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イスラーム研究その2


第1章 偉大なる創造主アッラーを知る
 

2.アッラーのスィファート(属性)

アッラーフ・タアーラーは始めのない過去の永遠からの最初の存在主であられます。死ぬこともなく終わりもなく永遠に生きられるお方であられ、アッラーご自身をもって司られ自存されるお方であられます。また、アッラーと並べうるものが存在しない唯一の存在主であられます。アッラーフ・タアーラーは次のようにおっしゃっています。

((قُلْ هُوَ اللَّهُ أَحَدٌ 1 اللَّهُ الصَّمَدُ 2 لَمْ يَلِدْ وَلَمْ يُولَدْ 3 وَلَمْ يَكُن لَّهُ كُفُوًا أَحَدٌ))

言え。「アッラーこそ唯一なり。*アッラーこそ永遠かつ、自存するお方。*生みもせず、生まれもしない、*そして、かれ[アッラー]と比較しえるものは[他に]何ひとつない」。(Q112/1−4)

アーヤの意味 不信仰な者達が使徒達の封印(1)(ハータム・ル・ムルサリーン)であられる使徒ムハンマド(サッラッラーフ・アライヒ・ワ・サッラム))にアッラーの属性について尋ねたときアッラーは前述のスーラ(2)を啓示なされたのでした。この中で、使徒に下記の内容のことをかれらに伝えるようにお命じになったのでした。

アッラーは唯一無二で、同伴者を一切持たず永遠に生きられる管理者であられること、人類だけではなく宇宙に存在する被造物すべてに対してアッラーだけが絶対的な主権の持ち主であられること、人間が何かを必要とするさいに唯一帰るべきお方であるということなどが伝えられたのでした。

《生みもせず生まれもしない》というアーヤの意味はアッラーに息子や娘、また父や母がいたりすることは正しい考え方ではないということです。続柄とか出生は被造物の属性であるので、アッラーご自身このスーラ及びその他のスーラでこのことすべてをきっぱりと否定なされたのでした。アッラーは「イーサー(イエス)はアッラーの子である」というキリスト教徒達の言い分やまた「ウザイル(エズラ)はアッラーの子である」というユダヤ教徒の言い分をはじめとするその他の人達の「天使(マラーイカ)はアッラーの娘である」などこの種の言い分にお答えになったのでした。

アッラーこそイーサー(1)(アライヒッサラーム)をご自身の力をもって父なくして一人の母から創造なされたことをアッラーは伝えていらっしゃいます。同様なことは人類の祖アーダムを土から創造なされ、また人類の母ハウワーをアーダムの肋骨(あばらぼね)から創造なされ、アーダムの精液とハウワーの愛液からアーダムの子孫を創造なされたのでした。
 アッラーは最初無からすべてのものを創造なされ、アッラー以外には誰も変えることのできない法則と体系をこの宇宙に存在する被造物にお与えになったのでした。もしアッラーご自身がこの体系に何らかの変化を加えたい場合、ご自身の意のままにこの体系を変えることができるのです。たとえばいくつかの例があります。イーサー(アライヒッサラート・ワッサラーム)(7頁参照)が父なく母から生まれ、既に幼少にしてハック(真理)を語り始めた例もそのひとつです。また、ムーサー(モーゼ)の杖をヘビに変えた話や、またムーサーが海をその杖でうったとき、海が割かれ、かれの民が渡った道となした話などがあります(2)。使徒達の封印であられるムハンマド(サッラッラーフ・アライヒ・ワ・サッラム)に対して月がさく裂した話や木の前をお通りになったさい、木が挨拶した話などがあります。人が聞こえる程度の声で動物が「わたしはあなたがラスールッラー(アッラーの使徒)であることを証言します」と証言した話もあります。天使ジブリールとともに、マッカのアル・マスジド・ル・ハラームからアル・クドゥス(エルサレム)のアル・マスジド・ル・アクサー(遠隔のモスク)へブラークに乗って夜旅をされたことがありました。そこから七天に昇られ、その天上に着かれたさい、アッラーはかれと対話をなされました。このとき、サラー(礼拝)がはじめて1日5回義務として課せられたのでした。また、途中七天の人々と接見されマッカのアル・マスジド・ル・ハラームに戻られたのでした。それは夜明け前の一夜の出来事でした。このイスラー(夜の旅(3))とミウラージ(七天への昇天)の話はムスリムが記憶していなければならない有名な話で、アル・クルアーンやハディース(伝承)その他多くの預言者伝や歴史書に詳しく言及されています。

アッラーフ・タアーラーのスィファート(属性)のいくつかにサムウ(聴覚)とバサル(視覚)、イルム(知力)とクドゥラ(力)、イラーダ(意志)があり、すべてを聴き見、ご自身の聴見を妨げるべきものは一切ないのです。

子宮の中に宿っているものや心に隠されているもの、また過去そして未来のすべてに渡って何もかもご存知であられるのです。かれこそは何かお望みになれば、それに「有れ」とおっしゃると、即座に「有る(1)」状態をなせる意志をお持ちで、しかも全能であられるお方なのです。

神聖なご自身自らが形容なされたアッラーの属性のひとつに、お望みになられるたびにお望みになられるみ言葉があります。アッラーは実際にムーサー(サッラッラーフ・アライヒ・ワ・サッラム)や使徒達の封印であられるムハンマド(サッラッラーフ・アライヒ・ワ・サッラム)にアッラーのみ言葉をもって語られました。使徒ムハンマド(サッラッラーフ・アライヒ・ワ・サッラム)に啓示されたアル・クルアーンはその文字と意味ともにアッラーのみ言葉なのです。これはアッラーの属性のひとつです。アッラーの道からはずれたムウタズィラ学派(2)の人たちが主張したようにアル・クルアーンは創造されたものではありません。

神聖なご自身と使徒達がアッラーご自身を形容なされたアッラーの属性のいくつかに、顔、両手、イスティワー、降臨(3)、満足や怒りなどがあります。アッラーは信仰ある者には満足なされ、不信仰な者や当然アッラーの怒りをかう罪人に対してはお怒りになっるのです。他のアッラーの属性同様、満足、怒りも被造物の属性とは類似しているものでもなければ、曲解したり「いかに」と考えるべき対象でもないのです。

アル・クルアーンとスンナにおいて信徒達はアッラーフ・タアーラーを自分たちの目で実際にキヤーマ(復活)の場とジャンナ(楽園)で見ることはすでに定められています。アッラーフ・タアーラーの属性については偉大なるアル・クルアーンとラスールッラーヒ、ムハンマド(アライヒ・アフダルッサラーティ・ワッサラーム(1))のハディースに詳しく記されているのでそれをご参照ください。

 














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2004年 アラブ イスラーム学院