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第13章
【マイムーナ・ビント・アルハーリス―その1】
 

願望

 ハイバルが征服され、ハバシャからムハージルーンの帰還を迎えて、もうそこにはムスリムが心を残すことといえば、ヒジュラ暦6年の末に結ばれたフダイビーヤの協定をめぐる不満以外には何もないといえた。

 それは協定のなかには、ムハンマドと教友たちはその翌年にマッカに戻ること、そしてマッカ入都の際には、鞘に納めた刀以外の武器の所持は許されず、しかも滞在は三日間のみという条件が記されていることであった。

 ムハージルーンは、マッカ入都の許される日を指折り数えて待った。母国の土を踏み、カアバ神殿をまわる我が身の姿を夢に描くのであった。そこは先祖代々の住みなれた地、少年の日々を送った懐かしい地であった。ふるさとの家を出て、各地から人々の集まり来る平和なその聖地と彼らとの間が隔てられてしまってからすでに何年もが経た。

 ヒジュラ暦6年にマッカの巡礼に向かったムスリムたちに対して、マッカ側は多神教徒たちが聖なる神殿(注1)に立ち防ぎ、入都を許さず、ムスリムたちはついに翌年に戻ることとして、とりあえずマッカを去ることを承諾せざるを得なかった。

 時はじれったいくらいにゆっくりと過ぎて行った。ついに月がその年の周期を完遂すると、使徒は信者たちにマッカへの出発の準備をするよう呼びかけた。

 預言者は、愛用のラクダ、カスワーに乗った。千頭のラクダに乗った人びとが、それぞれに最古の神(アッラー)の館(注1)を慕い、かつてのふるさとへの郷愁を胸に秘めながらその後に従った。

 遠くに福音の村、ハーシム家の孤児の生れ故郷、啓示の降された地、マッカが、姿をあらわしてきた。

 ホダーは、一段と声をあげて約束の日の喜びを歌った。彼らの先頭は、詩人のアブドッラー・イブン・ラワーハ・アルアンサーリーで、カスワーの手綱をとりながらこう歌った。
「主の道より邪教の民は去りゆき、今や神(アッラー)の使徒の恩寵、満ちあふれるとき、主よ、我々は彼のことばを信じ神(アッラー)の真理がそこにあるを知るなり……」

 信徒は髪を刈り、一同はみな恐れるものは何もなくマッカに入都すると、そのときはすでに一人の多神教徒も彼らを妨げる者はいなかった。

 人びとは、到来した約束の日の一節(アーヤ)を読みあげた。
「まことに神(アッラー)は、使徒のために彼の夢を実現して下さる。いつの日かアッラーの御心ならば、汝らはきっと聖なる神殿に入ることができよう。汝らは頭を剃り、髪やひげを刈って何も恐れることはないのである。神(アッラー)は汝らが知らぬことを知り給う。そればかりか手近な勝利をも与えて下さった」……クルアーン48章(アルファトフ)27節。

 呼び声は一つとなって響きわたった。
“ラッバイカ、アッラーフム、ラッバイカ、ラーシャリーク、ラカ、ラッバイカ(神(アッラー)よ、あなたに呼ばれて私たちはあなたの御もとへ向かうのです。唯一なるあなたの御もとへ)……”

 マッカの隅々まで、この信者の声がこだました。カアバの聖域の外にテントをはっていた多神教徒の足もとで、大地はぐらつき、大きく頑丈な山々さえ、崩れんばかりの畏れを感じるのであった。マッカの人びとは、誰一人として、ムスリムに偉大な勝利の日が近いのを確信しないものはなかった。

 そのすさまじい光景は、それを見たマッカの人びとに深い感銘を与えたのであった。そしてクライシュの最も良き婦人が、ムハンマドに心をひかれていた。それはバッラ・ビント・アルハーリスで、神(アッラー)の使徒が敬虔な姉妹たちと呼んでいた4人姉妹の一人であった。4人のうち一人は、ウンムルファドル(すなわちアルハーリスの娘の大きい方のルバーバ)で、アルアッバース・イブン・アブドルムッタリブの妻であった。彼女はハディージャについで最も早く信者となった女性で、神(アッラー)とその使徒の敵アブーラハブ(注2)に対抗したことで知られている。

 ある日、アブーラハブは、アルアッバースの家にやって来ていきなり下男のアブーラーフィウをつかむと彼を地面にねじ伏せて、その上にまたがり彼がイスラーム教徒となったことを怒って殴りつけた。

 ウンムルファドルは、そこにあった棒を取りに行くと、それでアブーラハブの頭を打ちのめして
「主人のいない弱みにつけこむとは……」と言った。

 アブーラハブは、仕方なくよろよろと立ち上がった。

 バッラには、ほかに母親を同じくする二人の姉妹がいた。その一人はアスマー・ビント・アミースで、ジャアファル・イブン・アブーターリブ(二つのつばさを持つ男と呼ばれた)の妻として、その息子アブドッラーを授かった。彼女はその後にアブーバクルと再婚し、ムハンマドをもうけ、またその後アリー・イブン・アブーターリブが彼女を娶(めと)ってこの二人の間に息子ヤヒヤが生れている。

 もう一人の姉妹は、サルマー・ビント・アミースで彼女はウフドの勇士、ハムザ・イブン・アブドルムッタリブの妻であった。この4人姉妹の母親であるヒンド・ビント・アウフはこう言われている。
「この世で最も恵まれた身内を縁組によって授かった老女はこのヒンド・ビント・アウフであろう。彼女は使徒をはじめアブーバクル、ハムザ、アルアッバース、それにジャアファルとアリーの義母なのである」

 ヒンドには、彼ら以外にも地位の高い義理の息子たちがいるのである。アルワーリド・イブン・アルムギーラ(小さいルバーバの夫)、またアバイユ・イブン・ハラフ・アルジャマヒー(アスマーの夫)、ズィヤード・イブン・アブドッラー・イブン・マーリク・アルヒラーリー(アッザの夫)である。

 このルバーバ、アスマーそしてアッザは、アルハーリスを父とする娘で、バッラとは父をも母をも同じくする姉妹になる。

 バッラはというと、彼女は26歳の未亡人で、夫アブーラハム・イブン・アブドルホザーに先立たれていた。

 バッラは、姉のウンムルファドルを訪ねて心のうちにある想いを伝えた。姉は夫のアルアッバースにそのことを話し、手助けを求めたのであった。アルアッバースは何のためらいもみせず、使徒にこの旨を伝えようと、みずから甥のもとに出かけて行った。そこでバッラとの婚約がなされ、結婚の運びとなった。

 ムハンマドは4百ディルハムのサダークでそれに応じ、従弟(いとこ)のジャアファル(アスマーの夫)を送ってバッラとの婚約を終えた。

 また話では、バッラは自分から進んで預言者との結婚を願い出て、神(アッラー)が次のような啓示を降されたともいわれている。
「また女の信者で、その身を自分から預言者に捧げたいという者で、もし預言者がこの者との結婚を欲するなら許される。これは汝のみの特権であって一般の信者には許されない」……クルアーン第33章(アルアハザーフ)50節。

 それは、フダイビーヤの協定に定められた三日目のことであった。

 その三日目の終りも近づいていた。

 ムハンマドは婚礼が済むまで、滞在の時間を延ばせるものならと望んだ。この時間の延長は、いまだ頑固に口を閉じて異教に留まっている人びとをもイスラームに導く可能性を与えてくれるであろうと……。

 クライシュ族から二人の使者が送られて来て出発がうながされたとき、それは協定で決められたことでもあるので、ムハンマドは丁寧な言葉でこう言った。
「どうだろうか。あなた方の民の一人と結婚をするのだから、ここにもうしばらく私を残してくれまいか。そうすれば祝宴を開き、あなた方にも来てもらえるのだが……」

 しかしながら、クライシュ族を代表する二人は、もう少しでもムハンマドの滞在が延びれば、マッカの門戸はまもなくムハンマドに従ってその扉を開けられることを感じていた。
「我々には、あなたの饗宴は必要ない。出発して下さい」と断ったのであった。

 協定に従って、使徒は二人の忠告を受け入れ、信徒に出発を告げた。花嫁バッラに同行するため、下男のアブーラーフィウがマッカに残された。

(注1) カアバ神殿。
(注2) ムハンマドのおじの一人。ハーシム家の家長となると、彼はムハンマドに対する氏族の保護をとり消してしまった。

転載: 宗教法人日本ムスリム協会 「預言者の妻たち」
アーイシャ・アブドッラハマーン 著
徳増 輝子 訳

(2008年1月18日更新)














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2008年 アラブ イスラーム学院