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【第7章 高壁】
(7:96〜7:119)
 

町の住民が信仰し、畏れ身を守れば、われらは彼らに天と地からの祝福を開いたであろうが、彼らは嘘と否定した。そこでわれらは彼らが稼いだものゆえに彼らを捕えた。(7:96)

『町の住民が』 嘘だと否定する者たちが。

『信仰し』 アッラーと彼らの使徒を。

『畏れ身を守れば』 不信仰と不服従を。

『われらは・・・開いたであろう』 『われらは・・・開いた』は、原形で第2語根を促音なしで「fatahnā」と読む読誦法と、派生形第2形で第2語根を促音で「fattahnā」と読む読誦法がある(後者は強意)。

『彼らに天と地からの祝福を』 雨と、草木によって。

『彼らは嘘と否定した』 使徒を。

『そこでわれらは・・・彼らを捕えた』 彼らを罰した。

町の住民は、夜間、眠っている間にわれらの威力が訪れることから安全だというのか。(7:97)

『町の住民は』 嘘だと否定する者たちは。

『夜間』 夜。

『眠っている間に』 そのことに気づかない間に。

『われらの威力』 われらの懲罰。

あるいは、町の住民は、午前中、戯れている間にわれらの災難が訪れることから安全だというのか。(7:98)

『午前中』 日中。

それでは彼らはアッラーの策略に対して安全だというのか。アッラーの策略に安心しているのは損失の民だけである。(7:99)

『アッラーの策略に対して』 彼らに恵みを与え、それから不意に彼らを襲うというアッラーの計略に対して。

その住民の後に地を継いだ者たちにとって導きとならなかったのか。もしわれらが望めば彼らの罪ゆえに彼らを襲い、また、彼らの心を封じ、聞くことができなくなるということは。(7:100)

『その住民の後に』 滅亡の後に。

『地を継いだ者たちにとって』 住むことによって。

『導きとならなかったのか』 説明とはならなかったのか。

第97節から4つ続く)疑問詞「ハムザ()」は非難の疑問文である。「ハムザ」には「ファーゥ(f)」が2つ続き、それに「ワーゥ(w)」が接続詞として入り込んでいる。(疑問詞「ハムザ」の)前の「ワーゥ」(第98節)(awa「あるいは・・・か」)は接続詞「aw(あるいは・・・・)」として無母音で読む読誦法もある。

『彼らの罪ゆえに』 彼ら以前の者たちをわれらが襲ったように。

『彼らを襲い』 懲罰によって。

『・・・ということは』an(・・・こと)」は促音なし。その主語は省略されており、つまり「anna-hu(それが・・・ということは)」であり、動詞主語(fāil)である。

動詞主語とは動名詞(節)であり、条件節『もしわれらが望めば』の帰結節である。

『また』 われらは。

『封じ』 封印し。

『聞くことができなくなるということは』 訓戒を。聞くとは反省することである。

これらの町は、われらがおまえにその消息を語った。彼らには彼らの使徒が明証と共に訪れた。だが、以前より嘘だと否定していたがゆえに彼らは信じなかったのである。このようにアッラーは不信仰者の心を封じ給う。(7:101)

『これらの町は』 言及があった町は。

『われらがおまえに・・・』 ムハンマドよ。

『消息を語った』 その住民の便りを。

『明証と共に』 明らかな奇跡と共に。

『以前より』 彼らの許に来る前から。

『嘘だと否定していたがゆえに』 否定していたがゆえに。

『彼らは信じなかったのである』 それが彼らの許に来た時に。いや、(信じるどころか)彼らは不信仰を続けた。

『このように』 この封印のように。

われらは、彼らの大半に約束を見出さず、また、彼らの大半が違背者であることがわかった。(7:102)

『彼らの大半に』 人々の。

『約束を見出さず』 契約を取りつけた日の彼らの約束の履行を。

『また・・・であることがわかった』 『また・・・であること(wa an)』の接続詞「an」は促音なし。

それから、われらは、彼らの後にムーサーを、われらの印と共にフィルアウンとその長老たちに遣わしたが、彼らはそれに対して不正をなした。それゆえ、害悪をなす者の結末がどのようなものかを見よ。(7:103)

『彼らの後に』 先に言及した使徒たちの後に。

『われらの印』 9つの。

『その長老たちに』 彼の民に。

『彼らは・・・不正をなした』 否定した。

『害悪をなす者の結末が』 不信仰ゆえの彼らの破滅が。

ムーサーは言った、「フィルアウンよ、私は諸世界の主からの使徒である」。(7:104)

『私は諸世界の主からの使徒』 おまえのための。

「私がアッラーについて真実しか言わないことにおいては当然である。私はおまえたちの主からの明証をおまえたちにもたらした。それゆえ、私と共にイスラーイールの子孫を行かせよ」。(7:105)

『・・・ことにおいては』 『・・・ことにおいては(alā an)』は、「・・・ことについては(bi-an)」のことである。

『当然である』 ふさわしい。別の読誦法では、「alai-ya(私に対する)」と「ヤーゥ(y)」を促音で読む。その場合、「義務 haqīqun=当然である)」が主部で、述部は「an(・・・こと)」以下である(「私に対する義務は、アッラーについて真実しか言わないことである」)。

『それゆえ、私と共に・・・行かせよ』 シリア地方へ。

『イスラーイールの子孫を』 フィルアウンは彼らを奴隷化していた。

彼らの祖先は聖地に住んでいたが、ヤゥクーブの子の支族はその兄弟であったユースフを頼ってエジプトに来た。それで彼らはエジプトに住みつき、増えたのである。ところがフィルアウンが彼らを奴隷化し、重労働に使役したため、ムーサーは彼らをその捕虜の状態から救い出し、彼らと共に祖先の故郷である聖地シリアに行こうと欲したのである。

彼は言った、「もしおまえが印をもたらしたのなら、それを見せよ。もしおまえが真実の者ならば」。(7:106)

『彼は言った』 フィルアウンはムーサーに。

『もしおまえが印をもたらしたのなら』 おまえの主張の証拠と共に。

『もしおまえが真実の者ならば』 そのことにおいて。

そこで彼は彼の杖を投げた。すると、それは明らかな蛇であった。(7:107)

『明らかな蛇であった』 大蛇であった。

また、彼が手を出すと、それは見る者に白かった。(7:108)

『彼が手を出すと』 彼の袖から手を出すと。

『それは見る者に白かった』 光を帯びて。それはムーサーの肌の褐色とは違っていた。

フィルアウンの民の長老たちは言った、「まことにこの者は物知りの魔術師である」。(7:109)

『物知りの』 魔術の知識において際立った。この言葉は第26章[詩人たち]34節では、フィルアウン自身が言った言葉となっている。話し合いの場で、長老たちもフィルアウンと共にこの言葉を言ったかのような形を取っているのである。

「彼はおまえたちをおまえたちの地から追い出そうとしているのである。おまえたちはなにを命じるのか」。(7:110)

『おまえたちはなにを命じるのか』 長老たちの言葉で「あなた様は何をお命じになるのか」とも言われる。二人称複数形の使用は王侯に対する尊敬語。

彼らは言った、「彼と彼の兄弟をしばらく猶予し、諸都市に招集者を遣わせ」。(7:111)

『彼と彼の兄弟をしばらく猶予し』 二人のことは保留し。

『招集者を』 集める者を。

「あらゆる物知りの魔術師をあなたの許に連れて来させよ」。(7:112)

『あらゆる物知りの』 魔術の知識に抜きん出た。

『魔術師を』 『魔術師(sāhirin)』は、「sahhārin(大魔術師)」とする読誦法もある。

魔術師たちはフィルアウンの許に来て言った、「われらが勝利者となれば必ずやわれらには報奨があろうか」。(7:113)

ハフス&アースィム版:魔術師たちはフィルアウンの許に来て言った、「 われらが勝利者となれば必ずやわれらには報奨があろう」。(7:113)

『必ずやわれらには報奨があろうか』 『必ずや・・・あろうか(a inna)』は、2つの「ハムザ()」をはっきり発音する読誦法と、2つ目をそっと発音する読誦法、さらに両者において2つの「ハムザ()」の間に「a」の長母音符合アリフを入れる読誦法(’ā inna-kum)がある(監訳者注:ハフス&アースィム版では、ハムザは1つである(『必ずや(inna)・・・あろう』)。

彼は言った、「いかにも。そしておまえたちは私の側近となろう」。(7:114)

彼らは言った、「ムーサーよ、おまえが投げるか、それともわれらが投げる者となるか」。(7:115)

『おまえが投げるか』 おまえの杖を。

『それともわれらが投げる者となるか』 われらが持っているものを。

彼は言った、「投げよ」。そこで彼らは投げ、人々の目に魔法をかけ、彼らを怖がらせ、大いなる魔術を演じた。(7:116)

『投げよ』 真理を明らかにするために、彼らに先に投げることを許可する命令である。

『そこで彼らは投げ』 彼らの紐と杖を。

『人々の目に魔法をかけ』 目を正しい知覚から逸らし。

魔術とはそうしたもので、見る者の目の錯覚にほかならず、魔法をかけられたものは実際には元のままで変わってはいない。一方、奇跡は杖が蛇になったように本当に物自体が変化しているのであり、そこが魔術と奇跡の違いである。

『彼らを怖がらせ』 蛇が動いているように見せかけて怖がらせ。

われらはムーサーに、「おまえの杖を投げよ」と啓示した。すると、それは彼らが偽るものを飲み込むのであった。(7:117)

『・・・飲み込むのであった』 (『飲み込む(talaqqafu)』は)元は(「tatalaqqafu」の)2つの「ターゥ(t)」(動詞未完了形三人称女性形接頭辞の「ターゥ」と、動詞派生形第5形の接頭辞の「ターゥ」)のうちの一つ省略されたもの(監訳者注:ハフス&アースィム版では、動詞原形で「talqafu」と読む読誦法を採る。意味は同じ)。

一般に、元は「ターゥ( t)」2つの「tatalaqqafu」で、動詞派生形5形「talaqqafa(完了形)」の未完了形として第2語根を促音で「talaqqafu」と読む。

『彼らが偽るものを』 彼らがそのまやかしで変えたものを。

真理は現れ、彼らがなしていたことは虚と化した。(7:118)

『現れ』 確定し、明らかとなり。

『彼らがなしていたことは』 魔術は。

ここに及んで彼らは打ち負かされ、屈従する者となった。(7:119)

『彼らは』 フィルアウンと彼の民は。

『屈従する者となった』 卑しめられた者となった。


転載:「ジャラーラインのクルアーン注釈」
中田香織 訳
中田 考 監訳
日本サウディアラビア協会出版



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2006年 アラブ イスラーム学院