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【第8章 戦利品】
(8:9〜8:25)
 

おまえたちがおまえたちの主に助けを求めた時のこと。彼はおまえたちに答え給うた、「われは、後に続く千の天使たちでおまえたちを増強する者である」。(8:9)

『おまえたちがおまえたちの主に助けを求めた・・・』 彼ら(多神教徒)に対する勝利による神佑を彼に求めた。

『おまえたちがおまえたちの主に助けを求めた・・・』には2説ある。1説によれば、これはアッラーの御使いと彼と共にいたムスリムたちであるが、もう1説によれば、これはアッラーの御使いお独りのことで、彼に対する敬意から複数形(『おまえたち』)という言葉で言及し給うたのである。ムスリムがイブン・アバースから伝えるところによると、ウマル・ブン・アル=ハッターブは言った。バドルの日、アッラーの御使いは多神教徒たちを目にされた時—彼らは1000人、教友は300数十人であった— キブラの方を向き、両手を差し伸べ、彼の主を呼んで言われた、「アッラーよ、あなたが約束し給うたものを私に成就し給え。アッラーよ、あなたが私に約束し給うたものをもたらし給え。アッラーよ、このイスラームの民の一団が滅びれば、もはや地上であなたが崇拝されることはなくなります」。彼は両手を伸ばして彼の主に呼びかけ続け、彼の両肩から外套が落ちるほどであった。アブー・バクルが彼に近づき、外套を拾って彼の両肩に掛け、そして彼の背を抱き、言った、「アッラーの預言者よ。あなたの主への懇願は十分です。彼はあなたに約束し給うたものをあなたに果たし給うでしょう」。すると、威力比類なきアッラーは啓示を下し給うた、『おまえたちがおまえたちの主に助けを求めた時のこと・・・』こうして、アッラーは天使たちで彼を増強し給い、彼らはその日、70人を殺し、70人を捕虜とした。

『・・・時のこと』 思い起こせ。

『われは・・・である』 「われは・・・である」と(答え給うた)。

『後に続く』 連なりあった。

『千の天使たちで』 彼は初め、それ(1000の天使)を約束し給うたが、その数はその後、3000人となり、それから5000人となった。それは第3章[イムラーン家]にあるとおりである。『千(‘alf)』は、「fals(小額貨幣)」の複数形が「‘aflus」の形を取るのと同じく複数形で「数千(‘āluf)」と読む読誦法も存在する。

『おまえたちを増強する者』 おまえたちを助ける者。

ジブリールが500の天使を引き連れて下り、軍の右側で戦った。そちらにはアブー・バクルがいた。また、ミーカーイールも500の天使を引き連れて下り、軍の左側で戦った。そこにはアリーがいた。(・・・)

アッラーはこれをただ吉報となし給うたのであり、それは、それによっておまえたちの心が安んじるためである。勝利はアッラーの御許からのみ。まことにアッラーは威力比類なく、英明なる御方。(8:10)

『これを』 この増強を。

『勝利はアッラーの御許からのみ』信仰者たちよ、アッラーはおまえたちを応援し給う。それゆえ、彼の応援に信頼を寄せよ。自分たちの能力、兵力、軍事力に頼るな。このことは、ムスリムはいかなる状況にあってもアッラーにのみ頼るべきで、彼以外の者に頼るべきでないことを想起させる。なぜなら、アッラーの御手にこそ勝利と援助はあるからである。

彼がおまえたちを彼からの安全としてまどろみで包み給うた時のこと。彼はおまえたちに空から雨を降らせ、それでおまえたちを清め、おまえたちからシャイターンの汚れを払い、おまえたちの心を引き締め、それによって足を確固たるものとなし給うた。(8:11)

『彼からの』 至高なる御方からの。

『安全として』 おまえたちを襲った恐怖から守るものとして。

『まどろみで包み給うた時のこと』 思い起こせ。

アブドッラー・イブン・マスウードは「戦闘時のまどろみはアッラーからの安全であるが、礼拝の時のまどろみは悪魔に由来する」と言った。
まどろみが安全であるということの益は、自分の命に不安を持った者を眠りが捕らえることはないということである。それゆえ、激しい恐怖の時の眠りの到来は安全、および恐怖の消滅の証しである。彼らは敵の多さとムスリムの少なさに命の危険を覚え、激しい喉の渇きを覚えたが、その時、アッラーは彼らに眠りを投じ給い、彼らに休息が訪れ、喉の渇きが去り、敵との戦闘が可能となった、と言われる。

『それでおまえたちを清め 』小汚と大汚から。

『おまえたちからシャイターンの汚れを払い』 「もしおまえたちが真理の上にあったなら、多神教徒たちがおまえたちに対して水場を制し、おまえたちが喉の渇きと汚れをかかえる(汚れたままの状態で礼拝せざるをえない破目になる)はずがないであろう」という彼(シャイターン)のささやきを。

「汚れ(rijz)」の原義は「激しい懲罰」。

『おまえたちの心を引き締め』 確信と忍耐によって制御し。

『それによって足を確固たるものとなし給うた』 足が砂地に沈むことから。

彼らは歩行が困難なやわらかい砂地にいた。この状況で敵が彼らを襲うことの恐怖が彼らを強く包んだ。するとアッラーは彼らにまどろみ、つまり軽い眠りを投じ給うた。彼らの大半は夢精をし、目を覚まし、喉の渇きと(礼拝の前の)汚れの(浄めの)ための水が必要なことに気づいた。だが、バドルの地の水にはクライシュ軍が先着していた。そこで、解説者が言及したような言葉でシャイターンが彼らにささやいた。アッラーは彼らに大量の雨を降らし、シャイターンの策謀を退け給うた。彼らは水を飲み、身を清め、皮袋を満たした。また、雨は砂を固め、歩行を容易にした。このような強い恐怖の中で彼らが眠ったことは預言者の最大の奇跡のひとつであった。

おまえの主が天使たちに啓示し給うた時のこと。「まことにわれはおまえたちと共にいる。それゆえ、信仰する者たちを強固にせよ。われは信仰を拒んだ者たちの心に恐怖を投じよう。それゆえ、おまえたちはうなじの上を打ち、彼らの指先をことごとく打ち切れ」。(8:12)

『天使たちに』 ムスリム軍を彼らによって増強させ給うた(天使たちに)。

『啓示し給うた時のこと』思い起こせ、が省略されている。

『まことにわれは・・・いる』 「・・・いる」と(啓示し給うた・・・)。

『おまえたちと共にいる』 助けと応援によって。

『それゆえ、信仰する者たちを強固にせよ』 助けと吉報によって。

『恐怖を』 恐れを。

『うなじの上を打ち』 つまり、頭を。

天使たちは人間の殺し方を知らなかった。そこで、アッラーは彼らに、この言葉でそれを教え給うたのである。

『彼らの指先を』 両手と両足の先を。
そこで、男が不信仰者の首を刎ねようとすると、剣が彼に達する前にそれ(首)は落ちた。また、預言者が彼らに一掴みの小石を投げると、そのうちのなんらかが目に入らなかった多神教徒はなく、彼らは敗走した。

アブー・ダーウード・アル=マーズィニー—彼はバドルの戦いに立ち会った—は言った、「私は多神教徒の男を討とうと追跡していた。すると、私の剣が彼に達する前に彼の頭が落ちた。そこで、私は、私以外の者が彼を殺したのだと悟った」。

それは、彼らがアッラーと彼の使徒に異議を唱えたからである。アッラーと彼の使徒に異議を唱える者、まことにアッラーは応報に厳しい御方。(8:13)

『それは』 彼らに起こった懲罰は。

「懲罰」とは、心に恐怖を投げ込まれること、殺害、捕虜などである。

『異議を唱えたからである』 背いたからである。

『まことにアッラーは応報に厳しい御方』 彼(アッラーと彼の使徒に異議を唱える者)に対し。

この日に彼らを襲った殺害や捕虜などの懲罰は、復活の日にアッラーが彼らに用意し給うた懲罰に比べれば取るに足らない。

こうしたもの。それゆえ、それを味わえ。不信仰者には獄火の懲罰があるのである。(8:14)

『こうしたもの』 それが懲罰である。

これ(「こうしたもの」)は主部で、述部(「懲罰である」)が省略されている。

『それゆえ、それを味わえ』 不信仰者よ。現世において。

『不信仰者には獄火の懲罰があるのである』 来世では。

信仰する者たちよ、這い寄る不信仰者に対峙した時には、彼らに背を向けてはならない。(8:15)

『這い寄る』 大軍ゆえに這うかのようにして結集した。

『彼らに背を向けてはならない』 敗走して。

その日、背を向ける者は、戦闘のための方向変換か、一隊に合流するためを除き、アッラーからの御怒りを蒙り、その住処は火獄である。なんと悪い行き先か。(8:16)

『その日』 彼ら(多神教徒軍)との対戦の日。

『戦闘のための』 攻撃を意図しながら、策略として逃走を見せかけることによる。

『方向変換か』 方向転換か。

『一隊に』 ムスリム軍の一団に。それに応援を求めるために。

『合流するため』 1つにまとまるために。

『アッラーからの御怒りを蒙り』 持ち帰り。

『なんと悪い行き先か』 帰り処か、それは。ただしこれは不信仰者軍の人数がムスリム軍の 2倍を超えない場合に限る。

おまえたちが彼らを殺したのではなく、アッラーが彼らを殺し給うた。また、おまえが投げた時、おまえが投げたのではなく、アッラーが投げ給うた。それは、信仰者をそれによって良い試練として試み給うためであった。まことに、アッラーは全聴にして全知なる御方。(8:17)

『おまえたちが彼らを殺したのではなく』 バドルにおいて。おまえたちの力によって。

『アッラーが彼らを殺し給うた』 彼(アッラー)のおまえたちへの加勢によって。

バドルから喜々として帰還したムスリムたちは、自慢して、ある者は、「私は誰某を殺した、誰某を捕虜とした」と言った。この節はそれに対して啓示され、アッラーは、『おまえたちが彼らを殺したのではなく・・・』、つまりおまえたちがそれらの者の魂を取り上げたのではなく、『アッラーが彼らを殺し給うた』、つまり、魂を取り上げ給うた、という言葉によって彼らに礼節を教え給うた。あるいはまた、これは、おまえたちはおまえたちの力で彼らを殺したのではない、という意味である。つまり、彼らの殺害においてはおまえたちの力が影響力を持ったのではなく、その影響力はアッラーに帰されるものである。

『おまえが投げた時』 ムハンマドよ。(敵の)民の目に。

『おまえが投げたのではなく』 小石を。なぜなら、一握りの小石は、人間が投げたとしても、大勢の兵士たちの目には足りないからである。

『アッラーが投げ給うた』 それを彼らまで届かせて。彼がそのようになし給うたのは不信仰者たちを征服するためであった。

『良い試練として』 贈与によって。それは戦利品のことである。

『試み給うためであった』「試練」という語は、良いことにおいても悪いことにおいても用いられる。『そしてわれらは、彼らを良いことと悪いことで試みた』(第7章[高壁]168節)。ここでの意味は良いことで、つまり、信仰者たちに戦利品を恵み給うた、ということである。
試練は恵みの上にも苦難の上にも起こる。なぜならその元の意味は「試み」だからである。それが苦難によるものであれば、それは忍耐を引き出すためであり、恵みによるものであれば、それは感謝を引き出すためである。アッラーからの試みとは、彼が既にご存知のことを明るみに出すことであり、知らなかったことの知を得るためのものではない。

『アッラーは全聴にして』 彼らの言うことに対し。

『全知なる御方』 彼らの状態について。

こうしたもの。アッラーは不信仰者の策謀を無力なものとなし給う御方。(8:18)

『こうしたもの』 こうした試練が。真実である。

主部で、述部(「真実である」)が省略されている。
アル=サミーンによれば、『こうしたもの』とは、殺害と投石と試練を指す。

『アッラーは不信仰者の策謀を無力なものとなし給う御方』 弱いものとなし給う御方。

もしおまえたちが裁定を求めるとしても、すでにおまえたちにその裁定は訪れたのである。おまえたちが止めれば、それはおまえたちにとって一層良い。もしおまえたちが戻るなら、われらも戻る。おまえたちの軍勢がおまえたちの役に立つことはない。たとえそれが多かろうとも。まことにアッラーは信仰者と共におわし給う。(8:19)

『おまえたちが裁定を求めるとしても』 不信仰者たちよ。おまえたちは勝利、つまり、決着を求めたが。これは、おまえたちのうちアブー・ジャフルが、「アッラーよ、血縁を断ち、われらの知らないものをわれらにもたらした者とはわれらのうちのどちらか」と言ったときのことである。そこで、彼(アッラー)は彼を翌朝破滅させ給うた。つまり、彼を滅ぼし給うた。

「決着」とは、真実の者を助け、虚偽の者を見捨てることによって、おまえたちとムハンマドの間の判定を下すことである。
「われらのうちのどちらか」とは、自分自身(アブー・ジャフル)と彼と共にいる者たちと、ムハンマドと彼と共にいる者たちのどちらか、ということである。彼(アブー・ジャフル)は、自分の故郷を離れ、親摺を捨てたムハンマドは血縁を断ったと考えたのである。

『すでにおまえたちにその裁定は訪れたのである』 決着は。そのようであった者(つまり、血縁を断った者)の滅亡によって。つまり、それはアブー・ジャフルと彼と共に殺された者であり、預言者と信仰者たちではなかった。

『おまえたちが止めれば』 不信仰と戦争を。

『もしおまえたちが戻るなら』 預言者との戦闘に。

『われらも戻る』 おまえたちに対して彼を応援することに。

『おまえたちの軍勢は』 おまえたちの集団は。

『おまえたちの役に立つことはない』 防衛してはくれない。

『まことにアッラーは信仰者と共におわし給う』 『まことに(‘ inna)』とする読誦法では、新しい文章の始まりであり、「‘anna」とする読誦法では、理由の前置詞「lām」(li)(「・・・だからである」)が省略されている(監訳者注:ハフス&アースィム版では、後者の読誦法を採る)。

信仰する者たちよ、アッラーと彼の使徒に従え。聞きながら、彼に背いてはならない。(8:20)

『聞きながら』 クルアーンと訓戒を。

『彼に』 彼の命令に背くことによって。

『背いてはならない』 反対してはならない。

また、聞いていないのに、「われらは聞いた」と言う者たちのようであってはならない。(8:21)

『聞いていないのに』 「聞く」とは、聞いて考え、教訓を得ることである。

『「われらは聞いた」と言う者たち』 偽信者、あるいは多神教徒のことである。

まことに、アッラーの御許において最悪の動物は理解しない聾唖者である。(8:22)

『動物は』「動物(アル=ダワーッブ:アル=ダーッバの複数形)」が人間を指すのに用いられているが、これは実際の意味であり、辞書にも、それは動物一箱を指し、人間も含む、とある。

『聾』 真理を聞くことができない。

『唖者である』 それ(真理)を語ることができない。

イブン・アッバースによると、これはアブド・アル=ダール・ブン・クサィイ一族の一部の者たちで、彼らは、「われらはムハンマドがもたらしたものに対し聾であり、唖である」と言っていた。彼らはバドルの戦いの日に全員殺された。彼らは軍旗を預かった者たちであった。彼らのうちイスラームを受容したのはムスアブ・ブン・ウマイルとスワイビト・ブン・ハルマラの2人だけであった。

もしアッラーが彼らに良いところを知り給うたなら、必ずや彼らに聞かせ給うたであろう。だが、たとえ彼らに聞かせ給うたとしても、彼らは反抗的で、背き去ったであろう。(8:23)

『良いところを知り給うたなら』 真理を聞かせることに善があると。

『必ずや彼らに聞かせ給うたであろう』 「聞く」、とは、「理解する」、ということである。

『だが、たとえ彼らに聞かせ給うたとしても』 かりに。だが、彼はそのようなことをしても彼らには益がないとご存知であった。

『彼らは反抗的で』 それ(真理)を受け入れることから。頑迷に、否定して。

『背き去ったであろう』 そこから。

信仰する者たちよ、アッラーと彼の使徒に応えよ。彼がおまえたちを生かすものへと呼びかけた時には。そして、アッラーは人とその心の間を仕切り給うと知れ。また、彼の御許にこそ、おまえたちは集められるのだと。(8:24)

『アッラーと彼の使徒に応えよ』 服従によって。

『彼が』使徒が。『彼が・・・呼びかけた』と人称が単数であるのは、使徒に応えることは至高なるアッラーに応えることだからであり、その一方が他方と共に(前文で)言及されているのは強調のためである。

『おまえたちを生かすものへと』 宗教事項で。なぜなら、それは永遠の生の手段だからである。

『アッラーは人とその心の間を仕切り給う』 それゆえ、彼の御意志がなければ、人は信仰することも、信仰を否定することもできないのである。

『彼の御許にこそ、おまえたちは集められるのだと』 そして、おまえたちの行いに応じておまえたちに報い給うと(知れ)。

また、試練を畏れ身を守れ。それは、おまえたちのうち不正をなす者だけを襲うのではない。アッラーは懲罰に厳しい御方であると知れ。(8:25)

『試練を畏れ身を守れ』 もしそれがおまえたちに降りかかった時には。

「試練」の意味は、旱魃、インフレ、不正な為政者による支配などのこの世における試練。

『それは、おまえたちのうち不正をなす者だけを襲うのではない』 そうではなく、彼ら(不正をなす者)も、そうでない者も一同に襲うものである。それゆえ、懲罰を必然とする悪を拒絶することによって、それから身を守れ。

おまえたちの間で悪が定着すること、善を勧めることにおける偽善、国論の分裂、ビドア(新奇なこと)の出現、ジハードの怠慢などの罪を恐れよ。その結末はおまえたちを一同に襲うものである。
イブン・アッバースは言った、「アッラーは信仰者に彼らの間で悪を定着させてはならないと命じ給うた。アッラーは彼らを一同に懲罰で襲い、それは、不正な者も不正でない者にも及ぶのである」。
ジャリール・ブン・アブドッラーは言った。私はアッラーの御使いが言われるのを聞いた、「ある民に一人の者がいて、彼が彼らの間で反逆行為をなし、彼らには彼を改めさせることができるのに改めさせなかった時には、アッラーは彼らが死ぬ前に懲罰を下し給う」。
このことが『重荷を負う者は他の者の荷を負うことはない』(クルアーンの中で5カ所ある)という御言葉との間で混乱するなら、その返答はこうである。人間が悪を現した時には、それを見た者すべてにとってそれを変えることができればそうすることが義務である。それに対して沈黙した時には、彼らは両者ともに反逆者である。一方は、その行為によって、また、他方は、その是認によって。アッラーは彼の英知によって是認者を行為者と同定し、懲罰において纏められる。・・・
悪を認めることの印は、反逆の行為によって宗教のうちに生じた混乱に対して痛憤を覚えないことである。・・・

『アッラーは懲罰に厳しい御方である』 彼に背く者に対して。


転載:「ジャラーラインのクルアーン注釈」
中田香織 訳
中田 考 監訳
日本サウディアラビア協会出版

(2008年2月8日更新)



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