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第8章
【ザイナブ・ビント・ジャハシ―その5】
 

慈悲深い手

 この二人の妻の間にあったすさまじい仲たがいにもかかわらず、中傷事件の際には、アブドルムッタリブの孫(すなわちザイナブ)は、アーイシャ・ビント・アブーバクルの味方に立った。アーイシャは、ザイナブのこのときの気高い態度をこう記述している。「あの事件はアブドッラー・イブン・サルールのもとで、ハズラジ族の人びとの間に広められていったのでした。ミスタフやハムナ・ビント・ジャハシも噂を吹聴した張本人でした。ハムナは、姉妹のザイナブが使徒様のもとにいて、しかも彼女だけが私に匹敵する立場の妻であったから、そのような行動をとったのでしょうが、一方ザイナブは神(アッラー)に守られて一言も私の悪口などは言わなかったのです」

 深い信仰によって、神(アッラー)に守られていたゆえんであろう。ザイナブは正しく敬虔な婦人であった。それは同僚のアーイシャ夫人がよく知っている。彼女はこう言った。「ザイナブほどに敬虔なムスリマもいないでしょう。神(アッラー)を畏れ敬って偽りを口にすることもなく、慈悲深い人でした。自分で仕事に精出しては、それで貧しい人びとに恵みを与えて神(アッラー)の道に近づいた人でした」ハディースによると、使徒がオマル・イブン・アルハッターブに言った。「ザイナブ・ビント・ジャハシは、まったくアワーフだ」そこにいた一人が「アワーフとはどういうことですか」と聞くと使徒は、「すばらしく謙虚で敬虔であるということだ」と言って次の一節(アーヤ)を読み上げた。「まことにイブラーヒームは心優しく謙虚でよく改悛して主(アッラー)に返る者(すなわちアワーフ)であった」……クルアーン第11章(フード)75節。

 彼女は、恵み深い人であった。自分の手でできることは自分で精出して働き、それを貧しい人びとにほどこし、善行にいそしんだ。夫人たちのなかでも最も恵み深い人であった。

 ムハンマドの死は、ザイナブと夫人たちの間にくり広げられた夫への愛の闘争のあとを消し去った。いまは夫人たちも、彼女がかつて夫に深く愛された妻であり、信徒にとっては慈悲深い母であり、神(アッラー)のみ前には敬虔なるしもべであったことを思い出すのみであった。

 ウンムサラマは彼女をなつかしみ、また彼女とアーイシャの間にあったことを思い出して彼女をしのんでこう言った。「ザイナブは、使徒様に愛されていました。とても深く……。彼女は正しく信仰深い人でした……。自分で働き、それをすべて貧しい人に分け与えていました」ザイナブの死の知らせを聞いて、アーイシャはこう言ったという。「敬虔な信徒が逝きました。みよりのない子供や婦人にほどこしをする人でした」そしてこう言った。「使徒様がこう言われたことがあります。“私に続いて最も早く天国来る人は、あなた方のうちで一番手の長い人だ……と”。そこで使徒様が亡くなられてからは、私たちは一人の部屋に集まっては、壁に手をあてて、手の長さを測り比べたりしました。ザイナブが死ぬまで、そんなことをやっていましたが、彼女が死んでみてはじめて彼女の手が長かったのではなく、長い手とは恵み深い手という意味であるとわかったのです。ザイナブは、皮をきらいになめしたりして働き、それを神(アッラー)の道のために投じていたのです」

 カリフ・オマル・イブン・アルハッターブが彼女に1万2千ディルハムを送った際、彼女は「これは人を誘惑するものです。これをどうすればよいのでしょう。私にはわかりません」と言ったという。

 そしてその金額を、知人や貧しい人びとに分配したという。それを聞いてオマルは、彼女の家を訪れてこう言った。「あなたのなさったことを聞きましたよ。あなたの所要に当てるため、あと千ディルハム贈りましょうか」

 さらに千ディルハムが支給されると、彼女はその金額も全部恵み与えてしまって、彼女の手許には1銭も残らなかったそうである。

 ヒジュラ暦の20年、彼女に死の別れが訪れたとき、彼女は、「私は、すでに自分の葬儀用の経帷子(きょうかたびら)の白布の用意を済ませました。カリフ・オマルも、私に白布を送ってくださるでしょうから、そのときにはそのうちのどちらか一枚を必要な人に恵んであげてください」と言ったという。彼女が死んだときは53歳であった。

転載: 宗教法人日本ムスリム協会 「預言者の妻たち」
アーイシャ・アブドッラハマーン 著
徳増 輝子 訳

(2007年9月28日更新)














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2007年 アラブ イスラーム学院