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第2章
【ハディージャ・ビント・フワイリド−その2】
 


逢瀬

 ムハンマドがシリアへの夏の旅からの帰途であった。隊商はマッカへと急ぎ、歩を進めていた。ラクダひきのホダー(注4)の歌う声は、ラクダに安らぎと、うるおいを与えていた。旅人たちはまもなく会える家族や、愛人との再会の喜びを想いながら、その歌声に慰められるのであった。

 マッカにほど近い、ザハラーンまで来ると、旅人たちは彼らの帰りをひたすらに待ちこがれて、呼んでいるように見えはじめたマッカの町を望み見てははしゃいでいた。

 しかし、これらの人びとの中で、ムハンマドだけは、マッカに帰る道すがら、アルアブワーの近くを通過した際の悲しみに気が重く沈んでいた。

 お供のマイサラ少年は、さかんに急いでマッカに進もうと彼を促していた。彼にシリアへの商いをまかせ、なおかつ以前に雇った人びとの倍の報酬を支払うことを約束してくれた心やさしい女主人が、そこに待っていることを、そして、その報酬の高さを何度も話してみたが、無駄であった。

 そのお供の少年は言った。
「では私は一足先にご主人のもとに急ぎ、あなたが成したこの利益のことを知らせましょう」

 そして想いに沈むムハンマドを残し、駆け去っていった。

 これがシリアから帰る旅人を待っていてくれる総てなのか。ホダーはひらすら愛する人びととの再会を歌って旅人たちを慰めている……。

 彼はあとを振り返って、母アーミナの面影を求めたが、ただ砂漠に空しさが拡がってくるだけであった。

 初めての旅、母を失って、ひとりヤスリブからマッカに戻ったときの旅を思い出すのであった。

 無事にラクダがマッカの地に足をおろすと、そこには旅から戻った人びと、また迎える人びとのざわめきが立ちあがっていた。ムハンマドは、カアバ(カアバ神殿)を回ると、そのままハディージャ邸に向けてラクダを進めて行った。

 ハディージャは、いくらか気をもんだように、落ち着かない様子で外をみつめていた。そばではマイサラ少年がムハンマドとの旅の話を夢中でしゃべりつづけていた。とうとう彼の気品高い姿が近づいて来るのを見つけたハディージャは、すぐ門まで迎えて、優しいいたわりに満ちた声で、無事の帰国を祝したのであった。

 感謝をこめて顔をあげたムハンマドは、目を会わせるとうつむき、目を伏せて、道中のこと、商いのこと、シリアから持ち帰った収穫のことなど報告した。

 彼女は魅せられたように、ただ茫然として話を聞いていた。彼が去ると、ハディージャは、その場に立ちつくしたまま、じっとその姿が消えるまで見送っていた。

 ムハンマドはおじのアブーターリブの家に向かった。ユダヤ人からの危害を受けることもなく、無事に戻った甥(おい)を喜び、安堵(あんど)したおじの姿がそこにあった。

(注4)  砂漠を旅するキャラバンの先頭を行くラクダひきのことで、彼らはラクダの歩調に合ったリズムで、さまざまな主題を盛り込んだ歌をうたってラクダや旅人を旅の疲れから慰めていた。

転載: 宗教法人日本ムスリム協会 「預言者の妻たち」
アーイシャ・アブドッラハマーン 著
徳増 輝子 訳

(2007年2月23日更新)














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2007年 アラブ イスラーム学院