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第11章
【ウンムハビーバ―その4】
 

夫と父の間で―その1

 マディーナの人びとは、アブースフヤーンの娘が預言者の家に迎えられる日を祝った。

 オスマーン・イブン・アッファーンが祝宴を催し、ザバハが行なわれて人びとに食膳が用意された。

 一方マッカの人びとは、落ち着かぬ夜をあかしたのであった。首長であるアブースフヤーンがその知らせを聞いたときに吐きすてた言葉をくり返し口にしていた。「すごい怪物だ。まだあの男の鼻はおれないのか!」

 この結婚は、ナディール部族の貴婦人を迎えてまだ間もないうちのことであった。

 預言者の夫人たちは、気を遣って礼儀正しく彼女を迎えた。アーイシャは、最初のうちは、この夫人には気がかりのことは何も感じなかったのである。ラムラはすでに40歳に近い年であったし、サフィーヤのように魅力的でもなかったし、ジュワイリーヤのように優美でもなく、ウンムサラマのような美人でもなかったし、ザイナブほどのあでやかさもなかった。

 アーイシャは、この新しい夫人を自分の一派に受け入れる準備のある態度を示した。しかし、アブースフヤーンの娘は他人に従うことは好まなかった。

 アーイシャには、いつまでたってもラムラがハフサのように自分との友情を求めに来ないことが不満で快く思えなかった。同じように、アブースフヤーンの娘も、預言者の家におけるアーイシャの一人よがりのプライドと願望を快く思わなかった。

 しかし、この二人の間の関係は、外目にもわかるほどのあからさまな敵対心を燃やすにいたるほどではなかった。

 アーイシャはラムラに一目置いていた。彼女が預言者の夫人たちの間に強い発言力を持とうとするのではないかと内心恐れてもいた。

 おそらくラムラは、大きな深い悲しみを背負っていなかったら、アーイシャの恐れていることをやったかもしれなかったが、しかし彼女の父親はいまだに迷える邪教徒であった。夫と父の間の絶間ない争いに、彼女は苦しんでいた。これは彼女の最も愛する人びと、父の一家と、夫およびその友たち信者たちの殺し合いなのであった。

 ある日、クライシュ族がフダイビーヤの協定を破ったと聞いたとき、夫の性格を知っている彼女は、不当なことを許さない夫が、約束を破ったことに対して黙っているはずのないことを賢く悟っていた。―では、いよいよマッカを襲撃し、偶像群を倒し、父のいる、兄弟のいる、身内のいる、多神教徒軍を打ち砕く手筈をとるのか―。

 同様に、マッカでは警報が伝わり、大物たちが集まっては、いまや彼らのもとへ押し寄せんとするムハンマドへの対策をねっていた。つい最近まで、彼をまた彼に従う一団をとるに足らない相手とみていた彼らであるが、今日の彼を軽視できようか。すでに彼の力は達するところに達していたのである―。

 そこで、彼らの代表をマディーナに送り、協定の再新を行ない、それをもう十年引き延ばすことでムハンマドと話し合うことに意見が決まった。しかし、誰がその代表者となるのか? アブースフヤーン・イブン・ハルブ、彼をおいてはいなかった!

 アブースフヤーンは、この決定に従わざるを得なかった。どうして彼に断れようか。彼こそこの問題に火をつけて、マッカの人びとの胸の奥深く、燃え木をくべては怒りの火ダネを焚(た)きつけてきた中心人物ではなかったか? 今日、燃えさかってしまったその炎をどうするのか! いまや、自分が、激しい憎悪を燃やしたムハンマドのところへ、平和を求めに行くのである。

 しぶしぶながら、アブースフヤーンはマディーナへと出発した。

 預言者に会うのに気おくれしたアブースフヤーンは、ここで娘が敵の家にいることを思い出し、まずは娘のもとに向かい、この用件を助けてもらおうと考えた。

 突然に彼の訪問を受けた信徒の母は、ハバシャへ移民して以来の長い年月、一度も顔を会わせることのなかった父に何と言ったらよいのか、まだどうしたらよいのかわからずうろたえてしまったのである。

 ラムラの父は、そんな娘の気持を悟り、彼女に坐ってもよいかと許可を求めた。自分から進みでて寝台の上に腰をかけようとした。すると大急ぎで寝台のそばまで飛んで来ると床(とこ)を片づけて娘はハーハーと息をはずませていた。驚いた父親は、しかし忍耐をもってこう聞いた。「私が腰をかけたいと願っているのにとり片づけてしまうのか」

 彼女の答えはこうであった。「これは使徒様の休まれるところです。あなたは多神教徒、そこに坐ってもらいたくないのです!」

 痛く身を刺された彼は、「娘よ、何という悪にとりつかれたのか!」。そう言うと、黙ってうちひしがれた姿で去って行った。

 彼女は壁に寄りかかったままやるせない気持にただ涙を流していた。

 預言者が訪れると、彼女は父の身に起きた出来事を知った。彼は預言者のもとに行って、協定の件を頼んだが、預言者はそれに何も答えなかったのである。そこでアブーバクルに助力を求めたが、アブーバクルは断った。またオマル・イブン・アルハッターブに話をもちかけたところ、冷たくこう返答された。
「あなたのために使徒にとりなしてくれだって? 神(アッラー)に誓って、ほんの少しでも敵意を見つけたら私は抗戦するだけだ!」

 アブースフヤーンは、アリー・イブン・アブーターリブのもとに行った。そこには預言者の娘、ファーティマとその母の腕の中で足をバタバタさせている幼い息子アルハサンがいた。そこでアブースフヤーンは言った。
「アリーよ、あなたは私の身内(注2)のような方、私はこの用件で来たのですが、どうかムハンマドに私のために頼んでください」

 アリーの答えはこうであった。「困ったことだ。アブースフヤーンよ。使徒の決定したことについて、我々は口をはさむことはできないのだ」アブースフヤーンは、ファーティマ夫人の方を向くと、乞い願うように言うのであった。
「ムハンマドの娘よ、このあなたの息子に人びととうまく連帯していつまでもアラブの首長でいるようにと言い聞かせてくれないか」

 彼女は言った。
「この子はまだ人びとと連帯してうまくやっていけるような年ではありませんわ。誰も使徒様の意志に反する仲なおりはできません」

 望みを失ってアブースフヤーンは預言者の従兄弟(いとこ)であるアリーに忠告を求めた。アリーはこう言った。
「あなたにできることが何かわからない。しかしあなたはキナーナ一族の首長たる人、人びとのところに出向いて(ムスリムに対して)あなた自身が和解を宣言したらどうですか。そして自分の地域にお帰りなさい。そのようなことであなたが満足するとは思わないが、しかしそれ以外に私はあなたのやれることを知らない」

 そこでアブースフヤーンはマスジドに行き、そこで自分は誰とも争わない(和解する)と宣言した。そして急いでラクダに乗ると、マッカへの道を駆け去った。まるで迫害者の手から逃れるかのように……。

(注2) アラビア語の呼びかけの独特な表現法のひとつである。

転載: 宗教法人日本ムスリム協会 「預言者の妻たち」
アーイシャ・アブドッラハマーン 著
徳増 輝子 訳

(2007年11月30日更新)














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