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第11章
【ウンムハビーバ―その2】
 

異国での苦難の日々

 ラムラは、マッカの首長であり多神教徒の指揮官でもあるアブースフヤーンの娘で、ムハンマドの従兄弟(いとこ)のオバイドッラー・イブン・ジャハシの妻となっていた。父のアブースフヤーンは多神教徒であったが、オバイドッラーがイスラームに改宗すると、彼女も夫とともにイスラーム教徒となった。

 父親からの攻撃を恐れて、彼女は夫とともにハバシャへ移住した。当時、彼女は身重であった。アブースフヤーンは、娘が父親を残してマッカを去ったことに怒り狂わんばかりであった。彼にはイスラーム教徒となった娘とつながりがとだえてしまったことが衝撃であった。異国ハバシャで、ラムラは娘のハビーバ・ビント・オバイドッラーを産み、その後、彼女はウンムハビーバと呼ばれるようになった。

 異国の生活のなかで、彼女は祖国への想いを隠し秘めながら、離れた家族にとって代わるものを夫と娘のなかに求めようとつとめていたが、ある晩恐ろしい夢にとび起きた。夢に現れた夫は醜悪きわまりない姿なのであった。その翌朝、彼女は夫オバイドッラーが、ハバシャの民の宗教(キリスト教)に改宗したことを知ったのであった。彼はイスラームを離反したのであった。そのためにこそこのハバシャまでやって来たのにである。

 彼は、彼女にも改宗を勧めたが彼女は自分の宗教を守ろうとした。

 アブースフヤーンの娘は、悲嘆のあまり身も砕けそうであった。では、一体なぜオバイドッラーはマッカを離れたのであろう。何のために迫害を受け、あてもない放浪の生活、異国での心もとない生活に身をやつし、先祖からのものを否定しなければならない苦難に耐えてきたのであろうか。このために、ラムラはじっと耐えしのび、またあえて父を悲しみのどん底につき落してしまったのに……それなのにそのイスラームを夫は離れるのである。

 オバイドッラーにとって、先祖からの宗教を抱擁し、部族の人びとともに、家族とともに先祖伝来の遺産を守って戦った方がよりましであったではないか。

 すべてを捨て、イスラームをかかげて、ハバシャまであって来たのにそのイスラームを捨て、異国の異教を受け入れるとは! それもこのようにいともたやすく、まるで服を取り替えでもするように……なんという恥であろう? そして、この娘ハビーバにいったいなんの罪があるのだろう。このように離反者となった父のもとに生れたとは……なんの罪があってこの見知らぬ地で生命を授かったのか……父母の間は絶ち切られてしまい、身内の人びとも散り散りばらばらの宗教に分けられてしまった。父はキリスト教徒、母はムスリマ、祖父はイスラームの宿敵多神教徒なのである。

 ラムラは、かつては自分の夫であり、そして今もなお娘の父親である男の行動を恥じて、人びとあら遠ざかるようになっていった。

 異国の寂しさに加えて、彼女は自分とその娘ハビーバの家戸を閉ざしてからは、その家に人びとを迎えることもない孤独な毎日を送っていた。父が公然と自分の信仰を寄せる預言者に戦いを宣告してはばからぬからには、彼女には祖国へ帰る道はもはやないのである。

 たとえマッカに戻ったとしても、彼女にはどこに身を置く場があるだろうか。生家はムスリマになって以来自分とその家の関係は変ってしまったのである。夫のジャハシ家は、身内の者はみな移住して行き、空家となってしまっているだろう。

 マッカから伝わった便りでは、オトバ・イブン・ラビーアとアルアッバース・イブン・アブドルムッタリブ、そしてアブージャフル・イブン・ヒシャームの3人が、マッカの家並の間を登って行く途中、ジャハシ家の前を通ったが、戸口が閉ざされ、誰ひとり住む人のいないその家を見て、オトバは坂道に息を切らせながらこう言ったという。
「たとえ平和に暮していたとして、どの家にもいつか戦いがやって来る。ジャハシの家はすでに空家となった」

 アブージャフルが「なぜ泣くのか」と聞くと、こう言った。「すべてこれは私の甥(注1)ゆえのこと……我々は別れ別れ散り散りになってしまった」

 ラムラには、もはやマッカへの道は残されてはいないのだ。自分の信仰する預言者と、父との間には燃え上がる争いがあり、またジャハシ家の戸は完全に閉ざされてしまったのだ。

(注1) この言葉はアルアッバースのものと思われる。

転載: 宗教法人日本ムスリム協会 「預言者の妻たち」
アーイシャ・アブドッラハマーン 著
徳増 輝子 訳

(2007年11月16日更新)














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2007年 アラブ イスラーム学院