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第4章
【アーイシャ・ビント・アブーバクル-その9】
 

偽りの中傷-その2

 アーイシャから離れていて、夫ムハンマドもまた彼女と同じように苦しんでいた。

 自分の心は、彼女こそ犠牲者なのだと叫ぶけれど、耳にはそのいやな噂が注ぎこまれてくる。ムハンマドは、人々の前に立ってこう話したことがあった。アーイシャには聞こえなかったが……。

「人びとよ、私の家族について不当な悪口を流し、私を冒涜(ぼうとく)する人たちをどう思うか。神(アッラー)に誓って言うが、私は彼女の長所以外の何物も見ないし、また私の知る限り、その男にも何の悪いところもない。彼が私の家に来たときは、必ず私と一緒にいる……」

 敬愛する預言者に同情して、ムスリムたちの胸は怒りで煮えくり返るほどであった。清き夫人のためにもと、その悪意ある失言の是正を求める声が高まった。

 アウス族、ハズラジ族の中ではあれこれ陰口を言う人びとを殺そうとまで言い出し、アウスと、ハズラジのこの二つの地域ではあたかも乱戦が起こりそうな気配となった。

 アーイシャの話では……ムハンマドは、アリー・イブン・アブーターリブとオサーマ・イブン・ザイドを呼び、この件で二人に相談した。

 オサーマはアーイシャを庇(かば)い、「使徒よ、あなたの家族に私は何の悪いところも見えません。良いことばかりです。これはひどい中傷です」と言ったが、一方アリーはこう言った。「使徒よ、婦人はいくらでもいます。あなたは離婚なさることもできるのです。女中を呼んで聞いてみたらどうでしょうか、女中の本当のことを言うでしょう」

 そこで使徒は女中のバリーラを呼び、彼女にアーイシャのことを聞いた。アリーはバリーラの方に立ち上がると、彼女を強くぶってこう言った。「神(アッラー)の使徒に正直に申し上げるのだ」そこでバリーラは言った。「神(アッラー)に誓って、私はアーイシャさまの良い所しか知りません。でも強いて短所をあげるなら、私がパンの粉をこねて仕事をしているとき、アーイシャさまにこねた物を見ていてくださるようにお願いしても、寝てしまわれます。だから羊がきて食べてしまうのです」

 ムハンマドは悲痛な思いで外に出た。しばらくしてアブーバクルの家に戻ってきたが、そこではアーイシャが、まぶたをはらして泣いていた。彼女を慰めに来ていたアンサールの人びとも一緒に泣いていた。父親は黙って娘を見つめていた。

 この噂が広まって以来、はじめてムハンマドは腰をおろしてアーイシャに話しかけた。
「アーイシャよ、人びとの話していることはあなたも知っているとおりだ。神(アッラー)に誓って、もし人びとの言うように過ちを犯したのなら、神(アッラー)の許しを乞いなさい。神(アッラー)は信じる者に、悔い改める者に許しを与えられる」

 夫がこう言うやいなや、このあまりにも恐ろしい言葉を耳にしたアーイシャは、涙は枯れ血の気も失せてしまった。

 口を開こうとしたが、言葉にならなかった。彼女は両親を見上げて使徒になんとか答えてくれるようにとひたすら願った。

 しかし、二人とも黙ったまま、何も答えることはできなかった。

 苦しまぎれに彼女は叫んだ。「誰も何も言ってくれないの」

 涙を声につまらせた二人は同時にこう言った。「何と答えれば良いかわからない」

 あふれ出る涙が彼女の体の中で燃えている怒りの炎を消してくれたのかもしれない。

 アーイシャは、夫預言者の方を向き、はっきりとこう言った。
「神(アッラー)に誓って、あなたがおっしゃるようなことでは、私は決して神(アッラー)に許しなど乞いません。私がもし人びとの言うような過ちを犯したと言っても、神(アッラー)は私が無実なことをご存じのはずです。そして、私が人びとの言うことを否定してもあなたがたは信じてはくれないでしょう」

 みじめな自分を慰めようと、彼女はヤコブの名を思い出そうとし、叫び続けた。「でも私はヨセフの父(ヤコブ)が言ったように、“忍耐せよ、神(アッラー)は正しき者を見捨てない”、この言葉を信じます」そして口を閉じた。

 立ち上がろうとした預言者は、そのとき気を失って倒れた。啓示が降りて喪失状態になったのであった。衣でおおわれ、頭の下には皮の枕が置かれた。

 アブーバクルとウンムルーマーンは気をしっかり持った。二人はアーイシャが恐怖のあまり、部屋を飛び出すのではないかと心配したが、自分の無実は明らかであるし、神(アッラー)は必ず守ってくれると信じきっていた彼女は、少しも動じなかった。

 啓示が去って落ち着いた預言者は、額の汗をふきながら腰をおろして言った。
「アーイシャよ、おめでとう。神(アッラー)はあなたの無実を証して下さった」

 アブーバクルは、恐ろしいものの掌中から逃れたときのように、胸をなでおろすと、ほっと息をついた。ウンムルーマーンは、うれしさのあまりその場から思わず躍(と)び上がって、そしてアーイシャに夫の方に近寄るようにと指示したが、アーイシャはきつい調子で言った。
「決して彼の方へは行きません。私はここでただ神(アッラー)のみを讃えます。私の無実を証して下さったお方に感謝するのです」

 そして父の方を見た。アブーバクルは娘に近寄り、その額に口づけをした。その目には喜びの涙があふれていた。
「お父さん、いま信じたのですか」と彼女は言った。

「わからないことをどうして口にすることができようか。それはとてもできないことだ。そんなことをしたら、私をおおう空も、私を支えてくれる大地もあろうか」とアブーバクルは答えた。

 ムハンマドは、やさしくアーイシャを見つめていた。この人を偽りの中傷がどんなに苦しめたことであろうかと考えながら……。

 マスジドに出たムハンマドは、神(アッラー)の啓示を人びとに読み上げた。

「まことに、あの虚言を広めた者は、汝らのうちの一部の者である。これを汝らは自分たちへの災(わざわい)だと考えてはならぬ。むしろこれは汝らのためになっているのだ。彼らはそれぞれに自分の犯した罪によって罰せられている。なかでもその張本人である者は、ひどい刑罰に処せられるであろう。汝らは男も女も信徒でありながら、なぜ、それを聞いたとき、最善の臆測をしなかったのか。これは明らかな中傷である…… と。

 彼らも、証人を4人連れてくることができないのはなぜか。証人を出せない以上、神(アッラー)からご覧になれば、彼らは偽り者である。もし汝らに対する神(アッラー)の恩恵と慈悲が、現世でも、来世でもなかったとしたら、この事件について不謹慎にしゃべり散らしたことに対し、ひどいこらしめに処せられたところであった。

 汝らは舌先でそれを受けとめて、汝らの口は、自分の知らないことを言った。神(アッラー)の目からご覧になれば、極めて重大なことを軽く考えていたのだ。

 汝らはそれを聞いたときに、これは口にすべきことではない、恐れ多いこと、これはたいへんな中傷だとなぜ言わなかったのか。神(アッラー)はもし汝らが本当の信徒であるなら、このようなことは二度と繰り返してはならぬと戒めておられる。

 神(アッラー)は汝らに印(しるし)を解きあかしてくださる。まことに神(アッラー)は全てを知りたまう御方である。信徒の間にこの醜聞が広まることを喜ぶような者は、現世でも来世でもひどいこらしめを受けるであろう。汝らは知らぬが、神(アッラー)は知り給う」……クルアーン第24章(アッヌール)11−19節。

 そして偽りを口にした者は鞭打たれた。

「貞節な人妻を非難しながら、証人を4人挙げることのできない者には80回の鞭打ちを加えよ、決してこのような者の証言を受け入れてはならぬ。かれらは罪深い者たちである」……クルアーン第24章(アッヌール)4節。


転載: 宗教法人日本ムスリム協会 「預言者の妻たち」
アーイシャ・アブドッラハマーン 著
徳増 輝子 訳

(2007年6月15日更新)














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