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第5章
【ハフサ・ビント・オマル-その1】
 

若い未亡人

 バドルの戦役(注1)に活躍したサハム家出身の一人の男がいた。フナイス・イブン・フザーファで、彼は二度のヒジュラを体験した教友の一人であった。初期の移住者とともにハバシャに避難したが、その後、マディーナに移り、ウフドの戦い(注2)に参戦した。そしてこのときの負傷がもとで、マディーナで息をひきとった。

 そして妻のハフサ・ビント・オマルは未亡人となった。

 オマルは、18歳の若さで未亡人となってしまった娘を憐れみ、寡婦(やもめ)暮しが、彼女の青春を奪っていくのを心痛く思うのであった。家に入るたびに、悲しみに沈んでいる娘を見ては、胸の裂かれる思いであった。考え悩んだあげく、オマルは彼女を再婚させようと思った。

 おそらく、再婚によって新しい連れ合いが彼女を慰めてくれることであろう。そして半年も、いや、それ以上の間、悲しみの喪に服していた娘が、失ったものも、取り返すことができるであろうと思った。

 オマルは、彼女の再婚相手として、預言者とも縁のある誠実な友、アブーバクルを選んだ。

 アブーバクルは、中年の落着きに加えて寛大な人物、温厚な性格で、まさにハフサが父親から受けついだきついはげしい性格を、また未亡人の境遇が彼女に与えた心のかげりを暖かく見守ってくれる格好の人物であり、また、預言者が一番信頼を寄せている人物でもある。そういう男と縁を組むことは好ましいことであると考えるとオマルは気持が安らいだ。

 さっそくオマルは、アブーバクルのもとに出かけて、ハフサの件を話した。アブーバクルは深く同情して話を聞いた。

 オマルは、彼に娘との縁談を申し入れた。もちろんオマルは、若く信仰深い婦人であり、イスラームでは最も力のある同僚の娘であるハフサを、アブーバクルが喜んで迎えてくれるものと確信していた。

 しかし、アブーバクルは何も答えなかった。

 結婚を申し込んでいるのに、友人はそれに答えない。ハフサを拒んだことが信じられぬまま、オマルは立ち去った。

 そこでオマルは、オスマーン・イブン・アッファーンの家に足を向けた。

 以前、彼は預言者の娘ルカイヤを妻に迎えていたが、ルカイヤは、ちょうどムスリム軍が、バドルの役で戦っているころ、ハバシャから戻ったときに天然痘にかかり、父とその信徒たちが勝利をおさめた直後に亡くなったのであった。

 オマルはオスマーンに娘ハフサとの結婚を申し込んだ。アブーバクルから断わられたショックに腹が立っていたが、オマルは、怒りを表わすまいと努力した。おそらく、神(アッラー)がハフサのために、オスマーンをよりふさわしい夫として選んでくれたのだろうと思うようになった。

 オスマーンの返事は、しばらく考えさせてくれとのことであったが、数日たってやって来た彼は「いま、結婚する気持はない」と答えたのである。

 あまりにも心無い返事に、怒りが爆発したオマルは、預言者のもとへとんで行ってこの二人の友への不満をぶちあけた。

 ハフサのように、信仰深い、若き良き婦人が拒絶されるなんて、そんなことがあっていいものか? アブーバクルとオスマーン、二人とも預言者と縁組を持つ教友たちで、オマルの力をよく知っているはずのムスリムの第一人者達が、この最も信頼できる同僚と同じように縁を組みたくないのであろうか、とオマルはムハンマドに、この二人の冷たい態度に対するこみあげる腹立たちと、胸の苦しみを押えきれずに訴えたのであった。

 静かに、やさしく彼を迎えたムハンマドは、ほほえみを浮かべてこう言った。
「ハフサはオスマーンより良き者と結ばれる。また、オスマーンはハフサより良き者と結ばれるのだ」

 オマルはその唐突な話に驚きながら、そのことばをくり返して考えてみた。(ハフサはオスマーンより良き者と結ばれる? では神(アッラー)の使徒が娘と結婚するのか……)

 この降って湧いたようなこの縁組、考えてもみない栄誉なことであった。感激のあまり躍び上がり、オマルは使徒の手をとって感謝したのであった。すでに二人の友から拒絶を受けたときの怒りなど、どこかに消えてしまっていた。

 この喜報を娘のもとへ、アブーバクルのもとへ、オスマーンのもとへ、マディーナ中の人びとに伝えようとオマルは飛び出して行った。

 最初に出逢ったのが、アブーバクルであった。彼はオマルを見るやいなや、その喜びのわけを察し、お祝いの手をのべながらこう言って詫びた。

「悪く思わないでくれ、オマルよ。使徒がすでにハフサのことを考えていたのを知っていたが、使徒がまだ口にされないことを私がしゃべることはできなかったのだ。使徒がもし彼女を離していたら、私はもちろん結婚していたよ!」

 二人の教友たちはそれぞれの娘のもとへ向かった。アブーバクルは、アーイシャにその知らせを伝え、彼女の気持を柔らげるために……。また、オマルは、ハフサにすばらしい夫の出現を祝福するために……。

 マディーナの人びとはオマル・イブン・アルハッターブのため、娘ハフサの心傷をいやそうと手を差しのべた寛大な預言者に心から祝福を送ったのであった。

 そしてまもなく、ヒジュラ暦3年のジュマーダールアーヒラ月(第6月)には、オスマーンと、ムハンマドの娘、ウンムクルスームとの婚姻が成立してマディーナの人びとはこの二つの結婚を祝福した。

 預言者の家では、同年のシャアバーン月(第8月)に新妻ハフサを迎える準備が行なわれた。

(注1) 西暦624年、マディーナの南西にあるバドルの村の水場での合戦で、この勝利によってイスラームの将来が開かれたといえる。
(注2) 625年、マディーナから北へ4キロほどのウフド山麓での合戦。

転載: 宗教法人日本ムスリム協会 「預言者の妻たち」
アーイシャ・アブドッラハマーン 著
徳増 輝子 訳

(2007年7月6日更新)














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2007年 アラブ イスラーム学院