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イスラーム研究その2


第4章 イスラームにおける生き方
 

9.家族

アッラーフ・タアーラーは幸福が得られるようにイスラーム法において家族を最も完璧な形で制度化されました。まず、両親に対して善行をするよう定められています。悪口などを言ったりしないこと、遠方に住んでいようと訪問を欠かさないこと、そして手助けや生活費などを見ること、またふたりがあるいは1人でも貧しければ住居費などを立て替えてやること、アッラーは両親の面倒をおこたるようなことでもあれば厳しい罰が襲ってくることを威嚇されています。そして両親を大切にする者は幸福を約束されていらっしゃいます。こういう観点に立って、イスラームでは結婚が使徒(ラスールッラーヒ、サッラッラーフ・アライヒ・ワ・サッラム)を通して啓典アル・クルアーンにシャリーアとしてきめ細かくアッラーのヒクマ(英知)として定められています。

(i) 結婚は節操を守り姦通を回避し、非合法なものを凝視しないようにとの最も大きな理由が含まれています。
(ii) アッラーは夫婦間に友情や慈悲を与えられたので、結婚は夫婦間に安心感を植え付けさせます。
(iii) 結婚によって法的に認知された子供が得られ、ムスリムの数が増え健全な子供が育成できます。
(iv) アッラーフ・スブハーナが既に定められたように、各自自分に適切と思われる職務を遂行するさい、結婚は夫婦間の協力を実らせます。

夫は家の外へ出て妻や子供達のために働き収入を得るのです。妻は家の中で家事などをして働くのです。妊娠出産し育児に専念するだけでなく、夫の食事の世話をし、その他の家の中の仕事をするのです。もし夫が疲れはてて帰宅したならば疲れや心配は吹っ飛び妻や子供達に慰められるのです。家族全員が安堵と喜びの中で生活がおくられるのです。もし夫婦が満足すれば夫の仕事のかたわら妻自身の収入のためにあるいは夫を援助する目的で仕事をすることは構わないです。それには一定の条件が必要です。男性たちに触れない遠く離れた環境で働くことです。自分の家の中とかあるいは妻自身のあるいは夫のあるいは家族の畑だとかで働くような場合です。工場とか会社だとか店等のように男性たちと触れるようなところで働くことはできません。女性はこのような場所で働くことは出来ないのです。たとえ妻自身が満足したとしても、夫や子供や親類の者達は決して許してはなりません。妻自身あるいは社会自身が腐敗に直面するからです。女性は男性と混ざることなく、汚い手や罪深い者の目の届かない安全な家の中で守られなければなりません。もし一人で外出してしまうようなことにでもなれば狼の中の一匹の子羊のようになってしまい、本来持っていた栄誉と尊厳性が失なわれてしまうのです。

夫がもし一人の妻に満足しなければ、住居、生活費、居住などにおいて出来る限り公平に扱うという条件付きで、アッラーは夫に4人までの限定つきで複数の妻をめとることが許されています。愛については人間のもつ権限外なので、公平でなければならないという条件はないのです。アッラーフ・タアーラーはそのことについて次のようにおっしゃっています。

((وَلَن تَسْتَطِيعُواْ أَن تَعْدِلُواْ بَيْنَ النِّسَاء وَلَوْ حَرَصْتُمْ فَلاَ تَمِيلُواْ كُلَّ الْمَيْلِ فَتَذَرُوهَا كَالْمُعَلَّقَةِ وَإِن تُصْلِحُواْ وَتَتَّقُواْ فَإِنَّ اللّهَ كَانَ غَفُورًا رَّحِيمًا))

そして、あなたがたは決して妻たちを公平に扱うことはできない。たとえ心がけたとしても。
(Q4/129)

妻たちの間で実現させなければならない愛情や情愛というものは公平でなければなりませんが、これは男性の能力を超えるものであります。だが、男性が妻たちを公平に出来ないからといって、アッラーフ・スブハーナは多妻制を禁止されたわけではないのです。従って、アッラーフ・スブハーナは多妻制というものに法的根拠を与えられ、使徒達をはじめ妻たちを公平に扱うことのできる者に多妻制をシャリーアの中で実現させたのです。アッラーフ・スブハーナは男性女性にとってより好ましい方法を御存じであられます。それは健全な男性というものは性に関して4人の女性を娶るだけの性的要求をみたす用意が出来ているものです。キリスト教徒(1)等の間で現在そうであるようにひとりの妻に限ったとしたら、どうなるでしょうか。下記にこの点について述べておきましょう。

(i) もしアッラーに服従しアッラーを恐れる信徒であれば何か禁欲を感じさせる生活をおくっているのではないかと思うからです。合法的なものが精神的必要性を抑制したことになります。ひとりの妻の場合、もし妻が不妊であったりあるいは月経や出産あるいは病気だとかで、夫が性生活に支障が出来、あたかも妻がいないかのような残りの人生をおくる結果になるのです。妻は夫が気に入って、夫が妻を愛し妻も夫を愛しているということであればとのことです。もし妻が夫を愛していないということであれば、それ以上に弊害があります。
(ii) 夫がアッラーに対して反抗的で裏切り者であったならば夫は姦通という売春行為を犯し、妻から去って行くでしょう。多妻制度を認めない多くの人達は姦通や無制限な多妻において裏切り行為という犯罪を犯すでしょう。これ以上に恐るべきことは、イスラームで定められた多妻制度が合法的であるという事が分かっていても、イスラーム法で定められたこの多妻制度を攻撃すれば不信仰者という烙印が押されるでしょう。
(iii) もし多妻制が禁止されたならば女性の多くは結婚や子供に恵まれないことにもなるでしょう。彼女たちの中で敬虔で謙虚なものは哀れで子供に恵まれない未亡人として生涯をおくることになるでしょう。また別な者は放蕩で不義を働き犯罪人のつけ込む余地となるでしょう。

戦争や危険な仕事でより男性のほうが死に直面するということで女性は男性よりも人口数で数が多いということが知られています。また、女性は適齢期に達すれば肉体的に結婚できる準備ができているということも知られています。一方男性は必ずしもそういうわけではありません。マハル(1)の支払いが出来なかったり生活費を捻出できなかったりして結婚ができない男性が多いのです。このようにイスラームは女性に対して公平で慈悲深いのです。シャリーアで定められた多妻制度を攻撃する者は女性の敵であり、美徳の敵であり、預言者達の敵であります。多妻制は過去の預言者達(アライヒムッサラート・ワッサラーム)のスンナ(慣習)でもあり、かれらはかって複数の女性達と結婚し、アッラーが定められたシャリーアの中で女性達を娶っていたのでした。

ふたり目の女性を娶ったとき妻が感じる嫉妬心に関してはそれは単なる感情的な問題であり、法的には感情というものは一切入り込む余地はないのです。女性は結婚をする前に自ら男性にふたり目の妻を娶らないようにという条件をつけることができます。もし男性がそれを承諾すればこの条件を遵守しなければなりません。もし男性がふたり目の妻を娶るということであれば、女性はそのまま結婚生活を続けるか、結婚を破棄するか、いずれかを選択することができるのです。

離婚(2)はイスラーム法で定められています。夫婦間で性格の不一致や不和があったり、夫婦間の一方に愛情が欠如したりした場合のために離婚制度があります。このような状態で生活をおくらないためにも、両人が離婚後ムスリムのままで亡くなったならば、ドゥンヤー(現世)とアーヒラ(3)(来世)において幸福な生活がおくれる配偶者を得るためにも離婚制度があります。

 














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2004年 アラブ イスラーム学院