トップ | イスラーム研究1 | イスラーム研究2 | イスラームと女性 | イスラーム世界とキリスト教 | イスラームと教育
 
イスラーム研究その1


イスラームにおける祭りの概念
 

『毎年の愉しみ』

 前回、イスラームにおける金曜日、「ジュムア」についてお話しました。これは、イスラームの主な祭日ではなく、前回もジュムアを祭日とは呼ばず、祝い事もないとお話しました。

 さて、イスラームには大きな祭日が二つあります。一つはイード・ル・フィトル(断食明けの祭)、もう一つはイード・ル・アドハー(犠牲祭)で、この二つはイスラームを信奉する国々で祝われています。

 祭日のことをアラビア語で「イード」と言います。イードとは「繰り返し」とか「再び起こる」という意味でした。つまり、イードとは、毎年喜びや楽しい祭ごとが催されるという意味です。


『二つの祭日』

 イードはイスラーム教徒にとって大変大事なものです。というのは、これらは二つの重要で崇高な出来事を最後までやり遂げたことを祝うものだからです。

 その二つとは、聖なる月、ラマダーンの断食と、大集会のハッジ(大巡礼)のことです。

 ハッジは、世界中のイスラーム教徒によって年に一度行なわれているものです。ハッジに参加することに経済的にも身体的等にも問題のないイスラーム教徒は一生のうち一度はこれに参加し、サウジアラビアの西に位置する聖なる都市、マッカ(編註、メッカ)に行かなくてはいけません。

 この二つのイードは、年に一度ずつイスラーム教徒同志がお互いのつながりを確かめ合う機会で、イスラーム独特のものです。

 断食明けの祭、イード・ル・フィトルはイスラーム暦のラマダーン月(九月)に続くシャッワール月(十月)の初日に当たります。

 ラマダーン月はイスラームの歴史において大変に重要な月です。この月はイスラームの勝利の月です。この月に『クルアーン』が啓示され、また断食を行なうように命じられました。
『クルアーン』の中に次のようにあります。

  「ラマダーンの月こそは、人類の導きとして、
   また導きと(正邪の)識別の明証としてクルアーンが下された月である。
   それであなたがたの中、この月(家に)いる者は、
   この月中、斎戒しなければならない。
   病気に罹っている者、または旅路にある者は、後の日に、同じ日数を(斎戒する)。
   アッラーはあなたがたに易きを求め、困難を求めない。
   これはあなたがたが定められた期間を全うして、
   導きに対し、アッラーを讃えるためで、恐らくあなたがたは感謝するであろう」


  〔第二章(雌牛章):第百八十五節〕


『イード・ル・アドハー』

 犠牲祭、イード・ル・アドハーはズ・ル・ヒッジャ月(十二月)十日です。この月はイスラーム暦の最後の月です。これは、マッカへの大巡礼の主な過程を終えた後にお祝いします。この巡礼とは、全てのものをを犠牲にして唯一の神、アッラーに帰依するという精神に満ちたものです。

 イード・ル・アドハーには、歴史的な由来があります。イードの中で、イスラーム教徒は動物をいけにえにしますが、それはおよそ三千年前の預言者イブラーヒーム(アブラハム)の故事に因んだものです。

 預言者イブラーヒームは神へのいけにえとして、自分の息子イスマーイール(イシュマエル)を殺さなければいけないという夢を見ました。その朝、イブラーヒームは自分の息子に「私はお前を神のいけにえに捧げる夢を見た」と告げると、息子はそれが神の御意志なのだからとして、それに同意しました。

 そして、預言者イブラーヒームがいけにえを捧げる用意をし、息子を殺そうとした時、神は彼に羊をもたらし、イスマーイールの代わりにそれをいけにえにするようにと命じました。

 このことは、預言者とその息子がどれほど神に対して誠実であったかを示しています。この歴史上の出来事は『クルアーン』の中にも書かれています。

  「(この子が)かれと共に働く年頃になった時、かれは言った。
   『息子よ、わたしはあなたを犠牲に捧げる夢を見ました。
   さあ、あなたはどう考えるのですか。』

   かれは(答えて)言った。
   『父よ、あなたが命じられたようにして下さい。
   もしアッラーが御望みならば、わたしが耐え忍ぶことが御分かりでしょう。』

   そこでかれら両人は(命令に)服して、
   かれ(子供)が額を(地に付け)うつ伏せになった時、われは告げた。
   『イブラーヒームよ。あなたは確かにあの夢を実践した。
   本当にわれは、このように正しい行いをする者に報いる。
   これは明らかに試みであった。』

   われは大きな犠牲でかれを贖い、末永くかれのために(この祝福を)留めた」


  〔第三十七章(整列者章):第百二〜第百八節〕

 そこで、このイードの中で、イスラーム教徒は預言者イブラーヒームにならって、羊をいけにえとするのです。


『理想的な社会の現われ』

 イスラームのイードはあらゆる点で大変独特なものです。他のどんな社会的、政治的制度にも同じようなものは見当たりません。また、イードは大変気高い精神を持ったもので、それらに匹敵するものはありません。

 それぞれのイードはイスラーム教徒一人一人がアッラーの下僕としてなした素晴らしい功績を讃えたものです。イード・ル・フィトルはまる一ヵ月間、日中の完全な絶食を行なった後に来るものであり、イード・ル・アドハーは大巡礼をやり遂げ、世俗的な悩みを捨て、ただアッラーの御言葉だけに耳を傾けることを堂々と表明した後に来るものです。

 また、それぞれのイードは、それに先立つ義務を果たし、仲間同志喜びを分かち合って集まり、アッラーに感謝を捧げる日です。こういった形での感謝は、心からの祈りとか言葉によって出来るものではなく、全くそういったことを超えています。イードということ自体が理想的な社会の姿と博愛の精神を表わしています。

 ラマダーンの断食を成し遂げたイスラーム教徒は、イード・ル・フィトルの日に貧しい人々に施しをすることによって、アッラーに感謝を捧げます。同じように、マッカでハッジをやり遂げた人々は、またハッジには行かず家にいた人々も、イード・ル・アドハーの日にいけにえを捧げて、それを貧しい人々に分け与えます。施しや、捧げ物を分け与えることは、このようにイードでも大変大切な部分となっています。

 イードは勝利の日です。ラマダーン月の断食や、ズ・ル・ヒッジャ月のハッジで、精神を正しく保ち、また成長させた人はイードを勝利の心で迎えます。ラマダーン月の断食や、ハッジの義務を誠実に守った人は勝利者なのです。このようなイスラーム教徒は、自分の欲望を強力に制御することが出来、自制心を発揮し、そして、規律正しい生活の素晴らしさを味わうことが出来るのです。

 ひとたび、このような段階に至った人は最も偉大な勝利を得たと言えます。自分自身を制御し、自分自身の欲望に規律を与える方法を知っている人は多神崇拝者のような奴隷の身に落ちることはありません。なぜならば、その人はその原因となる罪や過ち、恐れや臆病さ、嫉妬心や貪欲心に縛られることはないからです。


『イードの特徴』

 どちらのイードも、皆で神への礼拝をして清々しく始まり、その日は心に刻まれ、また最も喜びに満ちた日となります。皆でアッラーに祈りを捧げ、アッラーの栄光を讃え、そして、アッラーからの御恵みを思い起こします。

 またこの日、死んだ人達の魂のために祈って彼等を思い起こし、貧しい人達に手を差し伸べ、悲しみに沈む人達の心を察し思い遣り、病人を訪ねて元気づけ幸運を祈り、その場にいない人には心のこもった挨拶を送ります。

 このようにして、皆を思う気持ちはあらゆる限界を超えて広がっていき、あらゆる人々にまでその思いは届いていきます。

 イードは収穫の日です。アッラーに仕える全てのよい働き手や、全ての誠実な信仰者はその日に自分達のよい行ないによって実った果実を収穫します。アッラーは御慈悲と御恵みを惜し気もなく下さいます。

 一方で、イスラーム社会はイスラームの友愛団体に当然すべき寄付を集め、また互いを愛し合い、思い遣りを持ち、気遣い合うという社会的責任を要求しています。

 また、イードは赦しの日です。イスラーム教徒はその日の集まりに行き、皆、誠実に赦しをアッラーに乞い、信じる心をさらに強くするために祈ります。そして、アッラーに偽りのない心をもって近付く者は皆、アッラーの御慈悲と御赦しを頂くことが出来ます。

 イスラームの祭は他の宗教の祭と明らかに違うところがあります。イスラームはその信者が浪費をしたり、コンサートやダンス、ワインパーティ、ディスコに行く等の世俗的快楽に耽ることを許しません。この日はアッラーに祈り、仲間達と再会し、絆を深める機会なのです。

 イスラームの国ではイードの日は役所や学校、大学、会社は一日中休みとなり、皆がこの日を祝い、打ち解けた気分で法律で認められた行事に参加出来るようになっています。

 イードは平安の日です。イスラーム教徒がアッラーの御定めになった法を守り、規律正しい生活を送ることによって、彼の心の中に平安を確立した時、その人は間違いなく、決して侵すことの出来ない平和の契約をアッラーと結んだということになります。

 人がこの宇宙全体と和睦することこそが、正にイスラームで言うところのイードなのです。イードとは平和と感謝の日であり、赦しと精神の勝利の日であり、良き収穫と偉大な成就の日であり、そして楽しい思い出の日なのです。

 この日こそは、世界中のイスラーム教徒にとって、素晴らしくまた美しい日です。












日本語トップ | リンクについて | サイトマップ | ヘルプ



2002年 アラブ イスラーム学院