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第7章
【ウンムサラマ―その4】
 

国家は神(アッラー)が守って下さいます!

 夫の亡き後、信徒の母ウンムサラマは、浮世の争いごとに加わることのないようつとめたが、内乱が起きて、使徒の従弟(いとこ)であり、また使徒の娘ファーティマの夫であり、アルハサンとアルフセインの父でもあるカリフ・アリーが苦境に立たされたとき、ぜがひでも彼を助けたいと思った。

 できることならともに出陣して勝たせたいと願ったのだが、信徒の母たる身でありながら、そのような内乱に関係して出陣することはよくないと思いとどまった。そこでアリーを訪ね、息子のオマルを差し出して、「信徒の長よ、私があなたとともに出陣して、神(アッラー)の御心に背くことはあなたも承知なさるまい。これは息子のオマルです。私には自分以上に大切な息子です。彼があなたとともに出陣して戦います」と言った。

 それからアーイシャを訪ねると、彼女に注意をうながしてこう言った。「あなたが出陣するとは一体どういうことですか。国家のことは、神(アッラー)がこの国のうしろで見守って下さるのです。もし、私があなたのような道を進んでいても、もし、天国に入れと言われたとき、使徒様の制したことを破ってしまっていては天国で彼に会うのが恥ずかしいではないですか」……と。

 しかしアーイシャは頑固として自分自身の道を進み、絶対に折れなかった。

 カルバラーの悲劇(注13)で、使徒の身内が殺害されるというイスラームがなめたこの苦い経験を、長寿だったウンムサラマも目のあたりに見たのだった。伝えられるところによると、彼女は、ヒジュラ暦61年の終り、アルフセイン・イブン・アリーの殉死の後に死んだという。

 またある筋ではその後もう1年生存し、63年にマディーナのアリー一家の残りを殺害するために、ヤズィード・イブン・ムアーウィヤが軍を集めたという知らせを耳にしたとき息をひきとったとも伝えられている。

 このザード・アッラキブの娘ウンムサラマは信徒の母たちのなかで一番最後に死んだ人と伝えられている。教友のアブーフライラが祈とうを捧げ、遺体はアルバキーウに埋葬されたという。

 そして彼女のあとにはもう一人も信徒の母たちは残っていない。ただその記録と歴史が残っているのみである!

(注13) 680年、アルフセインはカルバラーで殺害された。

転載: 宗教法人日本ムスリム協会 「預言者の妻たち」
アーイシャ・アブドッラハマーン 著
徳増 輝子 訳

(2007年8月24日更新)














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2007年 アラブ イスラーム学院