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第5章
【ハフサ・ビント・オマル-その2】
 

流れた秘密

 サウダとアーイシャのいる家に、花嫁はやって来た。

 サウダは快く彼女を迎えたが、アーイシャは夫が別の夫人を迎えることなど、ハディージャのときには決してなかったことなので不満であった。

 しかもハフサには何の欠点もみられないのでアーイシャは辛かった。彼女は若く、信仰深く、育ちの良い婦人であった。

 アーイシャは、サウダやハディージャに対しては自分の若さと、父親の信望の厚さを内心誇っていたのだが、ハフサにはそうはいかなかったのである。アーイシャは、自分にとってさほど気にならない存在のサウダでも、夫が一晩おきに彼女のもとに泊まることが辛いのに、ましてやハフサのもとで過ごすとなったらどんな気持であったろう。

 どうしたらよいか、アーイシャは悩んだ。彼女は、この結婚がオマルのために行なわれたのであり、イスラームも、信徒たちも皆がそれを心から祝しているのを知っていた。

 新しく別の夫人たちが預言者の家に嫁いでくるまで、アーイシャは嫉妬の気持に悩みながらも口を噤(つぐ)んでいた。

 やがて新しい夫人たちを迎えるとアーイシャはハフサに対して感じていたことを忘れていった。それどころか、ハフサに、彼女の一番身近な友となり、困ったときには一緒に彼女の立場に立ってくれる友情を求めようとしたのである。

 ハフサはたとえ自分に多妻を受けいれたくない気持があったとしても、それは預言者のもとに自分よりも先に住んでいるこの妻(アーイシャ)に対してであってはならないし、アーイシャに対して文句を言う権利は自分にはないのだと思うのだった。

 おそらく彼女は夫のアーイシャへの深い愛を知って、心のなかでは傷つけられていたのかもしれない。しかし多数の夫人たちがあいついで嫁いでくると、彼女はためらわずアーイシャ側に立った。

 オマルは、娘の態度を何となく気になって見守っていた。自分の娘と、アブーバクルの娘のふつうでない間柄を心配していたのだが、その親近感の裏にあるものが、他の夫人たちに対する対抗心であることがわかると、オマルは娘がいつもアーイシャと行動をともにすることをきらった。ハフサにはアーイシャほどの深い夫の寵愛がないからである。甘えん坊の幼いアーイシャのまねなどしないよう、オマルはこう言って娘をたしなめた。

「あなたの父と、彼女の父が同じでないように、アーイシャはアーイシャ、あなたはあなたなのだ」

 ある日、オマルは妻から娘のハフサが使徒に逆らって終日、使徒を怒らせたと聞いたので、すぐさま娘のところへとんで行って、それが本当であるかどうか問いただした。彼女が事実であることを認めると、オマルは怒って叫んだ。

「娘よ、使徒の怒りを招かないようにとあんなに注意したではないか。使徒が寵愛するあの人に惑わされてはいけないのだ。私は使徒があなたを愛していないのを知っている。もし、私があなたの父親でなかったら、使徒はもうあなたと離婚していただろう!」

 その後、オマルは娘のハフサが、自分の諭したように謙虚な貞淑な妻に戻っていることと思っていた。しかし、彼女は少しも変ってはいなかった。また変ろうともしなかった。彼女はアーイシャにも、また他の夫人にも、自分の立場に勝るものは何もないし、自分の性分に合わないことをあえて取り繕う必要性もなかったので、そのままに自分の生活を続けていた。自分に合わないと思われるときには、夫に反抗することもしばしばあった。彼女は使徒の話を聞いているときも、ほかの言葉が思い浮かぶと恐れることなく言葉を返すこともあったという。

 イブン・サアドによるフダイビーヤと喜びの誓いの話のなかで伝えられるところによると、使徒はハフサの家にいて、フダイビーヤの樹の下で約束をかわした教友たちにこう言ったことがあった。
「この樹の下で誓い合った友は、けっして火のなかに(地獄)送られることはないだろう」

 するとハフサはこう言った。
「そんなことはありません!」

 彼女はクルアーンの一節(アーヤ)を読んだ。「そして汝はひとり残らずそれ(地獄の火)を通らねばならぬ。これは、神(アッラー)が定められた掟なのである」……クルアーン第19章(マルヤム)71節。

 すると預言者はこう応じた。
「しかし神(アッラー)は主を畏れる敬虔な者を救い出し、不義を行った者は、そのままにしておく……」……クルアーン第19章(マルヤム)72節。

 おそらく彼女のこの反抗的な態度は、アーイシャへの嫉妬の気持を友情におきかえてこの明るい若い婦人とともに小さな争いや共謀に参加することによって、心の内に秘められた挫折の感情を忘れさせていた故なのかもしれない。

 ムハンマドは、できるかぎり、この二人のわがままを許してきた。夫の胸に憐れみの情を呼び起す弱い女性の本性なのだとして、また最も信頼する友の娘たちであるとして許してきたのだった。

 しかし、ハフサの家にマーリヤを迎えたときには、彼女の胸の傷はまたも、血がにじむおもいであった。彼女は父の言葉を思い出すのだった。
「私は使徒があなたを愛してないのを知っている……もし、私があなたの父でなかったら使徒はあなたと離婚していたろう!」……。

 マーリヤが立ち去るやいなや、ハフサは自分の部屋にはいると夫に向かってこうわめいた。「誰がここに、あなたのもとにいたのか見ました! 本当にあなたは私を傷つけたのです。もし私を大切に思ってくださるなら、あなたはそんなことはなさらなかった……」そして泣き崩れた。彼女の言葉は使徒の胸を痛く刺した。オマルの娘を大切に思わないわけがなかった。

 もともと、その友のためにと思って妻に迎えたのである。ムハンマドは、彼女の気持を静めようと近づいた。ハフサがそれは何でもなかったのだと思い、それを忘れて今までどおりに過ごせるようにと彼女にマーリヤとは離婚すると誓って秘密の約束をするほどであった。ハフサは機嫌をとり直した。

 その晩ハフサは夫の愛情を身近に感じて幸せであった。翌朝、親友のアーイシャを見ると、この重大な秘密を自分の胸にだけに秘めておくことができなかった。そこで夫との秘密を親友に告げると、たちまちアーイシャは、コプト女のライバルをやっつける良い機会とこれを取り上げたのである。

 ハフサは秘密を打ちあけたことで、それが預言者の家を包む猛火の海となろうとは考えてもみなかった。アーイシャは静まることがなかった。夫人たちを招集すると、マーリヤを預言者の町に住まわせることはできないと主張して大騒動を引き起したのである。

 その後は、アーイシャの章で述べたとおり預言者は妻たちと約1か月もの間別居して預言者が夫人たちと離婚したという噂まで流れたのだった。

 ここで注目するのは、ハフサと父オマルを結ぶ絆(きずな)である。使徒が秘密にしておくようにと命じたことを娘がもらし、それがどうすることもできないほど火を噴き上げてしまったのである。

 実際に、使徒はハフサを離婚したのだと言われている。それはイブン・ハジャルがアルイサーバの書のなかでいろいろな文体で伝えているが、使徒は一度ハフサを離婚させたが、その後彼女との縁を戻したという点はどの部分でも一致している。

 この復縁についても、いろいろな話が伝わっている。ある話では、「もう神(アッラー)はオマルとその娘を好まれない」と土を頭にまぶしかけて嘆き悲しんだオマルを神(アッラー)が哀れと思ったからであるという。そこで大天使(ジブリール)を翌朝預言者のもとに遣わせてこう言わせた。「神(アッラー)がオマルに免じて、ハフサを戻すように命ぜられた」と。

 別の話では大天使(ジブリール)が降りてこう言ったといわれる。「ハフサとの縁を戻しなさい。彼女は斎戒を守り、礼拝を捧げる敬虔な信徒である。彼女は天国におけるあなたの妻なのである」と。

 おそらくこの離婚と復縁の話は、アーイシャの煽動に夫人たちが加わって騒ぎが大きくなる前のことだと思われる。

 使徒が夫人たちと別居するようになると、当然のことであったが、ハフサは他の誰よりも深く後悔するのであった。預言者の真意を誤ってしまった彼女の胸の内は、誰よりも苦しかった。オマルの娘であり、敬虔なムスリムであるのに、預言者の秘密をもらして約束に反するようなことは絶対にすべきではなかったし、思いやり深い夫に対してもそのような夫の意志に反する行動がどうしてふさわしいはずがあろうか……と。

 アルイサーバにはこう書いてある。
 オマルは泣いている娘に聞いた。「もしや使徒があなたを離婚したのでは? 以前にも一度使徒はあなたと離婚したが私のために戻してくれたのだ! 今度もう一度離婚されたらあなたとは絶対に口を利かないぞ」

 オマルは、心重くマスジドに出た。なんとそこではムスリムたちが枝を投げ捨て音をたてては「神(アッラー)の使徒が夫人たちと離婚した!」と騒いでいるではないか。

 これまで誰一人、別居した預言者に夫人たちのことで話をする勇気のある者はいなかった。しかしオマルは、娘がこの原因であるので黙ってはいられなかった。

 預言者が寝起きしている倉庫(注3)に登ると、その入口いる小間使いの少年ラバーハに、面会の許可を願った。何度呼びかけてもラバーハは答えなかった。そこでオマルは声を高くして悲痛に叫んだ。
「ラバーハよ。面会をとりついでくれ。預言者は私がハフサのために来たと思われるかもしれないが、神(アッラー)に誓ってもいい、もし娘の首を打てと命じれば、私は命じられたとおり娘の首を打つ!」

 その叫びはムハンマドの耳に届き、心を打たれた預言者は、オマルに入室を許可した。中にはいって倉庫を見まわしたオマルは泣き出した。オマルは、ムハンマドが身を横たえていたムシロに目をやった。その固いムシロの跡が、預言者の体の側面にくっきりと跡を残していた。またこの倉庫には、少しばかりの麦とカラズ(注4)以外に何の食糧もなかった。

 涙を押えてオマルは言った。
「使徒よ、夫人たちの件は何も気になさらずに……。たとえ彼女たちと離婚なさっても、主(アッラー)はあなたを見守っておられるし、天使たちも、私も、アブーバクルも、信徒たちも、皆あなたと一緒です」

 ムハンマドは笑って、オマルをなだめてこう言った。
「妻たちを離婚したわけではないのだよ。ただ1か月ほど離れれば、おそらく彼女たちもやって良いことと悪いことをよく悟るだろうから」

 オマルの気持は晴れあがった。預言者のもとを去ると、マスジドに行き、大きな声を張りあげて喜びの知らせを告げたのであった。「使徒は夫人たちを離婚したのではなかった!」そこでつぎのクルアーンの節(アーヤ)が下されたのである。

「預言者よ、神(アッラー)が汝のため、許されていることを禁じてまで何故汝は妻たちの機嫌をとろうとするのか。まことに神(アッラー)は寛容で慈悲深い御方である。神(アッラー)は、誓いを解消するよう汝らのためにすでにお達しを出された。神(アッラー)は汝らの保護者であり、全てを知り給う英明者であられる。預言者が妻の一人(注5)にある秘密を打ち明けたとき、彼女がそれを喋ってしまったので、神(アッラー)は彼にそのことを知らせ給うた。彼(ムハンマド)はその一部分を話して、一部分は黙っていたのだが、彼が彼女にそれを話して聞かせたとき、彼女は驚いて言った。“だれがあなたにそう告げましたか”と。彼は“全知全能なる御方がわたしに教えて下さったのだ”と答えた。

 もし悔悟して神(アッラー)に返るならばそれは良い。汝ら二人(注6)の心は、すでに傾いてしまったのだから。しかしともに共謀して、彼に反抗するつもりならば、神(アッラー)は彼の守護者なのである。また大天使(ジブリール)も、正義の信者たちも、その上天使たちもみな彼の味方なのである。彼がもし汝らを離別したならば、アッラーは汝らにまさる妻たちを代りに授け給うであろう。ムスリマで、信心深く敬虔で素直に悔い改める者、謙虚に神に礼拝を捧げ、斎戒を守る者を。既婚した者もあり、処女もあろう」……クルアーン第66章(アッタハリーム)1〜5節。

(注3) 預言者は夫人たちを家に残して別居してからは、倉庫に寝とまりしていた。
(注4) アカシア科の木の実。
(注5) すなわちハフサである。
(注6) ハフサとアーイシャ。

転載: 宗教法人日本ムスリム協会 「預言者の妻たち」
アーイシャ・アブドッラハマーン 著
徳増 輝子 訳

(2007年7月13日更新)














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