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第9章
【ジュワイリーヤ・ビント・アルハーリス―その1】
 

美しいとらわれ人

 ザイナブ・ビント・ジャハシと結婚したのち、ムハンマドはヒジュラ暦5年の後半に、つぎからつぎへと生じた重大な出来事に忙殺された。シャッワール月(第10月)からズルカアダ月(第11月)の初めにかけて、ハンダク(注1)の戦いが起き、ムハンマドと信徒たちは多神教徒の連合軍との交戦を開始した。この戦いは、ユダヤ人(注2)のグループがお膳立てしたもので、預言者をマディーナに襲わせて、彼らに協力を約束したものであった。このとき、使徒はマディーナの周囲に掘りめぐらしたハンダク(塹壕)のなかで、3千のムスリム軍を率いて戦った。クライシュは一万の軍隊を送り込み、それに従うキナーナ族や、ティハーマの人びとが加わっていた。またナジドの人びとを従えたガタファーン連合部族も加わっていた。ユダヤ人は、中立を守ると誓った協定を破ったのである。ムスリム側の不利は目に見えていた。八方からとり囲む敵軍に恐れをなした信徒たちの間に、不信の心が表面化して気持もぐらつくほどであった。戦利品(注3)のみを目当てに、預言者について出陣した者たちは勇気を失って、負け色が濃いのを見ると逃げ去って行った。このような状況で苦しい戦いが27日間続いていたが、やがて力尽きて、多神教徒軍は撤退せざるを得ず、神(アッラー)の使徒とその信徒に勝利がもたらされたのであった。

 信徒たちは武器を置いた。戦い済んであけ方に、彼らは長い休養を求めてそれぞれの家に帰って行った。ところが正午になると、使徒の呼人が彼らの名前を呼び、召集を始めたではないか。「聞く人びとよ、従う人びとよ、午後(アスル)の祈りはクライザの部落だ!」

 そしてまたもや、戦いが続けられることになった。クライザのユダヤ部落を包囲して、彼らが降伏するまでのズルカアダ月(第11月)からズルヒッジャ月(第12月)にかけた25日の間、この状態は続いた。

 あくる6年には、使徒はラヒヤーン部族を襲撃し、つづいてカラドの戦いにいどんだ。マディーナに戻って、1か月とたたないうちにフザーア地域に住むムスタリク族が一族の長アルハーリス・イブン・アブーダラールの指揮のもとに預言者をおびやかそうと軍を集めていることを耳にした。さっそく預言者は出陣した。そのとき彼に従った夫人はアーイシャであった。ムライスィアと呼ばれる水場のほとりで交戦が行なわれた。戦いは決定的であった。ムスタリク族は完全に打ちのめされた。婦女子は捕虜とされたが、このときそのなかに族長アルハーリス・イブン・アブーダラールの娘、ジュワイリーヤがいた。

 預言者一行はマディーナに凱旋した。このときに一行がアーイシャを見失う事件(中傷事件)が起ったが、サフワーン・イブン・アルムアッタルのラクダに乗ってマディーナ入りをした妻を見て安堵した預言者は、ムスタリク族との戦いの功労者たちに戦利品を分配するため出かけていった。

 そして私宅に落ちついた彼にとって、多神教徒の偶像崇拝や、誤った伝統を打ち破りつつあるイスラームの普及に関すること以外には、心にかかる問題はもはや何もなかった。

 あるとき、アーイシャの部屋でくつろいでいるときであった。女の悲しい訴えるような声が預言者への面接を求めているのを耳にした。アーイシャは、それが誰なのか確かめるため立ちあがって戸口に出た。なんと「見た人は誰でも心奪われてしまうほど」の優美な若い婦人であった。年は20歳くらいであろう。怖れと不安に震えながらも、彼女のその張りつめた動作がより一層彼女を新鮮で魅力的にみせていた。

 アーイシャは彼女を見て、その一瞬から嫌悪を感じた。できることなら今くつろいでる夫に、この婦人をひき合わせたくないと思った。しかし、この見なれぬ婦人はくり返し預言者との面会を懇願し続けるので、アーイシャは気のすすまないままも受け入れざるを得なかった。アーイシャの気持のなかには確かな不安が芽生えていた。この美しい婦人はなかに通されると、乞い願うように、しかし気位を保ちながらこう言ったのである。「使徒様、私はムスタリクの族長、アルハーリス・イブン・アブーダラールの娘でございます。あなた様がよくご存じのとおりの運命に襲われて、私はサービト・イブン・カイスの分前とされたのです。私は契約を書かされました。でも助けていただきたくてあなた様のもとにまいりました」

 ムハンマドはこの身分高き家柄から奴隷の身と落ちたこの貴婦人をあわれに思った。自分の部族民を滅ぼした張本人である彼のもとに、奴隷の身から救ってほしいと助けを求めに来たこの貴婦人の立場を思いやり、彼のやさしい心は動くのであった。

 フザーア地方のアラブでありムスタリクの族長の娘であるこのジュワイリーヤに彼の心はうたれた。彼以外の誰にも助けられないみじめに危うい淵に立たされて、不安に心乱れながら、彼女はこの部屋の前に立ちつくしていたのである。救いを求めて、苦しみのなかで彼にすがっている。その望みの糸をたち切ることは、ムハンマドにはとてもできないことであった。

 ついにムハンマドはこう語りかけた。「あなたにとってこれより良いと思われることはあるだろうか」彼女はとまどってたずねた。「それはどんなことなのでしょう?」ムハンマドは言った。「あなたの書いた契約は私が責任をとる。そして私があなたと結婚しよう!」

 彼女の美しい顔は輝き、奴隷の身から救われたことすら信じがたく、彼女は声を高くした。「はい、使徒様!」

(注1) 627年。
(注2) 以前、ムハンマドに追放されたナディール部族が陰謀した戦いで、彼らは遊牧民に参加を条件に勝利の際にハイバルのなつめやしの収穫の半分を与える約束をしていたという。
(注3) マディーナ周辺の貧しい遊牧民のなかには戦利品をめあてにマディーナに集まった人びとも多かった。

転載: 宗教法人日本ムスリム協会 「預言者の妻たち」
アーイシャ・アブドッラハマーン 著
徳増 輝子 訳

(2007年10月5日更新)














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2007年 アラブ イスラーム学院