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イスラーム研究その1


イスラームの目指すもの(その2)
 

『イスラームの法律』

 イスラームには法律とその法律を守ることという非常に大切な教えがあります。その最大の目的は共同体全体の平安と、共同体を構成する個人個人の尊厳を守ることです。

 イスラームは共同体の一人一人に、その人の共同体における地位に応じた明確な権利を与えています。

 その目的は、イスラームへの信仰を通じて、共同体の構成員の間の連帯を作り出すことです。この連帯の中では、人種や肌の色、性別、財産、政治信条などといったことについての、あらゆる差別行為を否定します。

 一方、イスラームはアッラーへの忠誠や、アッラーへの畏怖の念というものを重んじ、どれだけ善い行ないを行なったか、悪い行ないを避けてきたかということが重視されます。
 アッラーはこのようにおっしゃっています。

  「人々よ、われは一人の男と一人の女からあなたがたを創り、
   種族と部族に分けた。
   これはあなたがたを、互いに知り合うようにさせるためである。
   アッラーの御許で最も貴い者は、
   あなたがたの中最も主を畏れるものである。
   本当にアッラーは、全知にして凡ゆることに通暁なされる。」


  〔『クルアーン』第四十九章(部屋章):第十三節〕

 イスラームは、人類が同じ信仰と秩序を持つことを促すための規則を全て定めています。その信仰と秩序とは、全てのアッラーの預言者たちが説いてきたことと同じです。つまり、唯一アッラーのみを崇拝し、人はアッラーの下僕であることを知るということです。アッラーは、常に御自身がお作りになった我々のよい点を見つめていらっしゃいます。

 啓典とアッラーの啓示によって、共同体におけるあらゆる破壊や詐欺行為は、紛争や衝突と同じように禁止されています。その代わりに、共同体の中で人々と握手をして「アッサラーム・アライクム(あなたの上に平安がありますように)」という言葉を交わす習慣を広めることが求められています。

 それゆえに、イスラームの仲間、それはまるで兄弟や姉妹のような間柄ですが、彼らの前で微笑むという行ないは、アッラーの恩恵を受けます。

 そのことを、預言者ムハンマド(彼の上に祝福と平安あれ)は、

  「イスラーム教徒たちのそれぞれの関係は、
   お互いの気持ちという点では、
   まるで同じ体を作るそれぞれの部分であるかのようだ」
 と語っています。

 善い行ないとは、アッラーの御命令に従うということです。そのことによって、共同体に争いごとをもたらす原因となる不正や、道徳に反する行ないから離れることになります。


『友愛関係』

 イスラームは共同体に不平等なことがあることや、姦通、詐欺行為、憎悪や敵意を抱くこと、他人の権利を犯すことなどを、厳格に禁じています。なぜならばこのような行ないは、共同体の中に友愛関係や連帯を形作って行こうとしているイスラームには全く相応しくないからです。

 西暦622年に、預言者ムハンマドがマッカからメディナに移住(聖遷)した時がイスラームの始まりです。メディナで彼がまず行なったことは、マッカからの移住者であるモハジルとメディナでのイスラーム改宗者であるアンサールとの間に盟約を結び、調和と友愛の関係を確立したことでした。

 預言者ムハンマドは、イスラームの友愛関係は同じ血を分けた家族のようなものであると教え、そのことを忘れないようにと皆に伝えました。

 仲間と固い絆を結び、よい関係を作っていくことについて、アッラーは『クルアーン』の中でこうおっしゃっています。

  「あなたがたはアッラーの絆(著者註:クルアーン)に皆でしっかりと縋り、
   分裂してはならない。
   そしてあなたがたに対するアッラーの恩恵を心に銘じなさい。
   初めあなたがたが(互いに)敵であった時
   かれはあなたがたの心を(愛情で)結び付け、
   その御恵みによりあなたがたは兄弟となったのである。
   あなたがたが火獄の穴の辺りにいたのを、かれがそこから救い出されたのである。
   このようにアッラーは、あなた方のために印を明示される。
   きっとあなたがたは正しく導かれるであろう。」


  〔『クルアーン』第三章(イムラーン家章):第百三節〕

 個人の関係と同様に、民族の関係や家族の関係についてアッラーは、

  「信者たちは兄弟である。
   だからあなたがたは兄弟の間の融和を図り、アッラーを畏れなさい。
   必ずあなたがたは慈悲にあずかるのである。」


  〔第四十九章(部屋章):第十節〕

と、おっしゃっています。また、

  「もし女が、その夫から虐待され、忌避される心配があるとき、
   両人の間を、和解させるのは罪ではない。
   和解は最もよいことである。だが人間の魂は、貪欲になりがちである。
   もしあなたがたが善行をし、主を畏れるならば、
   誠にアッラーは、あなたがたの行うことを熟知なされる。」


  〔第四章(婦人章):第百二十八節〕

とおっしゃっています。

 イスラームは人をだまして物を売ること、例えば、まだ売る用意の出来ていないものや、買う人にそれがどんなものかよく分からないものを売るようなことを止めさせました。それによって、共同体の中に不調和の意識を芽生えさせないようにしたのです。

 また、イスラームは共同体の中に協力するという意識を養わせました。この意識によって共同体の人々は、この世の中で適切な方法を通して利益を得ることが出来、また、来世においても出来るのです。


『互いを知り助け合う』

 イスラームは、人々が会って、互いに持ち物を分け与えたり、交換したり、互いにイスラームのあいさつをし合う機会をいくつもイスラーム教徒に与えました。

 それによって、お互いを助け合うようになるのです。『クルアーン』第五章(食卓章)の第二節に次のようにあります。

  「寧ろ正義と篤信のために助けあって、信仰を深めなさい。
   罪と恨みのために助けあってはならない。
   アッラーを畏れなさい。
   誠にアッラーは懲罰について厳重であられる。」


 その一つが、ハッジ(巡礼)です。この一年に一度の、イスラームの五行の一つを行なうための国際的な集まりは素晴らしい光景です。世界中のあらゆる民族の代表として来た人々が身分の区別なく、同じ立場でアッラーを崇拝し、お互いを知り合うという智慧は大変に素晴らしいものです。

 また、土地ごとのお祝いごとについて言えば、イスラームには断食明けの祭と犠牲祭があります。断食明けの祭はイスラーム暦の聖なる月、ラマダン月に行なう一ヵ月間の断食明けに行なわれます。犠牲祭は、イスラーム歴第十二月の十日に行なわれます。マッカでは、犠牲祭の日の前日に聖なる地アラファに立ち祈念します。

 さらに、イスラームは一週間に一度、金曜日に同じ地域に住む仲間が一所に集まり、アッラーを礼拝する機会を与えています。

 各地のモスクに専属でいる、集団礼拝の際の指導者をイマームといいます。イマームはこの日、イスラーム教徒に向かって説教をし、現在の問題を伝えます。また、この説教は皆が更に信仰を深めようとするきっかけになります。
 また、毎日五回の礼拝があり、イスラーム教徒のある者たちは同じ地域のモスクに集まって一緒に礼拝をします。


『それぞれの権利』

 イスラームでは、ひたすらアッラーのためにとか、互いによい関係を作ろうと、訪問し合う人々に対して、特別な祝福を与えています。

 共同体の一人一人はイスラームの共同体に対し、老人や子供、身体に障害を持つ人々を支えるように要求する権利があるのです。また、家族を構成する各人はその立場に応じて、家族の他の人に対する権利があります。

 病人や身体に障害のある人のところへ訪ねて行き、たとえ短い時間であっても、彼らの心を安らかにし、幸福にするものには素晴らしい報酬が与えられると、イスラームでは説いています。

 それゆえに、イスラームでは、社会の様々なところから真の友愛を通した、喜びと善い行ないによって人類が連帯し、お互いに愛し合うようにしなければならないということを法律で定めているのです。











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2002年 アラブ イスラーム学院