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第8章
【ザイナブ・ビント・ジャハシ―その1】
 

貴婦人とマウラー(注1)

 ウンムサラマが預言者の家に嫁いで来たときに、花嫁の美しさを見たアーイシャがハフサに嫉妬にかられた胸のうちを告げたとき、ハフサは彼女の美しさは年なのでまもなくあせると言ってなぐさめ、そのうちにもっと嫉妬を感じる人が出てくるからと彼女の気持をまだ見ぬその人に向けさせた。

 まるでハフサがこれから起きることを予告していたかのように、ウンムサラマの結婚後、1、2年も過ぎないうちにアーイシャの嫉妬心を最高にあおった人が嫁いで来たのである。若く美しい貴婦人ザイナブ・ビント・ジャハシで、アサド一族であり、アブドルムッタリブの孫であり、ムハンマドには従妹(いとこ)にあたる婦人であった。

 彼女は、色白で、ふくよかな体つきで、完璧ともいえる美しさのクライシュの婦人であったといわれている。彼女は、この美しさに誇りをもっていた。また神(アッラー)の使徒の親戚という家柄に誇りをもっていた。

 仮に、ザイナブがその美貌、若さ、預言者との親近さを誇って嫁いで来たのだとしても、これらのすべてが当然嫉妬を呼び起す的となるものであったろう。その上、彼女の結婚に際しては、神(アッラー)の啓示が降されたとなったからなおさらのことである。

 預言者が夫人たちと結婚するについて、このザイナブとの結婚のときほどとやかく言われたことはなかったであろう。それにはこの結婚前からの難題があったからである。その特殊な事情のため、親族結婚であるとして騒がれたが、ついにクルアーンの一節(アーヤ)の降下によって解決がなされたものであった。

 ここで歩みを止めて、私たちは預言者ムハンマドに天命が降される前のこと、ハディージャの甥にあたるハキーム・イブン・ヒザーム・イブン・フワイリドが、シリアの旅から奴隷を連れて戻ったとき、その中にザイドと呼ばれる少年がいたのであるが、そのときのことまで話を戻す必要がある。

 このザイド少年は、もともとは奴隷ではなかった。彼はザイド・イブン・ハーリサといって、ザイドッラーテ族の出身であった。あるとき、母のサアダーに連れられて彼女の里、マアヌ・イブン・タイイの部落を訪ねようと出かけた途中、アルカイニ族の騎馬兵が少年を掠奪し、アラブの市場で少年は売られた。そのとき、ハキーム・イブン・ヒザームが彼を買った。

 当時ムハンマドの妻であったハディージャ夫人が甥を訪問したときに、ハキームは彼の奴隷のうちハディージャの気に入った者を選ぶようにと勧めた。そこで彼女はザイドをもらいうけて家に連れて帰ってきた。少年を見たムハンマドは彼を気に入り欲しがったので、彼女は喜んでその少年を夫に与えた。

 ザイド少年の父ハーリサは、息子の件を非常に悲しんで捜し歩いた結果、彼がマッカのムハンマドのもとにいることを聞きつけた。そこで兄弟のカアブとともに、ムハンマド・イブン・アブドッラーのところにやって来てこう言った。「アブドルムッタリブの息子よ、首長の息子よ、あなた方はみじめな人びとを助け、空腹な者に食物を与える慈悲深い方々です。我々は息子の受け戻しの件でやって来ました。どうかよく取計らって下さい」

 ムハンマドは二人にこう言った。「ではこうしたらどうだろうか」「それはどんなことですか」と二人は言った。「彼を呼んで彼に好きな方を選ばせよう。もし、あなた方を選べばそれがよいし、もし私を選ぶのなら、神(アッラー)に誓って、私は私を選ぶ者を迎える」二人は同時に言った。「それは願ってもないありがたいことです」

 そして、ザイド少年が呼ばれた。少年は父とおじを見た。ムハンマドは二人と一緒に行くか自分のもとに留まるか望む方を彼に選択させた。そのとき少年は主人である預言者を選んだのである。

「ザイドよ、おまえは父や母よりも、故郷や故郷の人びとよりも、奴隷の身を好むのか」と父は一緒に帰ることを懇願したのだが、ザイドはこう答えた。「この人に私は何かを感じたのです。私がどうしても離れられない何かをです」

 そしてそのとき、ムハンマドは少年の手をとってクライシュの人びとの中に連れていくと、このザイドは自分の息子である(注2)と表明したので、それから少年はザイド・イブン・ムハンマドと呼ばれるようになった。彼はアリー・イブン・アブーターリブについで最も早くイスラームに帰依した。

 使徒がマディーナにヒジュラすると、すべての教友たちは兄弟とされた。たとえばザイドと、使徒のおじのハムザも、兄弟の交わりとなったわけである。

 ザイドが結婚適齢期を迎えたので、預言者はおばのウマイマ・ビント・アブドルムッタリブの娘、すなわち預言者にとっては従妹(いとこ)にあたるザイナブをザイドの嫁に選んだ。

 しかしザイナブも、また兄のアブドッラー・イブン・ジャハシもクライシュ族の名家の娘がマウラーと結婚することなどとんでもないといやがった。二人は、名家の娘がマウラーと結婚するなど今までにも例のないことだし、そんな侮辱を受けるなんて彼らにはふさわしくないではないかと、従兄弟(いとこ)の預言者に問い質したのであった。そしてザイナブは、「絶対に彼との結婚はいやです」と言っていたといわれる。

 ムハンマドはこの二人にイスラームにおけるザイドの地位と、彼の血統は純粋なアラブである旨を語り説得したのだが、しかし二人は、預言者を愛し、預言者に服従したい意志にもかかわらず次のような啓示が降されるまでこの結婚を受け入れることができなかった。

「信徒の男も女もアッラーとその使徒が事を決められた以上、自分勝手に事を処理するべきではない。アッラーとその使徒にそむく者は明らかに迷いそれた者である」クルアーン第33章(アルアハザーブ)36節。

 そこでザイナブはザイドと結ばれた。

 使徒にとっては、階級や身分差別をなくしたいと願うイスラームの高い理想が完了されたことになった。

 しかし、二人の結婚生活はうまくいかなかった。ザイナブは、自分の身分意識を捨て去ることができず、一秒たりとも、もともと奴隷として自分の家系に入ってきた男のもとに、妻として仕えていることに耐えられなかった。

 ザイドにとって、彼女の抵抗、彼女の冷淡、高慢は耐えがたいものであった。何度か使徒のもと行き、ザイナブの態度について不満を訴えたのであるが、使徒はただもう少し忍耐強く辛抱するように「あなたの妻をとどめ置き、神(アッラー)を畏れなさい」と言って諭したのであった。

 その後、アッタバリーが伝えている出来事が起こったのである。それは使徒がザイドを求めて彼の家を訪ねたとき、ザイナブが急いで迎えに出てきて、「ザイドはここにはおりませんが使徒様、あなたは父や母のような方、どうぞおはいり下さい」と言ったという話である。

 やはりアッタバリーが伝えている別の話にも同様なことが書かれている。……使徒がザイドを訪ねてきたザイナブの部屋の戸口には毛のカーテンが下げられていたが、そのとき風がカーテンを吹きあげたので薄着のまま部屋にいた彼女のなまめかしい姿があらわになった。使徒の心はその彼女の姿にときめいたのであった。彼女は中にはいるよう勧めたが使徒はこれを断り、「神(アッラー)に讃えあれ、何と心奪われることよ!」とつぶやきながら立ち去った。ザイナブはその言葉を聞きとった。

 ザイナブはその場に坐りこんだまま、従兄(いとこ)のつぶやいた言葉のことを考えているとザイドが戻ってきた。

「中にはいるように言わなかったのか」とザイドは妻に聞いた。ザイナブは「もちろんお勧めしましたけど断られました」と答えたが、不思議に思ってザイドは「何か言っていましたか」と尋ねた。ザイナブは「帰りぎわ“アッラーに讃えあれ、何と心奪われることよ”とつぶやいていらしたのを聞きました」と言った。

 ザイドはすぐに家を出ると、使徒のもとにやって来て行った。「神(アッラー)の使徒よ、私の家にみえられたと聞きました。どうしておはいり下さらなかったのですか」そして「彼女と離婚しましょうか」とたずねた。そこで使徒は「どうしたのだ。彼女に何か疑わしいことでもあるのか」と言うと、ザイドは、「とんでもないことでございます。神(アッラー)の使徒よ、何も疑ってはおりませんし、彼女は立派な人だと思います。しかし私に対してはあまりにも彼女が自分の身分を誇るので、その言葉を耳にするのが辛いのです」と答えた。

 使徒は「あなたの妻をとどめ置きなさい」と言った。ザイドはその言葉に従い、もう一度辛抱してみようとより一層の努力を重ねた。しかしながらザイナブは夫を避け、その日からはもう彼にはどうすることもできず、ついに別れる以外に道はなく、二人は離婚の手続きをとった……。

(注1) 庇護を受ける身分の者。奴隷。
(注2) 子供の父性が確認されないこともあったイスラーム以前のアラブでは、養子は実子と同じとされていた。

転載: 宗教法人日本ムスリム協会 「預言者の妻たち」
アーイシャ・アブドッラハマーン 著
徳増 輝子 訳

(2007年8月31日更新)














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