トップ | イスラーム研究1 | イスラーム研究2 | イスラームと女性 | 預言者の妻たち | イスラーム世界とキリスト教 | イスラームと教育

 

第4章
【アーイシャ・ビント・アブーバクル−その1】
 

縁組み

 ハウラ・ビント・ハキームが、アブーバクルの娘アーイシャとの縁談をもちかけて、ムハンマドの心を開き、彼の最も信頼を寄せる友と縁組でも結ばれるという、二人の確認されたつながりがより深められたことは前にも述べたとおりである。

 この婚約のために奔走したハウラは、歴史家アッタバリーが伝えるなかでこう語っている。

「アブーバクルの家を訪ねると、アーイシャの母、ウンムルーマーンがいたので、私は彼女に言った。“ウンムルーマーンよ、神(アッラー)のすばらしい知らせを持ってきたのですよ”彼女は“それは何ですか”とたずねた。“使徒様が、アーイシャと婚約なさるため私を送ったのです”と答えると“それは願ってもないこと、アブーバクルを待って下さい。いま来るところです”と言う。アブーバクルが現れると、私は同じように“アブーバクルよ、すばらしい知らせを持ってきたのですよ。使徒様が、アーイシャと婚約なさるために私を遣わしました”と言った。すると彼は使徒と自分の関係を考え込み、こう言うのだった。“それは合法的なことなのだろうか、彼女は彼の兄弟にあたる男の娘なのだ”

 そこで私は急いで使徒様のもとに戻り、その件を尋ねた。するとこう言われた。“もう一度彼のところに戻ってこう言いなさい。あなたはイスラームにおける私の兄弟、あなたの娘は合法です……と”そこでアブーバクルのもとに行き、そう告げると“私が帰るまで待ってください”とアブーバクルは言った。

 ウンムルーマーンの話では、彼はアーイシャの婚約の問題を精算しておきたかったのだという」

 そのとき、ムトイム・イブン・アディユが、すでにアーイシャを息子のジュバイルにと申し出ていたのであった。

 アブーバクルは、約束を破ることなど絶対にできない男だった。

 アブーバクルがムトイムを訪ねると、その妻のウンム・ジュバイルもそこにいた。夫とともに多神教徒であったこの老女がこう言った。「アブーバクルよ。私たちの息子とあなたの娘を結婚させるのに息子をあなたの宗教に変えさせるつもりなのですかね」アブーバクルは彼女の言葉には答えず、主人のムトイムの方を向いて言った。「この人は何を言っているのだろう」彼は「彼女はこう言っているのですよ」と今聞いたことをくり返して答えた。

 そこでアブーバクルはその家を出ると、神(アッラー)がこの約束を破棄してくれたものと気持が安らいで、家路を急いだのである。

 家に戻るとアブーバクルはハウラに言った。
「使徒を呼んで来てください」

 そこで早速ハウラはムハンマドを呼びに行き、そしてアーイシャとの婚約が成立したのであった。そのとき、アーイシャは6歳か7歳であったということしか知られていないが、彼女はすでにムトイムの息子ジュバイルと婚約をしていた。彼女の父アブーバクル・イブン・クハーファは、タイム一族の出身、母はウンムルーマーン・ビント・オマイルである。

 アーイシャが属するタイム一族は親切で、勇敢、誠実で正しい見解を持つ氏族としてよく知られており、また婦人を扱う態度が立派であったことは、その譬えとされているほどであった。この先祖からの良き精神遺産を受けついだ彼女の父は、なおかつ温和な性格、人付合いの良さ、人の意見を非常に素直に聞く人としても評判が高かった。

 イスラーム史家の彼に対する見方は、一致して「クライシュが最も誇るべき人物、クライシュ一番の賢者で、クライシュ族のもつ長所、短所をよくみきわめていた人物であり、彼は、人びとに救いの手をさしのべる親切な商人であった。また彼に接した人で、彼の見識と快い接客態度、その歓待ぶりを称賛しない者はない」と言われていた。

 ムハンマドが神(アッラー)の使徒として遣わされてからは、アブーバクルは、これらの評判に加えてイスラームにおける初期からの信徒、自分のすべての財産を擲(なげう)って、イスラームを守り、積極的にその普及に尽した人物として後世に名を残している。

 使徒伝を読まれた方はご存じだと思うが、そこにアブーバクルの影響で、イスラームに入信した教友たちの名がのっている。もう一度ここにあげてみると、オスマーン・イブン・アッファーン、アッズバイル・イブン・アルアワーム、アブドッラハマーン・イブン・アウフ、サアド・イブン・アブーワッカース、タラハ・イブン・オバイドッラー等である。

 預言者はよくこう言っていた。
「私がイスラームを呼びかけた人びとのなかでも、アブーバクルほどに少しの恐れも、とまどいも、ためらいもなく受けいれてくれた人はいまい」「アブーバクルのように、全財産を擲(なげう)って我々を助けてくれることは、とてもできないことだ」

 預言者がこう言ったのを聞いたとき、アブーバクルは涙ながらに言った。
「使徒よ、私の財産も、私も、あなたのものではないですか」

 アーイシャの母、ウンムルーマーンも教友たちの一人に数えられている。彼女はジャーヒリーヤ時代に、アブドッラー・イブン・アルハーリスと結婚したことがあり、子供もあったが彼に先立たれたのち、アブーバクルが彼女を娶(めと)り、二人の間にアーイシャとアブドッラハマーンが生れた。彼女は、アブーバクルと預言者がマディーナに落ち着くと、子供たちを連れてそこに移ってきた。

 中傷事件(注1)の後に、彼女が亡くなったときには、預言者は自ら彼女の墓に降りて、こう神(アッラー)に祈ったと伝えられている。

「神(アッラー)はあなたが受けた苦しみ、私の受けた苦しみをすべてご存じでいられる」

(注1) 後述の「アーイシャ・ビント・アブーバクル−その8 偽りの中傷−その1」および「アーイシャ・ビント・アブーバクル−その9 偽りの中傷−その2」を参照。

転載: 宗教法人日本ムスリム協会 「預言者の妻たち」
アーイシャ・アブドッラハマーン 著
徳増 輝子 訳

(2007年4月20日更新)














日本語トップ | リンクについて | サイトマップ | ヘルプ



2007年 アラブ イスラーム学院