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第3章
【サウダ・ビント・ザムア-その2】
 

異郷・寡婦の身

 預言者が、サウダ・ビント・ザムアと婚約したという知らせがマッカの町に行き渡ったとき、人びとは耳を疑った。サウダのような特に目立ってひきつけられるものもない女性との婚約だったからである。若くもなく、美しいともいえぬ寡婦が、あのハディージャ・ビント・フワイリドの後釜になるとは。

 貧しく親のない青年ムハンマドが婚約したのは、マッカ屈指の婦人であり、クライシュの男性たちの羨望の的であったハディージャ夫人であった。その素晴らしい婦人にとって代わる人としてサウダの名はマッカの人びとには考えられなかったのである。

 いや、サウダもまた他の夫人たちもハディージャ夫人にとって代わったわけではなかった。

 サウダが使徒の家に嫁いだのは、夫に先立たれた彼女に彼が深く同情し、その身のふり方を憐れんだからであった。サウダの亡き夫という人は、アッサクラーン・イブン・アムルで、彼女にとっては従兄(いとこ)であった。彼女は夫に従ってハバシャに逃れたが、その異郷の地で寡婦の身となってしまった。

 一人残された身の上に、未亡人の苦しみと異郷での生活の辛さが負い重なって彼女を襲った。

 使徒は、アーミル家の8人の人々が、家を捨て、財産を投げ捨てて、灼熱の砂漠を渡り、海を越え、異教徒たちの激しい迫害からイスラームを守って逃れて行ったのを思い起した。これらの8人は、マーリク・イブン・ザムア(サウダの兄)、アッサクラーン・イブン・アムル(サウダの夫)、そしてアッサクラーンの兄弟であるサリートとハーテブの二人、そしてこの三兄弟にとって甥(おい)にあたるアブドッラー・イブン・スハイルであり、残る三人は彼らに従った妻たちで、サウダ・ビント・ザムア、ウンムクルスーム・ビント・スハイル、そしてアムラ・ビント・アルワクダーンであった。

 彼女たちもみな、アーミル家の出身であった。このようにこの敬虔な一族は男も女も一家をあげて神(アッラー)の道に生きるため、家を捨て、国土を捨て、死よりも厳しい現実に挑戦していった。

 故郷はサウダが長年親しみ、若く楽しい青春の日々を送り、また、年老いては落着きと安らぎを得たであろう愛すべき地であったのに、その故郷に別れを告げて、見知らぬ土地で、見知らぬ人びとと、聞き慣れぬ言葉、異なった風俗や習慣、宗教にとり囲まれて暮した彼女の並々ならぬ苦労を使徒は思いやった。せめて知人や家族の眠っているマッカの地に埋めてほしいとマッカに向かう彼女の夫を故郷は待ってはくれなかった。彼はマッカへの帰途に死んだのであった。

 信仰を守りつつ、この異郷での苦難を味わった未亡人に、ムハンマドは強く心を打たれた。だからこそ、ハウラが彼女の名をあげると、その年老いた身をいたわり、厳しかった人生をいたわるために彼女に慈愛の手を差しのべたのである。


転載: 宗教法人日本ムスリム協会 「預言者の妻たち」
アーイシャ・アブドッラハマーン 著
徳増 輝子 訳

(2007年4月6日更新)














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2007年 アラブ イスラーム学院