)、「男が自分の欲望を満たすために妻を呼んだときには、たとえカマドに火をくべていても彼の許に行かなくてはならない。」(アッ=ティルミズィーの伝える伝承)

 フェミニストがこれらのハディースを読んだら、イスラームでは女性を単なる性の道具としてしか見ていない、と非難の声を上げるだろうか。しかし、私はこれらのハディースに、なにか素朴なほのぼのとした夫婦愛の形を見る。愛する夫に欲望された妻はうれしさ、恥ずかしさを「務め」という大義名分に隠しながらいそいそと夫の欲求に応える。時にはそこに二人は仲直りの糸口を見い出すかもしれない。

 妻が夫の欲望に応えなければならないというと、性行為がもっぱら夫のためにだけあるように誤解されるといけないので付言すると、夫には妻を喜ばせる義務がある。「あなたがたのだれでも、卑しい獣のように妻に飛びかかってはいけません。まず交わりの前に先駆けを送りなさい。」と預言者(彼に平安あれ)は言われ、先駆けとはなんのことですか、と尋ねられると、「接吻と優しい言葉です。」と言われた、という伝承がある。また、妻の許しなく射精直前に体を離すことは禁じられるが、これは妻の喜びを奪うことになりうるからとも考えられる。性行為は生殖のためだけでなく、夫婦の間で楽しむべきものとしてアッラーから与えられているのである。私はこうしたイスラームの性愛観を知って、小説、雑誌、テレビなど巷に氾濫する性のイメージに対して覚えていた嫌悪感を一掃することができた。それまでは性を心のどこかで不浄視していたように思う。切り捨てることのできない人間の動物的側面として疎ましい気持ちがあったように思う。また、性行為に男と女の力関係を見るようなやり切れなさも感じていた。現在、それは一点の曇りもない清らかな性のイメージに取って代った。














日本語トップ | リンクについて | サイトマップ | ヘルプ



2003年 アラブ イスラーム学院