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第10章
【サフィーヤ・ビント・ホヤイ―その2】
 

花嫁の夢の話

 ムハンマドは悲嘆の声がおさまるまで、ハイバルにとどまった。そしてもはや、サフィーヤからも恐れは消えうせたころであろうと考え、彼女を連れてハイバルから約6マイル離れた郊外の家に向かった。預言者は、そこで彼女と結ばれたいと思っていたのだが、そのとき彼女は彼を拒み、結ばれることを望まなかった。

 そんな彼女の拒絶を、預言者は心にがく感じたのであった。ムスリム軍の一行は、マディーナへの帰途についた。ハイバルからずいぶん離れたサフバーまでやって来たとき、一行はそこで休憩をした。するとサフィーヤが、そこで婚礼の準備を始めたのである。髪結がやって来て、仕度を整え化粧を手伝った。

 イブン・イスハークが伝えるところでは、この髪結は、アナス・イブン・マーリクの母のウンムサリームであったという。

 サフィーヤは、輝くばかりに美しい花嫁となった。これほどまばゆく生彩を放つ花嫁を見たことがないと、髪結がもらすほどの美しさであった。

 花嫁のこの晴れやかな姿の裏に、悲しみの跡は消えうせていた。花嫁は、すでにハイバルの悲運を忘れ去ったかのようであった。破壊され殺害されたハイバルの家族たちのことも、とらわれの身となってアルカムースの砦から連れ出されたときのことも……。

 婚礼の祝宴が開かれて、ハイバルの産物が食卓に並べられ、人びとは心ゆくまで味わった。その夜、ムハンマドはサフィーヤのもとに行ったのであるが、いまだに彼の胸には最初の拒絶にあったときのわだかまりが残っていた。

 花嫁はやさしく彼に近寄って、不思議な夢の話を聞かせるのであった。

 それはキナーナ・イブン・アッラビーウと結婚の初夜、彼女は夢で月が彼女の膝に落ちるのを見た。目が覚めてからキナーナにその夢の話をしたところ夫はひどく怒って言った。
「それはあなたがヒジャーズの王として、ムハンマドを願っていることにほかならない」そしていまだにあとが残るほど、激しく彼女の顔をたたいたということであった。

 ムハンマドは、彼女の目のあたりに青く残ったアザを認めた。この話を、ムハンマドはうれしく聞いた。彼女を受け入れたいと思った。しかし思い返してムハンマドはこう尋ねた。
「どうして最初の家であなたは私を拒んだのか」……と。

 花嫁はすぐにこう答えた。「ユダヤ人の近くであるため、あなたの身が心配だったのです」

 ムハンマドは心にかかっていた不快な気持は消え、彼の顔は満足したほほえみを見せて晴れやかであった。

 サフィーヤは、待たれている預言者のことを書物で読み知らされていたユダヤ教徒たちが、口にしていたことを思い起していた。長い間、到来の日の近いことを知らされていたのに、彼らは預言者がヤスリブに迎えられた日には、さげすみ、ののしり、自分たちの富や、繁栄を守るために、自分たちの都合のよいように、福音の知らせをあやつり、あるいはそれで文盲のアラブ人に優越感を持っては、自分たちの聖書の知識の深さを誇ったりしていたことを……。

 サフィーヤは語った。
「私は父にも、おじのアブーヤーセルにも、一番かわいがられていました。私を置いて、ほかの子供たちを連れてでかけることなどけっしてありませんでした。使徒様がマディーナに着かれたと聞いた日、まだ暗い闇のなかを、父とおじが出かけて行きました。二人は夕方近くになった、足どり重く疲れた様子で帰ってきました。いつものように、私は二人に声をかけたのですが、誰も私の方をふり向きもせず、重苦しい雰囲気で、おじのアブーヤーセルが父にこう言っているのを聞きました。“あれが、その男か?”“そうだ”おじは言いました。“確かに彼なのか?”“そうだ”“あの男をどう思うか?”“彼への憎悪は一生消えるまい……”」。

 ムハンマドが、サフィーヤと結ばれたテントの外で、一人のアンサールの男が夜を過ごしていた。アブーアイユーブ・ハーリド・イブン・ザイドで、彼はまんじりともせず刀をかまえてテントの周辺を見張っていたのである。それはムハンマドの知らないことであった。

 ムハンマドは人の動く気配を耳にして、彼がそこにいるのに気づいたとき、「アブーアイユーブよ、どうしたのか」と聞いた。

「神(アッラー)の使徒よ、私はこの女が心配でならないのです。あなたは彼女の父を、夫を、部族の民を殺したのですし、彼女はついこの間まで異教徒だった女です。なにか悪いことでも企(たくら)まないか、気がかりなのです」

 使徒は神(アッラー)に彼の忠誠をこう言って感謝したと言われている。「彼が私を守ってくれるように、神(アッラー)よ、アブーアイユーブを守りたまえ」

 ムスリムたちは、ハイバルのユダヤ女で、敵の司令官の一人であったサッラーム・イブン・マシュカムの妻の悪行を忘れるわけにはいかなかった。

 ユダヤ教徒が無条件降伏を受け入れたのち、くつろいでいた預言者のもとにやって来て、毒をぬりこんだ羊肉を差し出したのである。彼女はあらかじめ教友たちから使徒は羊の肩肉を最も好まれることを聞き出していた。そこで肩肉の部分に多量の毒をぬりこんだので羊の肉全体に毒がまわった。その肉を使徒に差し出したところ、ちょうど同席していた教友のビシュル・イブン・アルバラーはそんなこととも知らずその肉を口にした。

 しかし使徒は肩肉を口に入れたが、すぐ吐き出すと「この骨が、毒入りの肉であると告げている」と言った。

 そして、サッラームの妻を呼んだ。彼女は、羊に毒をぬったことを白状した。使徒が、なぜこのようなことをしたのか問いただすと彼女はこう答えた。「あなた様は、我が部族に対しては絶対なる地位に着かれた方です。あなた様が、もし本当に預言者であったら、予告されて知るはずでしょうし、もし王者にすぎないのなら(死ぬので)私は救われると思ったのです」

 預言者はこの謀(はかりごと)に打ち勝ったが、ビシュルは食べたものに毒されて命を落としたのであった。

 おそらくアブーアイユーブはこのユダヤ女のしわざを思い出し、ナディール族の婦人、サフィーヤと結ばれる預言者のテントの周辺を夜通しで見守っていたのであろう。

 一行はマディーナに着いた。ムハンマドは、夫人たちのもとへすぐには花嫁を連れて行かないほうがよいであろうと考えた。そこで教友のハーリサ・イブン・アッヌアマーンの家に一時彼女を預けることにした。

 アンサールの婦人たちは、彼女のことを聞きつけて、その美しさを見ようとやって来た。あるとき、ムハンマドは妻のアーイシャが、人目につかぬようこっそりと出かけて行くのを見て、遠くから跡を追ってみた。アーイシャが、ハーリサ・イブン・アッヌアマーンの家に入るのを見届けたムハンマドは、彼女の出てくるのを待ってそっと袖を引っぱって驚かし、そして笑いながらこう聞いた。「どうだったね!」

 アーイシャは驚いた。そして嫉妬の感情はもえあがっていた。彼女は方をすくませると、こう答えた。「ユダヤ女を見たわ」

 預言者は「そんなことを言ってはいけない。彼女はすでにイスラームに改宗し、信仰深いムスリマとなっている」とアーイシャをたしなめた。

 アーイシャは何も答えず、花嫁の様子を聞こうと心待ちにしているハフサのいるわが家へと急いで行った。

 アーイシャは、サフィーヤが本当に美しかったことは否定しなかった。それに加えて預言者にあとをつけられたり、声をかけられたことまでハフサに話すのであった。

転載: 宗教法人日本ムスリム協会 「預言者の妻たち」
アーイシャ・アブドッラハマーン 著
徳増 輝子 訳

(2007年10月26日更新)














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2007年 アラブ イスラーム学院