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■ 慈悲(じひ)あまねく慈愛(じあい)深(ぶか)きアッラーの御名(みな)において ■

イスラームにおける子供の教育


イスラームは、ムスリマ女性に家庭内における保護、世話の責任を課しています。そして母親は、子供の教育において、第1の責任者です。正しい教育は、すばらしい人格と信仰を持った、行ないの正しいまっすぐな世代を世の中に送り出すことになります。

預言者様(S)は、このような言葉でその責任について言及されました。

『母親は夫の家において、世話をし、家庭を守る者であり、家族に対して責任があります』
(ブハーリー、ムスリム)


子供の教育における母親の義務

(1) ハラーム(アッラーが禁止されたこと)とハラール(許されたこと)の判断を、子供に教えること

子供の人生の初めの段階から、アッラーの命令されている事やムスリムの義務、そしてスンナ(預言者様(S)の言行)などに関して、またハラームに関して、子供に注意を向けさせる為、預言者様(S)はこう言われました。

『あなた達の子供達に、アッラーが命じた事への服従と、禁じた事の回避を命じなさい。それらは、子供達を地獄の炎から保護することになります。』 


(2) イバーダ(礼拝などの崇拝行為)の実行を習慣づけること

母親は子供達に、礼拝の遂行や、サウム(断食)の練習をすること、サダカ(自由意思の喜捨)をすること、近所の人や貧しい人に親切にすることを習慣づけさせなければなりません。
預言者様(S)のハディース(言行録)によると、こうあります。

『あなた達の子供達が7歳になったら、礼拝を命じなさい。そして10歳になったら、優しく叩いてでも、礼拝をさせなさい。そして彼らの寝る場所を男女別にしなさい。』(ブハーリー、ムスリム)


(3) アッラーへの愛、預言者様(S)への愛、そのご家族への愛、クルアーン読誦を子供達に教えること

預言者様(S)は言われました。

『あなた達の子供達を、3つの事において教育しなさい。あなた達の預言者への愛、その家族への愛、そして、クルアーン読誦。クルアーンを暗記する者は、それ以外には陰が存在しない最後の審判の日に、アッラーの玉座の陰に彼に選ばれた預言者達と共に入ります。』


(4) 子供の成長初期において、人格の美徳を身につけ、悪行を遠ざけるよう教育し、奨励すること

預言者様(S)は言われました。

『子供達といつも一緒にいなさい。そして彼らの礼儀を正しなさい。』

(注: 子供達と常に一緒にいる事は、とても大切です。子供の相手をすることを面倒がり、テレビをつけたまま、その前に子供を座らせておく母親がいますが、これはよくありません。テレビは良いものもありますが、子供に悪影響を与えるものもたくさんあるからです。テレビを見る事ひとつにおいても、ムスリマの母親は子供と一緒に同じ番組を見て、何か良くないことをする場面が映ったら、すぐに、「これは、悪い事だね。アッラーはこういう事をする子は、好きじゃないんだよ。」と、その場で教えなければなりません。)

預言者様(S)は言われました。

『親が子供にする贈り物で、一番良いものは、良い躾(しつけ)である。』


(5) 子供達の間を平等に公平に扱うこと

母親は、子供達すべてに同等に接しなければなりません。そして親が、子供達のうちの一人だけを愛情やプレゼントなどで特別扱いしてはいけません。小さい子の頬にするキスでさえも、同等に公平にしなければなりません。預言者様(S)は、言われました。

『子供達に与えるものにおいて、公平さを保ちなさい。あなた達が、人々に公正に優しく、誠実にされることを好むのと同じように。』

預言者様(S)は、すべての親に対して、子供の理性、思考、特性に合わせて、その子供のレベルまで目線を下げるようにと言われました。

『子供がいる親は、その子の為に、子供のようになります。』

預言者様(S)は、ジャーヒリーヤ時代(イスラーム以前)の悪習の根を、心の弱い人々から引き抜くために、働きかけました。特に、女児に言及し、教育者や親達に、男児と同様、女児に対する扱いを良くするよう命じました。預言者様(S)は、言われました。

『女児を嫌ってはならない。なぜならば、彼女達は、本当に価値のある幸福の基なのです。』

『贈り物をするときは、子供達の間を公平に扱いなさい。そしてもし一人の子供をより気に入るのであれば、女児をより気に入るようにしなさい。』

預言者様(S)は、女児の扱いにおいて、偉大な模範であり、素晴らしいお手本です。預言者様(S)の娘ファーティマ(R)が、預言者様(S)の所に入って行くと、幼少の彼女のために立ち上がり、彼女の手を取りキスし、彼の座っている場所に彼女を座らせました。また、旅に出る時には、最後に彼女に会ってから、2ラアーの礼拝をして出かけました。また、旅から帰ると、モスクでの2ラカーの礼拝後、まず彼女に会いました。

預言者様(S)は、女児を尊重すること、ケアすることにおいて、模範を示しました。女児と外出すると、集団礼拝時にも、イマームをしながら、その子を抱えていました。

『預言者様(S)は、かつてザイナブの娘ウマーマを抱えて礼拝しました。サジダする時は、彼女を置いてし、立ち上がると彼女をまた抱えました。』

多くの伝承がこの事について語られています。

『「どんなムスリムでも、3人の女児を持ち、彼女達が結婚するか、亡くなるまで、彼女達のために費用を費やした者は、彼女達が地獄の炎から彼を守るヴェールとなります。」
すると一人の女性が預言者様(S)に言いました。「預言者様(S)、女児2人でもですか?」
すると、「女児2人でも。」と言われました。』


母親は、子供の精神面での教育もおろそかにしてはなりません。物心がつく頃から、子供達がきちんと定められた義務を実行できるように、母親は、その子の勇敢さや、率直さ、勇気、自分をアッラーの創造したとても価値のある人間だと感じること、他人に対して善行を行う事を好むこと、怒りを抑えること等を、子供に教育する責任を負っています。

そして子供達がムスリム社会の中で善良な一人前の人間として生きていけるよう、母親が子供達から取り除くべき事項は、恐怖、極度の恥ずかしがり、自己嫌悪、妬み、怒りなどです。

私達は、極度の恥ずかしがりと羞恥心の違いをはっきりさせなければなりません。極度の恥ずかしがりは、子供が萎縮し自分の中に閉じこもり、人との付き合いを遠ざけることです。一方、羞恥心は、子供がイスラーム道徳と美徳を守ることを意味します。預言者様(S)は言われました。

『本当に全ての宗教には道徳的人格があり、イスラームの道徳的人格は、羞恥心があることです。』
 



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2004年 アラブ イスラーム学院