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【第7章 高壁】
(7:1〜7:22)
 

マッカ啓示。ただし、『町について彼らに問え・・・』(第163節)から『われらは身を正すものの報奨を損ないはしない』(第170節)までの8節、あるいは『まことに彼はよく赦す慈悲深い御方』(第167節)までの5節は別(で、その5節、あるいは8節はマディーナ啓示)。

アリフ・ラーム・ミーム・サード(7:1)

この意味についてはアッラーが最もよくご存知である。

おまえに下された啓典である。それゆえ、おまえの心にそのせいで気掛りがあってはならない。それは、おまえがそれで警告するためであり、信仰者への訓戒である。(7:2)

『おまえに下された啓典である』 これ(クルアーン)は。預言者に向けられた言葉である。

『そのせいで』 それを伝道することで。嘘と否定されることを恐れて。

『気掛りがあってはならない』 懸念が。

『それは、おまえがそれで警告するためであり』 『下された』にかかる。つまり、警告のため。

『信仰者への』 それによって。

『訓戒である』 告知である。

おまえたちの主からおまえたちに下されたものに従え。彼をさしおいて援護者に従ってはならない。わずかしかおまえたちは留意しない。(7:3)

『おまえたちの主からおまえたちに下されたものに』 つまり、クルアーンに。

『従え』 そう彼らに言え。

『彼をさしおいて』 アッラー以外に。

『援護者(に従ってはならない)』 至高なる御方への反逆において彼らに従ってはならない。

シャイターンと巫者、あるいは人間とジンからなるシャイターンたち。

『・・・に従ってはならない』 ・・・を奉じてはならない。

『わずかしかおまえたちは留意しない』 訓戒を受け入れない。二人称男性の接頭辞「ターゥ(t)」で『おまえたちは留意し(tadhakkarūna)』と読む読誦法と、三人称男性の接頭辞「ヤーゥ(y)」で「彼らは留意し(yadhdhakkarūna)」と読む読誦法がある。これは、元の(動詞派生形第5形の接頭辞の)「ターゥ(t)」(tatadhakkarūna、yatadhakkarūna)が第1語根の「ザール(dh)」に吸収・同化したもの。なお、「ザール(dh)」を子音で(「tadhkurūna(気づかない)」と)読む読誦法もある。

『わずかしか』 「わずかしか(qalīlan mā)」の辞詞「 mā」は虚字で、『わずか(qalīlan)』を強調するものである。

なんと多くの町をわれらは滅ぼし、そこをわれらの威力が夜半、または彼らが仮眠をとっている間に襲ったことよ。(7:4)

『なんと多くの』 『なんと多くの(kam)』は、(疑問詞ではなく)叙述詞(感嘆詞)の「kam」で、目的語である。

『町を』 その住民を、という意味である。

『われらは滅ぼし』 われらはそれを滅ぼすことを欲し。

『われらの威力が』 われらの懲罰が。

『夜半』 夜に。

『彼らが仮眠をとっている間に』 日中に眠っている間に。『qā ilūlah(仮眠)』とは、たとえ睡眠が伴わなくても、休息をとることである。

『襲ったことよ』 つまり、時には夜中に、また別の時には昼間にそれを襲った。

ルートの民のように夜襲うこともあれば、シュアイブの民のように昼間に襲うこともあった。

彼らにわれらの威力が襲った時、彼らの祈りは、「まことにわれらは不正な者であった」と言うばかりであった。(7:5)

『彼らの祈りは』 彼らが口にする言葉は。

それからわれらは必ずや使徒が遣わされた者たちに尋ね、使徒たちに尋ねる。(7:6)

『われらは必ずや使徒が遣わされた者たちに尋ね』 つまり、諸集団に、使徒への彼らの応答と、(使徒が)彼らに伝えたことに対する彼らの行いについて尋ね。

『使徒たちに尋ねる』 伝道について。

使徒たちにはまったく落ち度がないことを知っておられるのになぜ彼らに尋ね給うのか、という疑問に対する回答はこうである。使徒たちにまったく落ち度がないことを彼らが明白にした時、落ち度は完全に民のものとなり、使徒たちに対するアッラーからの栄誉は、彼らに落ち度がないことが明らかになったことによって一層倍加され、一方、その落ち度は全面的に不信仰者のものであることが確定したことによって不信仰者の恥辱は一層倍加されるからである。

それからわれらは必ずや知識をもって彼らについて語る。われらは不在ではなかったのである。(7:7)

『われらは必ずや知識をもって彼らについて語る』 彼らのなしたことに関する知識を彼らに告げるために。

『われらは不在ではなかったのである』 使徒たちの伝道と、過去の民がなにをしたかについて。

計量はその日、真実である。秤の重たかった者、それらの者は成功者である。(7:8)

『計量は』 行状の。あるいは行状の記録簿の。秤には針と2つの天秤皿があるとハディースに伝えられる。

『その日』 前述の尋問の日、つまり復活の日である。

『真実である』 公平である。秤の形容句。

『秤の重たかった者』 善行によって。

『それらの者は成功者である』 勝ちを得た者である。

一方、秤が軽かった者、それらの者はわれらの印に不正をなしたがゆえに己を損なった者たちである。(7:9)

『秤が軽かった者』 悪行によって。

『それらの者は・・・己を損なった者たちである』 獄火に自らを入れることによって。

『われらの印に不正をなしたがゆえに』 否認したがゆえに。

アッラーはしもべの行いについて知り尽くしておられるのに、どうしてそれを量り給うのか、という問いに対しては、それは公正さを明らかに知らしめるためである、と答えられる。

われらはおまえたちに地上で力を与え、おまえたちに生計の道を与えた。わずかにしかおまえたちは感謝しない。(7:10)

『おまえたちに』 アーダムの子孫よ。

『生計の道を』 『生計の道(ma‘ āysh)』の「y」は「ヤーゥ(y)」(「ハムザ()」ではない)。生活するための手段。「ma‘īshah」の複数形。

『わずかにしか』 『わずかにしか(qalīlan mā)』の「mā」は、「わずかに」を強調する虚字。

『おまえたちは感謝しない』 それに対して。

われらはおまえたちを創り、それから形作り、それから天使たちに、「アーダムに跪拝せよ」と言った。すると、彼らは跪拝したが、イブリースだけは跪拝する者たちのひとりとならなかった。(7:11)

『われらはおまえたちを創り』 おまえたちの父アーダムを。

『それから形作り』 彼に形を与え。あるいは、おまえたちを彼の腰の中に形作り。

『アーダムに跪拝せよ』 身を曲げた挨拶のサジダ(跪拝)である。

『彼らは跪拝したが』 一説によると、側近の天使たちは100年、あるいは500年の間跪拝の姿勢のままでいたといわれる。

『イブリースだけは』 ジンの父で、彼は天使たちの間にいた。

アブー・アル=スウード( Abū al=Su‘ ūd Mu hammad bn Muhammad al= Im ād, 982/1574年没)によると、彼はジンで、単独で、天使に熱烈にあこがれており、天使の特徴を装っていたが、この『それから天使たちに・・・言った』という御言葉において天使たちは彼を凌ぎ、彼だけが天使たちから外れたのである。

彼は仰せられた、「われがおまえに命じた時、おまえが跪拝しないとは、なにが妨げたのか」。彼は言った、「私は彼より優れている。あなたは私を火から創り、あなたは彼を泥土から創り給うた」。(7:12)

『彼は仰せられた』 至高なる御方は。

『われがおまえに命じた時』 『・・・時( idh)』は、時に(hīna)の意。

『おまえが跪拝しない』 『おまえが跪拝しない(lātasjuda)』の「lā」は虚字(「おまえが跪拝することをなにが妨げたのか」の意)。

仰せられた、「では、ここから落ちていけ。ここでは高慢であることはおまえに許されていない。それゆえ出て行け。まことにおまえは卑しい者のひとりである」。(7:13)

『ここから落ちていけ』 楽園から。あるいは、天から、とも言われる。

『おまえに許されていない』 あってはならない。

『それゆえ出て行け』 そこから。

『卑しい者のひとりである』 下賎な者の。

彼は言った、「彼らが甦らされる日まで私を待ち給え」。(7:14)

『彼らが甦らされる日まで』 人々が。

『私を待ち給え』 私を猶予し給え。

仰せられた、「おまえは猶予された者のひとりである」。(7:15)

『おまえは猶予された者のひとりである』 別の節(第15章[アル=ヒジュル]38節など)では、『定められた時の日まで』とある。つまり、第1の角笛の(吹かれる)時まで。

彼は言った、「あなたが私を惑わし給うたことに誓って、必ずや私はあなたの真っすぐな道で彼らを待ち伏せしよう」。(7:16)

『あなたが私を惑わし給うたことに誓って』 あなたの私に対する欺きに誓って。『・・・ことに誓って(bi- mā...)』の前置詞「バーゥ(b)」は誓いの「バーゥ」で、その帰結節が『必ずや私は・・・』である。

この前置詞「バーゥ( b)」については2つの解釈があり、一つは誓いの「バーゥ」であり、もう1つは原因の「バーゥ」である。

『真っすぐな道で』 つまり、あなたに至る道の途中で。

『彼らを待ち伏せしよう』 アーダムの子孫を。

そして必ず彼らを彼らの前から、彼らの後ろから、そして右からも左からも襲おう。彼らのほとんどが感謝する者でないことをあなたは知ることになる。(7:17)

『必ず彼らを彼らの前から、彼らの後ろから、そして右からも左からも襲おう』 つまり、あらゆる側面から。そして、彼(アッラー)に至ることを妨げよう。イブン・アッバースによると、上からは襲うことができない。なぜなら、しもべとアッラーの慈悲の間を妨げることはできないからである。

また、同様に下から襲うこともない、なぜなら、イブリースは高慢であるため、上が好きだからである。あるいは、そこ(下)から来ることは、訪れられた者を脅かすからで、彼はその者と親しむことを望み、脅かすことを望まないからである。そのため、四方からしかやって来ないのである。

『感謝する者でないことを』 信仰者でないことを。

仰せられた、「非難を受け、追い払われてここから出ていけ。彼らのうちおまえに従う者があれば、必ずわれはおまえたち一同で火獄を満たすであろう」。(7:18)

『非難を受け』 『非難を受け(madh’ūman)』は「ハムザ()」で読む(「ワーウ(w)」で madhwūmanでなく)。不名誉を被って。あるいは、憎まれて。

『追い払われて』 慈悲から遠ざけられて。

『彼らのうちおまえに従う者があれば』 人々のうち。『・・・者があれば(la-man)』の辞詞「ラーム(l)』は、起始の「ラーム」、または誓いの導入の「ラーム」。誓いの内容は『必ずわれは・・・』。

『必ずわれはおまえたち一同で火獄を満たすであろう』 おまえと、おまえの子孫と、人間たちで。ここでは、二人称(イブリース)が三人称(人々)よりも優勢となっている。この文節は、条件節『・・・おまえに従う者があれば』の帰結節である。

「アーダムよ、おまえとおまえの妻は楽園に住め。そして、どこでも望むところで食べよ。ただ、この木に近づいてはならない。さもなければ、おまえたちは不正な者となるであろう」。(7:19)

『おまえと』 『住め』の人称代名詞(二人称単数男性形)を確認するものであり、『おまえの妻』がそれに接続するためである。

『おまえの妻は』 ハゥワーゥ(長母音で)。

『この木に近づいてはならない』 そこから食べるために。これは、麦のことである。

『アーダムよ』 という特定の呼びかけは、啓示の受信と命令の伝達における彼の特異性を示すもので、『食べよ(fa-kulā)』『近づいてはならない(wa lā taqrabā)』においてそれが特定されていないのは、命令の実行と禁止の忌避において二人が同等であることを告げるものである。つまり、ここで述べられたこと(『食べよ』『近づいてはならない』)においてはハゥワーゥは同等であるが(二人称双数)、住むことに関してはそうではなく(『住め』は二人称単数)、ハゥワーゥは彼(アーダム)に従っているのである。

ハゥワーゥが楽園で創られたかどうかについては見解が分かれる。イブン・イスハーク(Muhammad bn Ishāq,151/768年没)は、『おまえとおまえの妻は楽園に住め』との御言葉から、ハゥワーゥはアーダムが楽園に入る前に創られたと考える。楽園に入ってから創られたとする説によれば、アーダムが楽園に住まわされた時、彼は孤独を覚えた。そこで彼が眠っている間に彼の左の短い肋骨からハゥワーゥが創られ、アーダムは彼女の許に安んじ、睦まじくした。これはイブン・アッバースなどの見解である。

それからシャイターンは二人にささやき、彼らに彼らから隠されていた陰部を顕にしようとし、言った、「おまえたちの主がおまえたちにこの木を禁じ給うたのは、おまえたちが天使となるか、永遠に生きる者となるからにほかならない」。(7:20)

『シャイターンは二人にささやき』 イブリースは。

「ささやく(waswasa)」とは、シャイターンが人間の心に投げかける言葉である。あるいは、密かに繰り返し語りかける甘い言葉である。

『彼らから隠されていた・・・』 『隠されていた(wūriya)』は「muwār āh(隠蔽)」の動詞派生形第3形完了形受動態の「fūila」形。

『顕にしようとし』 現そうとし。

『おまえたちの主がおまえたちにこの木を禁じ給うたのは・・・からにほかならない』・・・ことを嫌った(からにほかならない)。

『おまえたちが天使となるか』 『天使(malakain)』は、第2語根を母音「i」で「王(malikain)」と読む読誦法もある。

『永遠に生きる者となる』 別の節にあるように、それにはそこから食べることが必要なのである。『アーダムよ、私はおまえに、永遠の木と衰えることのない王権について教えよう』(第20章[ターハー]120節)。

アーダムとハゥワーゥは楽園の中で、イブリースは外に追放されていたとすれば、どうやって彼は二人にささやくことができたのか、という問いに対しては、いくつかの回答がある。イブリースは地上からささやき、そのささやきは天に達し、楽園に達したのである。アッラーは彼にそのような力を与え給うていたのである。イブリースは蛇の口の中に入ったのだという説があるが、それは有名ではあるが、不確かな話である。二人が楽園の扉に近づいた時に、扉の向こう側から二人に近づいたとも言われる。

そして彼は二人に誓った、「まことに私はおまえたちの助言者である」。(7:21)

『彼は二人に誓った』 彼らに向かってアッラーに誓った。

『私はおまえたちの助言者である』 そのことにおいて。

そうして彼は欺きによって二人を引き降ろした。二人が木を味わうと、陰部が顕となり、楽園の葉で身を被い始めた。二人の主は彼らに呼びかけ給うた、「われはおまえたちにこの木を禁じ、シャイターンはおまえたちの明白な敵であると言わなかったか」。(7:22)

『欺きによって』 彼からの。

『引き降ろした』 二人を彼らの地位から下ろした。

イブリースは虚偽の誓いによってアーダムを欺いた。アーダムはアッラーに虚偽の誓いをする者があろうとは思わなかったのである。

『二人が木を味わうと』 そこから食べると。

『陰部が顕となり』 それぞれに一方の前部と他方の前部とまたその後部が顕となった。二人のそれぞれのものを陰部と呼ぶ。なぜなら、それを見せることは相手を害するからである。

『楽園の葉で』 それで身を隠すために。

『被い始めた』 付着させ始めた。

『明白な敵であると言わなかったか』 敵意を明らかにした。断定の疑問文である。

ハンマド・ブン・カイスによると、アーダムの主はアーダムに呼びかけて仰せられた、「アーダムよ、どうしておまえはその木から食べたのだ。われはおまえにそれを禁じたではないか」。アーダムは言った、「ハゥワーゥが私にそれを食べさせたのです」。そこでハゥワーゥに仰せられた、「どうしておまえは彼に食べさせたのだ」。彼女は言った、「蛇が私に命じたのです」。そこで蛇に仰せられた、「どうしておまえは彼女に命じたのか」。すると蛇は言った、「イブリースが私に命じたのです」。アッラーは仰せられた、「ハゥワーゥよ、おまえが木に血を流させたようにわれはおまえに毎月血を流させよう。蛇よ、われはおまえの両足を切断する。おまえは顔で這い、おまえに出会う者はおまえの顔を踏み潰すであろう。イブリースよ、おまえは呪われた」。


転載:「ジャラーラインのクルアーン注釈」
中田香織 訳
中田 考 監訳
日本サウディアラビア協会出版



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2006年 アラブ イスラーム学院