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第4章
【アーイシャ・ビント・アブーバクル-その8】
 

偽りの中傷-その1

 それはヒジュラ暦の6年、ムハンマドが従妹(いとこ)のザイナブ・ビント・ジャハシ夫人と結婚した後に起きた事件であった。

 預言者はムスタリク一族を征伐する準備を整えていた。彼は、遠征や旅に出るときにはいつも妻たちのうちから同行者を籤(くじ)で選ぶことにしていた。今回はアーイシャが選ばれた。

 彼女は幸せに心うきたって同行した。他のどの妻にも妨げられることなく、幾日も、幾晩も、愛する夫を独占できる喜びにひたっていた。

 彼女の存在は、戦う英雄にとっては、楽しい朗らかなうしろだてであった。勝利をおさめてこの戦いから帰るムスリム軍は、おそらく勝利の歌を奏(かな)でて凱旋を祝っているであろうマディーナを思って急ぎ、歩を進めていた。

 途中、マディーナからそう遠くないところで兵は歩を休め、幾晩かそこに宿泊をとった。再び出発のはこびとなったが、そのとき誰一人、アーイシャ夫人がそこに残されたことに気づいた者はいなかった。

 明け方、マディーナに着くと、信徒の母のラクダは預言者の家の前に止まると、ゆっくりとハウダジュ(乗り籠)が降ろされた。すると信徒の母はそこにはいなかった!

 ムハンマドも、教友たちも驚きと心配に気が気でなく、何人かの人々は消えたこの大切な人を捜して再び道を戻っていった。

 すると、遠くから一頭のラクダに乗って、アーイシャがサフワーン・イブン・アルムアッタルと呼ばれて知られている男に連れられてやって来る姿が見えた。

 夫はアーイシャの無事な様子に安心し、妻の遅くなった理由を聞いても何の疑いも持たなかった。

 アーイシャは言った。
「私用(注15)でキャンプを離れました。まだ出発が告げられる前でした。私はヤマンの町、ザファールの貴重な石がはめこまれた首飾りを身に付けていたのですが、用が済んだとき首から落ちたのでしょうか。私はそれに気付きませんでした。キャンプへ戻ってから首の周りを捜しましたが見あたりません。人々は出発の準備を始めました。私は急いで先ほど行った場所(用を度したところ)に戻って捜すと見つかったのです。人びとが集合して、私はまだ遠くにいたのに、私のラクダを連れてハウダジュを持ち上げたのです。私がそこに乗っているものとばかり思ったのでしょう。私は軽いから重みを感じなかったのでしょう。

 人びとはハウダジュをかつぐと、ラクダに乗せて手綱を取って出発してしまったのです。私がキャンプへ戻り、叫んでも答えずに人びとは行ってしまったのです。

 そこで私は、仕方がないので、ジルバーブ(衣)を身にまきつけてその場に横になっていました。もし私がいないのに気づいたら、戻ってきてくれると思ったのです。そうして休んでいると、サフワーン・イブン・アルムアッタルがそこを通りかかったのです。彼も用事でキャンプを離れていて、人びとと一緒になれなかったのでしょう。

 彼は私の黒い影を見つけると近寄って来てそばに止まると、彼はこう言いました。

 “これはまた何としたことか、神(アッラー)の使徒の同行者がどうして遅れたのですか”彼はまだヒジャーブがかぶされる前に、私を知っていたのです。

 私は何も答えませんでした。彼はラクダを寄せて“お乗り下さい”と言うと後に退き、私が乗るとラクダの手綱をとりあげ、人びとを追って道を急いだのです。

 いっこうに誰も私を捜しに来てくれないので、朝がきて人びとが休憩をとっているであろうとき、彼は私を連れて急いだのです」

 アーイシャは床に入ると静かな眠りに落ちたが、マディーナの町は眠らずに夜をあかしたのである。それはユダヤ人や偽信者たち、とくに預言者に対して常に悪企みを企(くわだ)てているアブドッラー・イブン・サルールを筆頭とした悪意ある人びとがこの出来事をとりあげて、日頃の欝憤を晴らそうとでたらめな話を勝手に作りあげたのであった。

 この偽りの話はユダヤ人の巣から、イブン・サルールの家から流れてマディーナのすみずみにまで広まったのである。ムスリムの間でも、預言者のおかかえの詩人であったハッサーン・イブン・サービトや、アブーバクルの遠縁にあたり、しかもアブーバクルが援助の手をさしのべている男、ミスタフ・イブン・アサーサや、ムハンマドにとっては従妹(いとこ)で、妻ザイナブの姉妹にあたるハムナ・ビント・ジャハシ等この噂を口にする人も多かった。

 噂はムハンマドの耳にもはいった。同様にアブーバクルとウンムルーマーンの耳にも聞こえた。アブーバクルは、ウンムルーマーンを打って叱ったが、誰一人、アーイシャに面と向かって、この恐ろしい噂について問いただすことはできなかった。

 彼女は、ムスタリクの討伐から戻って以来、病いに倒れ、身体の苦痛を訴えていた。もちろん彼女は、人びとが自分に関して噂していることなど知ろうはずがなかったし、それに関しては病床の彼女のもとには何も伝わってこなかった。

 しかし、彼女は、いつもと異なる預言者の冷たい態度を不思議に感じた。以前には、彼女が苦痛を訴えるとやさしくいたわってくれたものだが、今回は彼女はその優しいいたわりを受けることができなかった。

 夫は、ときおり彼女の病床を訪れては、看護にあたる母のウンムルーマーンに、
「どうですか 病状は?」と聞くだけで、それ以上の言葉はなかった。

 アーイシャは、夫のその素気無さが気になったが、あえて理由を尋ねたいとは思わなかった。おそらく、いろいろと忙しいため、ぶっきらぼうになっているのであろう。夫はいま、重大な問題に取り組んでいるにちがいないのだ、そのうちに、自分のまわりをおおっているこの雲も晴れるであろうと、自分を慰め、じっと辛抱していた。

 しかし、ついにそのつれない態度に耐えきれなくなって夫に言った。
「もし許してくださるなら、母のもとに帰って看護してもらいたいのですが」

 ムハンマドはそれに対して一言「それもいいだろう」と答えただけであった。

 アーイシャの話はこうであった。
「母のもとに移ってからも、私はなにも知らなかった。20日ほど過ぎて、病いがよくなったとき、ある晩、ウンム(注16)・ミスタフと一緒に用事で外出したときに、私と一緒に歩いているうちに彼女は裾につまずいてころんでしまった。すると彼女は“ミスタフのばちあたり者めが”と息子の悪口を言った。

 私は“バドルの役の勇士のことを、あなたがそんなふうに悪く言っても神(アッラー)は受け入れませんわ”と言った。

 すると驚いたように彼女はきくのであった。“ではまだあの話を聞いていないのですか”“何の話ですか”と私が言うと、彼女は“これこれしかじか”と話してくれた。

 まったく用事を済ませることなどできないで、私は家にとんで帰り、身体がちぎれてしまうほど泣いた。

 そして、私は母をとがめて言った。
 “神(アッラー)があなたを許してくださいますように! あなたは人々の噂することを私に何も教えてくれないのですか!”

 すると母はこう言った。
 “娘よ、あなたのことが心配だったのです。夫のもとで愛されている良き夫人が、しかも他に妻がいるのにそんなことをするなんて、いくら、どんなに多くの人びとが語り草にしようと、そんなことは考えられないことですもの”」

 だがアーイシャは、涙がとめどもなく流れ、まぶたが閉じることもなく眠られぬ毎日を過ごしたのであった。

(注15) 用を度すこと。すなわちトイレのために外に出たものと考えられる。
(注16) ミスタフの母。この人はアブーバクルの伯母にあたる。息子のミスタフがアーイシャの悪口を言うのでバチあたり者といっている。身内にバチあたり者がいるおかげで、災難(ここでは、つまずいてころぶこと)に会ったのだと彼女は考えている。

転載: 宗教法人日本ムスリム協会 「預言者の妻たち」
アーイシャ・アブドッラハマーン 著
徳増 輝子 訳

(2007年6月8日更新)














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