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第10章
【サフィーヤ・ビント・ホヤイ―その1】
 

ハイバル征服

 ヒジュラ暦6年が過ぎた。この年には、ジュワイリーヤとの結婚、またハディージャ亡きあと、最も深い愛情を寄せてきた妻アーイシャへの中傷事件など、預言者の家でもいろいろ騒がしい出来事があった年で、またフダイビーヤの協定が締結されたのもこの年であった。

 7年のムハッラム月(第1月)の三日月が登ると、ムハンマドはハンダクの戦いの際にあからさまになったユダヤ教徒の日和見主義をみて、イスラームに害を及ぼす悪の策動の拠点となっているユダヤ教徒ルートをたち切ろうと、出撃の準備を開始した。

 ムハッラム月の後半、ムハンマドは敵の索道地、ハイバルに向かって出撃した。ハイバルの大地を目前にするや、ムハンマドは叫んだ。「神(アッラー)は偉大なり! ハイバルは征服された。我々が村に足を踏み入れればもう勝負は決まった! 彼ら、忠告を聞かなかった者たちの迎える朝はひどいものとなろう!」

 ハイバルは征服された。ハイバルの砦は、一つ一つ攻撃されて落ち、男たちは殺され、婦女子は捕虜となった。そのなかには、ナディール部族きっての名門の家柄で、先祖はムーサー(モーゼ)の兄ハールーン(アロン)にまでつながり、母親はサムエルの末裔であると言われる貴婦人、サフィーヤ・ビント・ホヤイがいた。

 彼女は、17歳にも満たない若さであった。しかし、若い身でありながら、ハイバルが征服される前にすでに二回の結婚をしている。

最初は、ナディール部族の騎士であり詩人でもあったサラーム・イブン・マシュカムと、その後、キナーナ・イブン・アッラビーウと結婚した。このキナーナは、ハイバルでも最強といわれるアルカムースの砦の主であった。

 激しい交戦ののち、この砦はムスリム軍の手に落ちた。キナーナは、生きながら捕えられた。彼のもとにはナディール部族の財庫があったので、預言者はそれについて訊ねたが、キナーナはその場所をあかそうとはしなかった。そこで使徒は、「あなたのところでそれを見つけたら、あなたを殺すがそれでも良いか」と聞いたのに対して「よろしい」と彼は答えた。

 財庫の隠し場所が捜しあてられたとき、預言者は彼の身柄をムハンマド・イブン・サラマに渡し、この戦いでユダヤ軍に殺された彼の兄弟マフムード・イブン・サラマの復讐(ふくしゅう)として首を打たせた。

 捕虜になったアルカムースの女たちは、キナーナの妻サフィーヤとその従姉妹(いとこ)の二人を筆頭に、預言者のムアッズィン(注1)であるビラールに率いられて行った。ビラールが二人を連れてユダヤ教徒の死体がいっぱいに転がっている地帯を通りかかると、サフィーヤは叫びたくても喉につまった叫びは、声にはならなかった。彼女の従姉妹(いとこ)は悲痛な声をあげると、顔を掻きむしり、髪をほこりまみれにして泣きわめいた。

 二人は預言者に引き合わされた。

 サフィーヤは悲しみを押し殺して、誇りを失うまいと努力しているようであった。彼女の胸のうちを誰ひとり推測することはでなかったであろう。彼女は最後の気位を保ち、征服者の前に接しているように見えた。

 もう一人は、髪はもつれてほこりまみれ、服は引き裂かれて押えることのできない悲しみに身をもがき、泣きわめき続けていた。

 ムハンマドはそんな彼女を見てうなずき、またサフィーヤに近づいた彼には、すでにサフィーヤが騎上のこのアラブの預言者に保護以上のことを願っているように見えた。

 預言者は、あわれみの目をみやってビラールに言った。
「この二人を連れて、部族の男たちの死体の間を通ったとはお前も無慈悲な奴だ」

 そしてサフィーヤに自分のもとに残るように命じて彼女に自分の上着を投げた。これは、ムハンマドが彼女を自分のために選んだというしるしであった。

 信徒たちは、「さて使徒様は彼女と結婚なさるつもりなのだろうか。それとも所有さなるのか(注2)」と首をひねるのであった。彼女にヒジャーブが着せられたとき、彼らは預言者が彼女を妻に迎えたのであることを知った。

 アナスが伝えるハディースでは、使徒はサフィーヤを選んだとき、彼女にこう聞いた。「私と結婚する気持はあるのか」彼女は「以前から望んでおりましたことなのです。今ここに神(アッラー)が与えて下さっているこの恩恵を望まないわけがありましょうか」

 そこでムハンマドは、彼女を自由の身とし結婚した。自由が彼女に贈られたサダークであったという。

(注1) 礼拝の時間になると、人びとに礼拝への呼びかけをする人。
(注2) すなわち奴隷の身分のままでおくこと。

転載: 宗教法人日本ムスリム協会 「預言者の妻たち」
アーイシャ・アブドッラハマーン 著
徳増 輝子 訳

(2007年10月19日更新)














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2007年 アラブ イスラーム学院