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第2章
【ハディージャ・ビント・フワイリド-その5】
 

悲しみの年

 その固い信仰の前に抵抗もおれて、ムハンマドが、マッカに戻るときがきた。しかし、ともに苦難の歳月を生きぬいてきたハディージャは家に戻るとそのまま床に伏してしまった。彼女は弱っていた。迫害につぐ迫害に疲れきっていた65歳の彼女には昔の力はもう残っていなかった。

 三日間、身を横たえたままであった。夫は彼女のそばを離れず勇気づけ、看護を続けたが、この世では、またと逢うことのない別れのときが近づいていた。彼女は初めて会ったそのときから、愛し続けてきた人、啓示が下されてからは、信仰を捧げて、最後の最後までともに戦い尽くした人、その人に見とられつつ、安らかな永遠の眠りについたのであった。

 ムハンマドは、あたりを見回してみた。

 ハディージャのいなくなった家は、淋しい空家のようであった。マッカは、彼女のいないいま、そこはもう自分の住むところではないように思えてきた。

 イブン・イスハークは言った。
「このハディージャの死という不幸は、使徒を深い悲しみのなかにつき落とした。彼女はイスラームにおいては、使徒の信頼を寄せる宰相ともいえる役割を果していた人であった」

 悲しみの年といわれるこのハディージャ夫人の死去の年には、今までにない激しい迫害が襲ってきた。敵の異教徒たちは、ムハンマドの身に起きたこの不幸の暗い影に、再び光の射すことはないであろうとみてとった。彼らはそんな自分たちの思いに惑わされ、すぐにも彼を打ち負かせるものと、極端な行動に出た。曙の寸前の闇の頂点を知らなかった。

 ハディージャ夫人は逝った。しかし忠実な精霊(天使)がいつも使徒とともにいて、くじけることのないよう彼を守っていた。初期から帰依した信徒たちも、ともに預言者を守り、勇敢な人びとは身も心も献げて、イスラームの栄光と勝利のため、死をいとわぬ覚悟であった。

 最初の妻であり、良き片腕であったその人は、死んだ。しかしイスラームの教えはすでにマッカを越えて、ヒジャーズ地方の全域に及び、またその背後のアラビア半島の隅々に広まっていったのである。

 イスラームは、やがて一部の教友たちによって、砂漠を越え、海を渡り、ハバシャ(今のエチオピア地方)まで伝えられたが、これらの人たちは、かたく忍耐強く信仰を守りながら、家を捨て、家族と離れて半島の外へと脱出して行った人びとである。聖戦の道に勇敢に身を献げてきた彼らの興奮するような物語は、聞く人びとの心に深い感動を与えるのであった。

 ハディージャ夫人は死んだ。しかし、ほどなくマッカ巡礼のあのとき(注7)、ヤスリブ(のちのマディーナ)の人びとがアカバの地で預言者を承認し、忠誠を誓って帰り、マディーナ全土をあげて彼を迎え入れる準備をととのえた。彼らは勝利の日に向かって、神(アッラー)とその使徒の道を全うする名誉の死に向かって預言者とともに戦う決意であった。

(注7)  ヤスリブから巡礼のためマッカを訪れた人びとが、マッカ郊外のアカバの地で預言者と会見し、その教えに従うことを誓った。621年と622年のことである。

転載: 宗教法人日本ムスリム協会 「預言者の妻たち」
アーイシャ・アブドッラハマーン 著
徳増 輝子 訳

(2007年3月16日更新)














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2007年 アラブ イスラーム学院