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【第8章 戦利品】
(8:62〜8:75)
 

だが、もし彼らがおまえを欺こうとするなら、おまえにはアッラーで十分である。彼はおまえを神佑と信仰者たちによって支え給う。(8:62)

『もし彼らがおまえを欺こうとするなら』 講和によって。おまえに対して戦闘準備の時間を稼ぐために( cf., Wahbah al=Zuhaylī, al=Tafsīr al=Munīr, vol.10, p.53)。

『おまえにはアッラーで十分である』足りる。

『信仰者たちによって』 それはアンサールのことである。つまり、アウス族とハズラジュ族である。両者の間には120年来の抗争があった。

そして、彼らの心を結び合わせ給う。かりにおまえが地にあるものをそっくり費やしたとしても、彼らの心を結び合わせることはできないが、アッラーは彼らの間を結び合わせ給う。まことに彼は威力比類なく、英明なる御方。(8:63)

『彼らの心を』 憎しみ合いの後で。

ベドウィンは熱血、傲慢で、激情と党派心の持ち主で、些細なことで怒り根に持ち、もし部族の男が平手打ちの一打を加えれば、その部族の者が彼の仕返しに復讐を遂げるまで戦った。アッラーの御使いが彼らの許に遣わされ、彼らが彼を信じ、彼に従うと、この状態は変わり、彼らの心は親しみ、彼らの世論は纏まり、ジャーヒリーヤ(無明)時代の激情は彼らの心から消え去り、そうした憎悪や嫉妬は愛情とアッラーへの愛と、アッラーゆえの愛に変わった。そして、服従において一体となり、アッラーの御使いの援助者となり、彼のために戦い、彼を護衛する支援者となった。それが、アウス族とハズラジュ族である。ジャーヒリーヤの時代、彼らの間には大きな戦闘と激しい敵意があったが、そうした戦争は終わり、親しみと愛が生まれた。そのようなことは威力比類なきアッラーのほかにはできないことであった。そしてこれは、アッラーの御使いの真実性を明白に証する奇跡となった。アッラーの御使いの言葉に次のようにある。「アンサールの者たちよ。迷っていたおまえたちをアッラーが私を通じて導き、分裂していたおまえたちをアッラーが私を通じて結び、文無しだったおまえたちをアッラーが私を通じて豊かにし給うたではなかったか」。
この節は、心はアッラーの御手の中にあり、彼は御望みのままにそれを転じ給うことを示すものである。また、こうした親しみや愛情は信仰とアッラーの御使いへの服従によって生まれるものにほかならないのである。

『結び合わせ給う』 結合し給う。

『アッラーは彼らの間を結び合わせ給う』 彼の御力によって。

『まことに彼は威力比類なく』 彼の物事を掌握し給うた御方で。

『英明なる御方』 彼の英知から抜け落ちるものはなにもない。

預言者よ、おまえにはアッラーで十分、そして信仰者のうちおまえに従う者で。(8:64)

『・・・おまえに従う者で』 ・・・で十分である。

イブン・アッバースによると、この節はウマル・ブン・アル=ハッターブの入信について啓示された。サイード・ブン・ジュバイルは言った。預言者と共に33人の男と6人の女が入信し、次いでウマルが入信すると、この節が下された。・・・
この説によると、この節はマッカ時代に啓示されたが、アッラーの使徒の命令によってマディーナ啓示の中に書き入れられたことになる。

預言者よ、信仰者を戦闘に向けて励ませ。もしおまえたちのうち二十人の忍耐する者がいれば、彼らは二百人を打ち負かし、おまえたちのうち百人がいれば、信仰を拒んだ者のうち千人を打ち負かすであろう。なぜなら、彼らは理解しない民だからである。(8:65)

『戦闘に向けて』 不信仰者に対する。

『励ませ』 駆り立てよ。

『二百人を』 彼ら(不信仰者)のうちの。

『・・・いれば』 三人称単数男性形で「 yakun」とする読誦法と三人称単数女性形で「takun」とする読誦法がある。

『なぜなら、彼らは理解しない民だからである』つまり、彼らは、アッラーも最後の日も知らず、ムスリムたちのように来世の報奨の希望を持ってアッラーの命令を実行するために、アッラーのご満悦を願って戦うのではなく、ジャーヒリーヤ時代の激情のために戦い、シャイターンの歩みに従っているにすぎず、彼らには制圧され敗走するのみがふさわしいからである。
あるいは、アッラーと来世を信じない者は、復活を信じず、それゆえ、彼にとって幸福は現世の生活にしかなく、それに執着し、それを戦闘行為による終止、不運に至る突撃にさらすことはせず、安全に傾き、逃げ、打ち負かされるからである。一方、幸福はこのはかない生にはなく、幸福は永世にのみあると確信する者は、現世の命には執着せず、それに価値を置かず、強い心と、正しい決意をもってジハードに臨む。それゆえ、そのような者一人は、多数に匹敵するのである。

『・・・からである』 ・・・ことが原因である。
これ(この節)は平叙文であるが、意味は命令である。つまり、「おまえたちのうち20人に200人と、100人に1000人と戦わせよ。そして、彼らに対して断固とせよ」との(命令)。その後、(ムスリムの)数が増えた時に、次節の御言葉によってこれは破棄された。

今、アッラーはおまえたちから軽減し給うた。おまえたちの中には弱い者がいることを知り給うたのである。それゆえ、もしおまえたちのうち百人の忍耐強い者がいれば、二百人を打ち負かすであろう。そして、もしおまえたちのうち千人がいれば、アッラーの御許しによって二千人を打ち負かすであろう。アッラーは忍耐する者と共におわし給う。(8:66)

『おまえたちの中には弱い者がいる』 おまえたちの10倍の者と戦うことに。『弱い』は「dād」の母音を「u」で読む読誦法(「du‘f」)と、「a」で読む読誦法(「da‘f」)がある(ハフス&アースィム版は後者)。

アル=ハリール・ブン・アフマドの説としてアル=ラーギブが伝えるところでは「da‘ f」は「理性と思考の弱い者」、「du‘f」は「身体の弱い者」であるが、どちらも同義とも言われ、アブー・アムルの伝えるところでは「du‘f」はヒジャーズ地方の方言、「da‘f」はタミーム族の方言である(cf.,al=Samīn, al=Durr al=Masūn, vol.3, p.436)。

『百人の忍耐強い者がいれば』 『いれば』は接頭辞を「yā‘」とする読誦法(「yakun」)と、「tā‘」とする読誦法(「takun」)がある。

『二百人を』 彼らのうち。

『アッラーの御許しによって』 彼の御意志によって。

『二千人を打ち負かすであろう』 これは命令の意味の叙述である。つまり、おまえたちの2倍の者と戦い、彼らに対して断固とせよ。

『共におわし給う』 彼の神佑によって。

預言者に捕虜があることは、彼がその地で酷薄にふるまうまで、彼にふさわしいことではない。おまえたちは現世の見返りを望むが、アッラーは来世を望み給う。アッラーは威力比類なく、英明なる御方。(8:67)

この節は、バドルの戦いの捕虜から身代金を取った時に下し給うた。

バドルの日の捕虜の身代金は、1人につき、金40ウーキヤであった。1ウーキヤは40ディルハムである。要するに、1人につき合計1600ディルハムであった。
アブドッラー・ブン・マスウードによると、バドルの日、捕虜が連れて来られると、アッラーの御使いは言われた、「彼らについておまえたちはなんと言うか」。そこで、アブー・バクルが、「アッラーの御使いよ、あなたの民、あなたの家族である。彼らを生き残らせ、彼らに忍耐されよ、きっとアッラーは彼らを顧み戻り給うであろう。そして、彼らから身代金を取られよ。そうすれば、われらにとって不信仰者に対抗する力となるであろう」。また、ウマルは言った、「アッラーの御使いよ。彼らはあなたを嘘だと否定し、あなたに向かって先陣を切ったのである。われらは彼らの首を打つ。アリーにアキールを任せられよ。そうすれば彼は彼の首を打つであろう。また、私にウマルの血統の誰某を任せられよ。そうすれば私が彼の首を打とう。また、ハムザにアッバースを任せれば、彼が彼の首を打とう。彼らは不信仰の民である」。イブン・ラワーハは言った、「多くの薪のある涸川を探し、彼らをそこに入れられよ。そして、彼らの上に火をつけられよ」。そこでアッバースは彼に言った、「おまえはおまえの血縁を断った」。アッラーの御使いは黙って、彼らに返答せず、中に入られた。そこである者たちは、「彼はアブー・バクルの言葉を取られるのだ」と言い、また、ある者たちは、「彼はウマルの言葉を取られる」と言い、また、ある者たちは、「彼はイブン・ラワーハの言葉を取られる」と言った。その後、アッラーの御使いは出て来て言われた、「アッラーは人々の心を牛乳よりも柔らかになし給い、また、ある人々の心を石よりも硬いものとなし給うた。アブー・バクルよ、おまえは、『私に従った者は私の仲間であり、私に背いた者、あなたはよく赦し慈悲深い御方』(第14章[イブラーヒーム]36節)と言ったイブラーヒームのようであり、『もしあなたが彼らを罰し給うとしても、彼らはあなたのしもべであり、もしあなたが彼らを赦し給うなら、まことにあなたは威力比類なく英明なる御方』(第5章[食卓]118節)と言ったイーサーのようだ。ウマルよ、おまえは、『主よ。大地に不信仰者の居住者をひとりも残し給うな』(第71章[ヌーフ]26節)と言ったヌーフのようであり、『われらの主よ、彼らの財産を滅ぼし、彼らの心を頑なにし給え』(第10章[ユーヌス]88節)と言ったムーサーのようである」。それからアッラーの御使いは言われた、「今日、おまえたちは卓越している。それゆえ、彼らの誰一人として身代金、あるいは打ち首によってのほか逃れることはない」。アブドッラー・ブン・マスウードは言った、「スハイル・ブン・バイダーゥは別である。私は彼がイスラームを口にしたのを聞いた」。すると、アッラーの御使いは黙られた。彼(イブン・マスウード)は語っている、「おまえは、私がこの日ほど、空から石が私の上に落ちてくることを恐れた日はなかったことを見たであろう。アッラーの御使いが、『スハイル・ブン・バイダーゥは別である』と言われるまでは」。
イブン・アッバースが言うには、ウマル・ブン・アル=ハッターブは言った、「アッラーの御使いはアブー・バクルの言ったことを望まれ、私の言ったことは望まれなかった。そして、彼は彼らから身代金を取られた。さて、翌日になって私が来ると、アッラーの御使いとアブー・バクルが座って泣いていた。私が、『アッラーの御使いよ。なにがあなたとあなたの友を泣かせているのか教えてください。涙があれば泣き、涙がなくてもあなたがたが泣くゆえに私も泣く振りをしましょう』と言った。すると、アッラーの御使いは言われた、『彼らから身代金を取ることをわが教友たちに提案した者のために私は泣いている。私はおまえたちに対する懲罰をこの木よりも近くで見せられたのだ』。つまり彼の近くにあった木のことである」。するとアッラーはこの節を啓示し給うた」。

『預言者に捕虜があることは』 『ある』は接頭辞を「tā‘」とする読誦法(「takūna」)と「yā‘」とする読誦法(「yakūna」)がある。

『彼がその地で酷薄にふるまうまで』 不信仰者の殺害を徹底するまで。

つまり、彼の強権、ムスリム軍の威力と不信仰者の卑小さが明らかになり、彼らに対する不安がなくなるまで。

『おまえたちは』 ムスリムたちよ。

『現世の見返りを望むが』 身代金の受け取りによってその(現世の)破片を。

『アッラーは来世を』 彼らの処刑によるその(来世の)報奨を。

『望み給う』 おまえたちに。
この節は、『その後は、・・・情けをかけるか、身代金である』(第47章[ムハンマド]4節)によって破棄された。

アッラーからの書が先立たなければ、おまえたちが奪ったものゆえにおまえたちを大いなる懲罰が襲ったであろう。(8:68)

『アッラーからの書が先立たなければ』 戦利品と捕虜をおまえたちに許されたものとする。

『アッラーからの書が』 とは、護持された板(アル=ラウフ・アル=マフフーズ)の中に書き留められ、確定した規定が、ということである。

『おまえたちが奪ったもの』 身代金。

『おまえたちを大いなる懲罰が襲ったであろう』これは、最善策を取らなかった彼への訓戒である。なぜなら、彼にとっての最善策は不信仰者たちの大量処刑を粛々と執行することであり、身代金を取ることではなかったからである。これは禁じられた不作為に対する訓戒ではない。なぜならそのようなことは預言者に相応しくなく、有り得ないからである。
これは敬虔な者にとっての善行にも(アッラーの)近習にとっては悪行とみなされるものもあることの一例であり、アッラーの使徒は彼に許されたこと以外をなされることは決してない。彼への訓戒はただ、彼のウンマの中で政権を握る者に、不信仰者に対しては彼らを圧倒し勝利するまでは身代金を取って(捕虜を解放して)はならない、という優れた政策を教えるためだけであった( al=S āwī, Hāshiyah al=Sāwī, vol. 2, p.134)。

それゆえ、おまえたちが奪い取ったものから合法で良いものを食べよ。そして、アッラーを畏れ身を守れ。まことにアッラーはよく赦す慈悲深い御方。(8:69)

前節(68節)が下されると、アッラーの御使いと信仰者たちは身代金を取ることから手を引いた。すると、この節『それゆえ、おまえたちが奪い取ったものから・・・食べよ』が下された。つまり、身代金から、ということである。それは、合法で許された戦利品のうちに含まれるのである。こうしてアッラーはこの節によって戦利品をこの民(ムスリム)に合法なものとなし給うた。

預言者よ、おまえたちの手中にある捕虜の者に言え。もし、アッラーがおまえたちの心の中に良いものを知り給えば、おまえたちから奪われたものよりも良いものをおまえたちに与え給い、おまえたちを赦し給う。アッラーはよく赦す慈悲深い御方。(8:70)

『捕虜の者に』 『捕虜( al-‘asārā)』は、「al-‘asrā」と読む読誦法もある(監訳者注:ハスフ&アースィム版では後者の読誦法を採る。意味は同じ)。

『良いものを』 信仰と誠意を。

アッラーの使徒の伯父アル=アッバースについて啓示された。彼はマッカからバドルに遠征した軍隊の兵站を賄った10人の1人であり、彼は20ウーキヤの金を持参していたが、彼が捕虜となった時にそれは取り上げられた。そこで彼はアッラーの使徒にそれ(取り上げた20ウーキヤ)を彼の身代金として勘定してくれるよう頼んだが、使徒はそれを拒み彼(アル=アッバース)に言われた、「あなたには我々に対しておまえが頼るもの(金)がいくらかある。我々はそれをあなたに残してはおかない」。そこでアル=アッバースが「あなたは私が生き残った後クライシュ族の者たちに物乞いをさせようというのか」と言うと、アッラーの使徒は言われた、「あなたがマッカから出征する時にウンム・アル=ファドルに『私はこの遠征でどうなるか分からない。もし私に何かあった場合、この金はおまえとアブドッラーとウバイドッラーとアル=ファドルのものだ』と言い残して渡した金はどこにあるのか」。するとアル=アッバースは言った、「わが甥よ、どうしておまえはそれを知ったのか。私は夜の闇の中でそれを彼女に手渡し、アッラー以外に誰一人それを知る者はなかったのに」。アッラーの使徒は言われた、「わが主が、それを私に告げたのである」。そこで彼は「私はアッラー以外に神は無いことを証言し、またおまえがその僕、その使徒であり、真実をもたらす者であることを証言する」と言い、二人の甥アキール・ブン・アビー・ターリブとナウファル・ブン・アル=ハーリスにも命じ、彼ら二人もイスラームに入信した。そこでこの節『預言者よ・・・』が啓示された。
アル=アッバースは「アッラーは私から取り上げ給うたものより良いものを代わりに授け給うた。それは 20人の奴隷であり、彼らは皆商売に優れ、最低の者でも20ウーキヤで2万を稼ぐ。また私にザムザムの泉(の給水権)を授け給うたが、私はそれでマッカの全ての富を得ようと望んでいるのではなく、ただわが主からの御赦しを希っているのである」といつも語っていた(al=Sāwī,Hāshiyah al=Sāwī, vol.2, p.134)。

『おまえたちから奪われたもの』 身代金として。

『・・・よりも良いものをおまえたちに与え給い』 現世ではおまえたちのそれを倍加し、来世ではおまえたちに報いを与え給う。

『おまえたちを赦し給う』 おまえたちの罪を。

だが、もし彼らがおまえの裏切りを望むなら、彼らは以前よりアッラーを裏切っていたのであり、それゆえ、彼は彼らを引き渡し給うた。アッラーは全知にして英明なる御方。(8:71)

『もし彼らが』 つまり、捕虜たちが。

『おまえの裏切りを望むなら』 (「われらはイスラームに納得した」という)言葉でおまえに示したものによって。

つまり、おまえに対する約束、つまり、おまえとは戦わず、おまえと敵対して多神教徒たちを応援しない、という約束を破ることによって。

『以前より』 バドルの戦い以前に。不信仰によって。

『それゆえ、彼は彼らを引き渡し給うた』 バドルの戦いで。殺害と捕虜によって。もし、彼らが戻るならば、同じ目に会うであろう。

(アッラーは)おまえ(ムハンマド)に彼らを引き渡し給うた。

『アッラーは全知にして』 彼の被造物について。

『英明なる御方』 彼の御業において。

まことに、信仰し、移住し、自分たちの財産と自分自身を捧げてアッラーの道において奮闘した者たち、また、避難所を提供し、援助した者たち、それらの者は互いに後見人である。一方、信仰しても移住しない者、移住するまで彼らの保護はおまえたちの義務ではまったくない。もし、彼らが宗教においておまえたちに助けを求めたなら、おまえたちと彼らの間に盟約のある民に敵対する場合を除き、援助がおまえたちに課せられる。アッラーはおまえたちのなすことを見ておられる。(8:72)

『まことに、信仰し、移住し、自分たちの財産と自分自身を捧げてアッラーの道において奮闘した者たち』 これは、ムハージルーン(マッカからマディーナに移住した者たち)のことである。

『避難所を提供し』 預言者に。

『援助した者たち』 アンサール(マディーナで移住してきたムスリムを迎え入れた者たち)である。

『それらの者は互いに後見人である』 援助と相続において。

ムハージルーンとアンサールの間には移住と、アッラーの御使いが両者の間に結ばせられた兄弟の契りによって、当初、相続があった。それで、ムハージルーンは義兄弟となったアンサールから遺産を相続し、また、その逆も行われた。

『彼らの保護は』 『保護』は、「wāw」の母音を「i」で読む読誦法(「wilāyati-him」)と、「a」で読む読誦法(「walāyati-him」)がある(監訳者注:ハスフ&アースィム版では、後者の読誦法を採るが、意味にかわりはない)。

『おまえたちの義務ではまったくない』 それゆえ、おまえたちと彼らの間には相続はないし、彼らには戦利品の分け前もない。

ムハージルーンとアンサールよ、おまえたちと彼ら、つまり、移住しない者たちの間には。おまえたちと彼らの間に血縁関係があったとしても(遺産相続はない)。一方、援助に関しては、『もし、彼らが宗教においておまえたちに助けを求めたなら・・・』に言及があるとおりである。

『盟約の』 (講和)契約の。

『・・・民に敵対する場合を除き』 その時には、彼らを助けて、盟約を破ってはならない。

『援助がおまえたちに課せられる』 彼らへの、不信仰者に敵対する。

信仰を拒んだ者たち、彼らは互いに後見人である。おまえたちがそれをしなければ、地上には試練と大きな退廃があろう。(8:73)

『彼らは互いに後見人である』 援助と相続において。それゆえ、おまえたちと彼らの間では相続はない。

『おまえたちがそれをしなければ』 つまり、ムスリムに味方し、不信仰者を抑制することを。

『地上には試練と大きな退廃があろう』 不信仰の力とイスラームの弱さによって。

信仰し、移住し、アッラーの道において奮闘する者、そして、避難所を提供し、援助する者、それらの者たち、彼らは真の信仰者である。彼らには赦しと栄誉ある糧がある。(8:74)

『彼らには赦しと栄誉ある糧がある』 楽園において。

後から信仰し、移住し、おまえたちと共に奮闘する者たち、それらの者はおまえたちの仲間である。また、血縁のある者はアッラーの書においては互いに一層近い。まことにアッラーはすべてのことに全知なる御方。(8:75)

『後から』 信仰と移住において先行した者の後に。

ヒジュラ暦6年のアル=フダイビーヤの盟約の後に。これを第2のヒジュラという。

『おまえたちの仲間である』 ムハージルーンとアンサールよ。

『血縁のある者は』 近親関係のある者は。

『アッラーの書においては』 護持された板(アル=ラウフ・アル=マフフーズ)においては。

アル=ハーズィンによれば、『アッラーの書において』とは、アッラーの規定において、という意味である。あるいは、それは、護持された板である、とも、クルアーンである、とも言われる。

『互いに一層近い』 前節で言及された信仰と移住による相続者よりも、相続において。

『まことにアッラーはすべてのことに全知なる御方』 その中には相続の規定が含まれる。


転載:「ジャラーラインのクルアーン注釈」
中田香織 訳
中田 考 監訳
日本サウディアラビア協会出版

(2008年3月7日更新)



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