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第10章
【サフィーヤ・ビント・ホヤイ―その3】
 

ハールーン(アロン)とムーサ―(モーゼ)の末裔

 サフィーヤは、預言者の家に移ることになった。そこで彼女は困難な問題に直面しなければならなかった。それは、アーイシャは、ハフサやサウダとともに一派を組み、他の夫人たちはファーティマ夫人を味方にして一派を組んでいたからである。

 どちらかを選ばなければならないサフィーヤの立場は、むずかしいものであった。賢明な彼女は、預言者の最愛の夫人をも、また愛娘をも、どちらも敵にすることのないよう心がけた。本来の賢明さと、先祖から譲り受けた注意深さが働いて、アーイシャとも、ハフサとも、ファーティマとも全部の夫人たちに近づく決心をさせたのであった。

 アブーバクルとオマルの娘たちには、彼女たちと組む用意のある態度を見せ、一方ファーティマ夫人には、友情の印としてサフィーヤは金の飾りを贈ったのであった。

 サフィーヤに、この慎重な態度をとらせたのは、疑いなくユダヤ人の出身といわれ、かつてムスリムに対してユダヤ人が行なった悪行をあれこれ言われるのを恐れたためであった。

 しかし、サフィーヤが、ファーティマ夫人にあれこれいわれるのではないかと恐れていたのは全く見当違いで、その必要はなかったのである。平和な生活を一番望んでいたのはファーティマであったし、父ムハンマドの最も良き娘であり、夫人たちの騒ぎに参加することより、父のためを思う娘であった。こういった騒ぎに口を出すときは、やむなくひっぱり出されたときに限られていた。アーイシャ夫人の件で、夫人たちの代表として父のもとに出かけたときのことはすでに我々の知っている通りである。

 ただ大変なのはアーイシャの激しい嫉妬心であった。アーイシャは夫ムハンマドの妻となり、彼女と生活をともにする美しい夫人たちのすべてにいらだったからである。

 アーイシャとハフサに近寄ったことも、恐れていたことからサフィーヤを守ってくれなかった。“ユダヤの血をひく女”といやみを言われたことは何度もあった。アーイシャのとげのある言葉に、何度耳をおおったことか……。やさしい夫の庇護のもとに彼女が安穏に生活を送ることも妨げられたのであった。

 サフィーヤを最も苦しめたことは、アーイシャとハフサの二人が、残りの夫人たちも加えて、自分たちはみんなアラブであり、クライシュであると誇り、彼女だけは外来の異邦人であるとして、彼女の追出しを計ったことである。

 ハフサとアーイシャの言葉を聞いたとき、サフィーヤは泣きながらそれを預言者に話した。彼はみずからの手で、衣服の袖で彼女の涙をふきながら、「なぜこう言わなかったのか。“あなた方が私より良いわけがあろうか。私の夫はムハンマド、私の父はハールーン、おじはムーサーである”と……」と言った。その預言者の言葉にサフィーヤは安らぎを得るのだった。彼女は預言者の特別のいたわりを受けていた。

 ムハンマドは、我が家の妻たちの間で、サフィーヤには民族の違いを感じて、機会あるごとに彼女を擁護してきた。

 人びとに伝わる話によると、ある旅の道中でのこと、サフィーヤとザイナブ・ビント・ジャハシが預言者に同行していた。サフィーヤのラクダは疲れきっていたのだが、一方のザイナブのラクダたちは元気いっぱいであった。預言者が、「サフィーヤのラクダが疲れている。彼女にラクダを与えてくれないか」と言ったとき、ザイナブは気位高くこう答えた。「このユダヤ人に与えるのですか? 私が?」

 預言者は怒って、ザイナブから離れた。2か月、あるいは3か月もの間、彼女から去っていたが、その後はもと通りの生活に戻ったといわれている。

 サフィーヤは、預言者の最後の日までこのいたわりを受けていた。人びとの話では、信徒の母たちが、最後の病床に預言者をとり囲んで集まったとき、サフィーヤがこう言った。
「神(アッラー)の使徒様、ほんとうに私の身が代わってさし上げることができるなら、そうしたいです」

 夫人たちは、意味ありげに視線をかわし合った。預言者に「口をすすぎなさい」と言われておそれた夫人たちは、驚いて「なぜでしょうか」と聞いた。彼は言った。「彼女のことで目くばせをするとは……。彼女は実に正直である……」と。

 ムハンマドは死んだ。サフィーヤは、そのやさしい庇護を失った。人びとは、彼女がユダヤの出身であることを忘れはしなかった。ムスリムの預言者の妻となり、イスラームに深い信仰を捧げていても、彼女には防ぐことのできないこの弱みを人びとは攻撃するのをやめなかった。

 彼女の女中は、カリフであるオマル・イブン・アルハッターブのところに行ってこう告げた。「信徒の長よ、サフィーヤは土曜日(注1)を好み、ユダヤ人と接触しています」それを聞いたオマルは人を使わしてサフィーヤにそのことを問いただしたところ、彼女は答えた。

「神(アッラー)が私に金曜日を代わりに与えてくださって以来、土曜日を好むようなことはありません。一方ユダヤ人は、私はユダヤの出ですから彼らに親しみを持っています」

 彼女は女中に向かって、なぜそのようなことをするのかと尋ねると、女中は、「悪魔がそうさせたのです」と答えた。

 信徒の母は言った。「どこへでもお行き。あなたは自由です」

 好むと好まざるとにより、サフィーヤは、オスマーンの時代に始まった政治的な動乱に巻き込まれていった。そのときの彼女の立場は、ちょうどアーイシャとファーティマの間に立たされたときの状態とよく似ていた。

 すでにそのとき、政治的にも強い力を持ち、イスラーム国家での地位も高かったアーイシャに対して友情を保ちたいと思いつつも、サフィーヤはカリフであるオスマーンにも忠実に従おうとつとめていた。

 アーイシャは自分の家から預言者が身につけていた衣服を持ち出すと、信徒たちに示しては、「人びとよ、これは使徒様の服です。この服がまだ破れもしないうちに、オスマーンは使徒様の教えを変えたのです」と叫んだほど、彼女はオスマーンに対抗した。

 キナーナと呼ばれるサフィーヤの下男が(キナーナは彼女の甥であるともいわれている)言うには、サフィーヤはヒジャーブを身にまとってラバに乗ってオスマーンを助けに出かけようとしたところ、一人の男がそれを見てラバの顔をたたいた。男はラバに乗った婦人が誰であるか知らなかったのであるが、サフィーヤはこう言った。「人びとに私であることが気づかれぬよう戻って下さい」

 そして、彼女は自分の家とオスマーンの館の間に渡しを置いて、包囲されて身動きできなくなっていたカリフのもとに食糧や水を届けたのであった。

 サフィーヤは、50歳で亡くなり、他の信徒の母とならんでアルバキーウに埋められた。しれはムアーウィヤの政権が確立したころであった。

 彼女の名は、預言者の伝記のなかに、またハディースの書のなかに残された。彼女のことを語ってくれるのは、彼女の甥であったキナーナ、もう一人の下男、ヤズィード・イブン・ムトアブ、そしてイマーム・ザイヌルアービディーン、アリー・イブン・アルフセイン、ムスリム・イブン・サフワーンたちである。

(注1) 土曜日はユダヤ教の安息日である。

転載: 宗教法人日本ムスリム協会 「預言者の妻たち」
アーイシャ・アブドッラハマーン 著
徳増 輝子 訳

(2007年11月2日更新)














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