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第3章
【サウダ・ビント・ザムア-その3】
 

私の夜はアーイシャに譲ります

 そしてある日、サウダは神(アッラー)に遣わされたイスラームの預言者の妻となっていた。

 栄光に飾られた夫に対して、彼女は畏敬の念から恐れのような感情を抱き、自分をふさわしからぬ者と感じた。自分を最初の夫人、ハディージャにも、また、待たれている幼い花嫁のアーイシャにも、つり合わない身と思い、自分の身に起きたこの不思議な幸運な出来事に、足元で大地が揺れ動いているかのように感じていた。

 けっして自分の気持をいつわっているわけではなかったが、自分の人生の経験から、自分とムハンマドの心の間に、けっして一体となって溶けあうことのできない隔たりを感じとっていた。自分と夫を結んだのは、神(アッラー)の使徒ムハンマドであり、人間味をそのまま残した男性ムハンマドが、彼女を選んで結婚したのではなかったことを彼女は、最初の瞬間からそれを知ったのであった。彼女が神(アッラー)の使徒から受けたこの幸運は憐れみの情からであり、愛の交わりでなかったことは疑いなく確かであった。

 しかし彼女にとって、それはたいした問題ではなかった。彼女はむしろ、自分をアッサクラーンの未亡人という身から、信徒の母たる身分に高めてくれた夫に感謝を捧げつつ、娘たちの世話をしながら使徒の家に暮す自分に十分満足していた。

 彼女は太っていたので、彼女の歩き方を見て夫が笑うのを見ることも、彼女にとって楽しいことであった。

 また、夫がときおり彼女の気持の良さを快く思うとき、彼女の言葉遣いのおかしい表現を楽しそうに聞くとき、彼女は幸せであった。

 あるとき、彼女はこう言った。
「あの晩、あなたの後でお祈りをしましたとき、あなたをまねて一緒にひれ伏し(注1)たら鼻血が出るのではないかと驚いて鼻を押えるほどでした」

 ムハンマドはそれを聞いて笑い出してしまった。そのように彼女はときには単純すぎると思われるほどに性格の善い人であった。

 イブン・イスハークが伝えている……。バドルの捕虜が連れられて来たとき、預言者の妻サウダはアフラーの家族を訪ねていた。ちょうどその二人の息子のアウフとアッウズのところにいたのだが、そのときはまだ夫人たちにヒジャーブ(注2)を被るよう命じられる前のことであった。サウダが言った……。

「私が彼らのところにいたとき、捕虜が連れてこられたと聞いたので、さっそく家に戻ると使徒様はそこにおられました。そしてアブーヤズィード・イブン・アムル(彼女の亡夫・アッサクラーンの兄弟にあたる)が部屋の別の片隅で両手を首の後に縛られていました。アブーヤズィードがそのようにされているのを見たとき、私は自分を押えることができず……“アブーヤズィードよ、そんなふうに捕虜となるよりも、勇敢に戦って死んだ方がよっぽどましではないですか”と言ってしまいました。

するとそこにいた使徒様が“サウダよ、神(アッラー)とその使徒の高い意志に反して彼を非ムスリムにしておくつもりなのか”と言って私に忠告なさいました。私は言いました。

“使徒様よ、実際あなたは真理に導かれたお方です。私はつい、アブーヤズィードの両手を首の後に縛られた姿を見て、押えることができずそう言ってしまったのです”」

 その後も、サウダは神(アッラー)の使徒の家に暮していたが、アーイシャ・ビント・アブーバクルが嫁いでくると、彼女は第一夫人の地位を若い花嫁に譲り、彼女が満足して過ごせるよう、気分が和らぐよう気を配るのであった。

 やがて、預言者の家で何人もの妻たちが暮すようになる。ハフサ・ビント・オマル、ザイナブ・ビント・ジャハシ、ウンムサラマ・ビント・アブーウマイヤたちである。しかしサウダは自分の友愛をためらうことなくアーイシャに捧げていた。また自分を除いてこれらの夫人たちが、夫の愛をめぐって競い合う姿にもいらだった気持を示すことはなかった。

 しかし、ムハンマドは感情を押えた彼女が気にかかった。他の妻たちのように、感情を率直にあらわそうとしない彼女をいとおしいと思うことができなかった。

 彼はできる限りの努力を重ねて、心を彼女に開こうとしてみたが、彼の中の人間の感情が、そう言うことを聞いてはくれなかった。彼にできることといえば、彼女にも、他の夫人たちにも平等に、宿泊の日数をとり、公平に生活の出費を分け与えることであり、感情の面では、人間である彼には、愛なくして彼女を受け入れることも、また自分の愛情をどの妻にも公平に分配することもむずかしかった。

 結局、彼女とは気持よく別れようと考えた。自分では、彼女を傷つけているのはないかと感じているこの問題を解決するためにである。彼女は少しも苦しんでいる様子を見せないが……。

 ムハンマドは彼女の夜が来るのを待って、静かに別離の決意をうちあけた。

 この恐ろしい話を聞いたとき、彼女はまるでまわりの壁がおおいかぶさってきて、息の根が止められるような苦しさを感じた。彼女はおとなしく、預言者の方を向くと、黙って顔をあげた。彼女の手を、助けを求めるようにのばし、預言者はやさしくその手をとり、死ぬほど彼女を苦しめているその恐怖が、少しでも早く彼女から消え去るようにと願った。

 落着きをとり戻した彼女は静かにささやいた。
「私を離さないで下さい。私は夫婦生活には欲はありません。でも復活の日に神(アッラー)があなたの妻として、私を送ってほしいのです」

 そして悲しみにうなだれた。神(アッラー)の使徒が望まぬことに敢えて耐えてもらうことは、彼女には辛かった。離婚したいという彼の気持にこたえられない自分を責めていた。ひたすら、彼の満足するようにと、命を捧げるつもりの自分であるのに……。彼女は、自分の重い体に老年の冷えきった感覚を覚えるのだった。アーイシャや、ザイナブ、ウンムサラマ、そしてハフサ、これらの夫人たちが、愛を求めて張り合う夫に執着している自分を恥じた。

 これらの夫人たちの中で、自分の地位を確保しようとすること自体、自分にはふさわしくないことであると思った。それどころか、夫の夜を他の夫人たちと同等に分かつことは、あたかも自分に権利のないものを求めているかのように感じたのだ。

 悲しくても「離婚して下さい!」と言うべきだと思ったが、それは言葉とはならなかった。

 彼女は長い時間、苦しみもだえていた。ムハンマドはそのそばに黙って、同情を寄せたまなざしで彼女を見守っていた。

 突然彼女は決心したかのように落着きをとり戻し、愛情にあふれた瞳で夫を見上げると静かに口を開いた。

「使徒様よ、私をあなたのもとに残して下さい。私の夜はアーイシャに譲ります。私には夫人たちの望むものは必要ないのです」

 ムハンマドはこの大きく豊かな愛に、胸を打たれる思いであった。離婚の承認を得るためにサウダのもとにやって来た自分を後悔した。彼女の答えこそ、夫に負担をかけまいと願う気高い思いやりの心であった。

 暗い夜の闇が白く明け始めると、ムハンマドは夜明けの礼拝を捧げるため、マスジド(注3)へ出て行った。サウダはその場に立ち上がると、深く祈りを捧げるのであった。彼女の清らかな心は深い信仰に支えられて満ちたりた気持であった。

 心ゆくまで彼女が祈るままにしておきましょう。彼女はこの選択を与えて下さった神(アッラー)に感謝を捧げているのです。年を経た彼女には夫との交わりを求める欲望はなく、ただ神(アッラー)が授けてくれた良き者との別離から自分を守ってくれたことに感謝を捧げて祈り続けるのです。

 使徒が神(アッラー)のもとに召されたときまでこの家に暮して、サウダはオマル・イブン・アルハッターブの治世の末まで生きたと言われている。

 アーイシャは、彼女の忠実な友情をなつかしみ、亡き彼女の思い出をこう語っている。

「一緒にいて、サウダほど私の好きだった人はいませんでした。ただし彼女が怒っているときを除いてのことですが」

(注1) イスラームの礼拝では、立つ、ひれ伏す、坐る等の動作が繰り返される。
(注2) ヒジャーブとは隔てる物の意味で婦人のベールや覆い、又、室内用の張(とばり)やカーテンなどをさす。ザイナブ・ビント・ジャハシの章「ヒジャーブ」を参照。
(注3) 礼拝堂。モスクのことである。

転載: 宗教法人日本ムスリム協会 「預言者の妻たち」
アーイシャ・アブドッラハマーン 著
徳増 輝子 訳

(2007年4月13日更新)














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