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【第6章 家畜】
(6:138〜6:146)
 

また、彼らは、彼らの主張で言った、「これは禁じられた家畜と作物であり、われらが望んだ者を除きそれを食べてはならない」、「背中が禁じられた家畜である」、「アッラーの御名を唱えていない家畜である」。彼に対する捏造である。いずれ彼は、彼らが捏造したことの報いを彼らに与え給う。(6:138)

『彼らの主張で』 それについての根拠もなしに。

『これは禁じられた』 ハラームの(禁止された)。

『われらが望んだ者を除き』 偶像の番人、その他の者など。

『背中が禁じられた家畜である』 サーイバやハーミーのように乗ってはいけない(第5章[食卓]103節注釈参照)。

『アッラーの御名を唱えていない家畜である』 屠殺の際に。そうではなく偶像の名を彼らは唱える。そして、それらをアッラーに由来するものとした。
『彼に対する捏造である』前に省略された部分があると考えられる。例えば、彼らはアッラーに対する捏造のためにそう言った、彼らはそのような捏造を作り上げた、などである。あるいはこれは、「彼らは言った」の状態を表すもので、彼らはこれを捏造して言った、という意味である。

『彼らが捏造したことの』 彼に対して。

また彼らは言った、「この家畜の腹にあるものはわれらの男のためだけで、われらの妻たちには禁じられた。それが死産なら、彼らはそれについて共有者である」。いずれ彼は彼らの叙述ゆえに彼らに報いを与え給う。まことに彼は英明にして全知なる御方。(6:139)

『この家畜の腹にあるものは・・・』 禁じられた。サーイバとハビーラのことである。

『われらの男のためだけで』 (彼らに)許された。

『われらの妻たちには禁じられた』 つまり、女には。

『それが死産なら』 『それが』は三人称男性接頭辞「ヤーゥ(y)」で「 yakun」、または三人称女性接頭辞「ターゥ(t)」で「takun」と読む読誦法があり、『死産』は「 mayyitatun」と語尾を母音「u」で主格、または「mayyitatan」と母音「a」で対格とする読誦法(合計4通り)がある。

『いずれ彼は・・・彼らに報いを与え給う』 アッラーは。

『彼らの叙述ゆえに』 こうしたハラール、ハラームという(叙述)。その応報を。

『まことに彼は英明にして』 彼の御業において。

『全知なる御方』 彼の被造物について。

知識なく、愚かにも自分たちの子供を殺し、アッラーについて捏造しアッラーが彼らに糧として与え給うたものを禁じた者たちは損をしたのである。彼らは迷い去ったのであり、彼らは導かれなかった。(6:140)

『知識なく、愚かにも』 無知ゆえに。

『自分たちの子供を』 生き埋めによって。

『殺し』 『殺し』は、原形で第2語根に促音なしで「qatal ū」、または、第2形で促音を伴い「qattalū」と読む読誦法がある(意味は同じ)。

『アッラーが彼らに糧として与え給うたもの』 前述のもの。

また、彼こそは、棚に支えられたものや棚に支えられないものの園、そして食べるものの違ったナツメヤシと穀物、似ているが似ていないオリーブとザクロを作り給うた御方である。実がなったらその実を食べよ。そして、その収穫の日には義務を差し出し、浪費してはならない。まことに彼は浪費する者を好み給わない。(6:141)

『棚に支えられたものや』 スイカのように地面に広がったもの。
『棚に支えられた(marūshāt)』の語源「 arsh」とはブドウなどを這わせるための屋根のあるもののことを言う。イブン・アッバースによると、「marūshāt」とは地面を這うもののことで、例えば、ブドウ、カボチャ、スイカなどである。

『棚に支えられないものの』 ナツメヤシのように幹の高いもの。

『園』 果樹園を創造し。

『食べるものの違った』 実や種の形、味が。

『似ているが』 両者の葉は。状態の副詞的修飾句。

『似ていない』 両者の味は。

『作り給うた御方である』 創造し給うた。

『実がなったらその実を食べよ』 熟す前に。
熟した後は法定喜捨が課せられるから食べてはならない。

『その収穫の日には』 『その収穫の』は、「hasādi-hi」とする読誦法と「hisādi-hi」とする読誦法がある。

『義務を差し出し』 その法定喜捨を。10分の1を。あるいはその半分(20分の1)を。
『義務を差し出し』の解釈については見解が分かれる。イブン・アッバース、アナス・ブン・マーリクによると、これは法定喜捨のことである。だが、法定喜捨の義務はマディーナで定められたものである。マッカの節であるこの節がどうして法定喜捨のことを語るのか。イブン・アル=ジャウズィー(Abū al=Faraj Jamāl al=Dīn Abd al=Rahmān bn Alī bn Muhammad al=Jauzī, 597/1201年没)は、イブン・アッバース、アナス・ブン・マーリクに依拠し、この節をマディーナ啓示であるとする。この節がマッカ啓示であれば、この節は法定喜捨の節によって破棄されたことになる。イブン・アッバースによれば、法定喜捨(ザカー)の節によってクルアーンの喜捨(サダカ)の節はすべて破棄されたからである。
一説によれば、これは法定喜捨とは別に収穫の日に課せられた義務で、それは、そこに居合わせた者に食べさせ、種や実で落ちたものはそのままに残すことである。これはアリー・ブン・アル=ハサン、アターゥ、ムジャーヒド、ハンマードの見解である。ムジャーヒドによると、刈り取りの日、彼らは実のついたナツメヤシの木を投げ捨てておき、通りかがった者がそこから食べたものであった。

『浪費してはならない』 すべて差し出し、おまえたちの家族のためになにも残らないようにならないよう。

『まことに彼は浪費する者を好み給わない』 自分に定められたものを越える者。
あるいは、役に立たないものに費やすことである。スフヤーンによれば、たとえわずかでもアッラーへの服従でない出費は浪費である。イブン・アッバースによると、アマド・サービト・ブン・カイス・ブン・シャンマースは500のナツメヤシを収穫したが、一日のうちにそれを分け与え、家族に何も残さなかった。それに対してアッラーはこの節を下し給うた。

また、家畜は運搬用と小家畜を。アッラーがおまえたちに糧と与え給うたものから食べよ。シャイターンの歩みに従ってはならない。まことに彼はおまえたちにとって明白な敵である。(6:142)

『また』 彼は作り給うた。

『家畜は運搬用と』 上にものを乗せるのに適した。例えば大ラクダ。

『小家畜を』 それ(運搬に)適していない。小ラクダや羊のように。(『小家畜を(farshan)』とは)地面に近いため地面に敷いたマット(farsh)のようなのでそう呼ばれた。

『シャイターンの歩みに従ってはならない』 ハラール(許されたもの)、ハラーム(禁じられたもの)について彼の道に。

『まことに彼はおまえたちにとって明白な敵である』 敵意が明白な。

八頭のつがい。羊から二頭、ヤギから二頭。言え、「雄二頭を禁じ給うたのか、それとも雌二頭か、二頭の雌の子宮が孕んだものか。知識をもって私に告げよ、もしおまえたちが正しいならば」。(6:143)

『八頭のつがい』 種類。『運搬用と小家畜』を言い換えたものである。
ラクダ、牛、小家畜(羊、ヤギ)からそれぞれ雌雄で雄4頭と雌4頭。

『羊から二頭』 雌雄のつがい。

『ヤギから二頭』 『ヤギ』は第2語根を母音「a」で「al-maazi」と読む読誦法と、母音なしで「al-mazi」とする読誦法がある(監訳者注:ハフス&アースィム版は後者の読誦法を採る)。

『言え』 ムハンマドよ。時に家畜の雄を、また別の時には雌を禁じ、それをアッラーに帰す者たちに。

『雄二頭を』 羊とヤギの。

『禁じ給うたのか』 アッラーは、おまえたちに。

『それとも雌二頭か』 それら(羊とヤギ)の。

『二頭の雌の子宮が孕んだものか』 雄であろうと雌であろうと。

『知識をもって私に告げよ』 それがどのように禁じられたのかを。

『もしおまえたちが正しいならば』 そのことにおいて。つまり、その禁止がどこから来たのか。もし雄の側ならば、すべての雄が禁止となるであろうし、雌ならばすべての雌(が禁止)となるであろう。あるいは子宮全体であれば、雌雄ともである。いったい特定(の禁止)はどこから来たのか。非難の疑問文である。

そして、ラクダから二頭、牛から二頭。言え、「雄二頭を禁じ給うたのか、それとも雌二頭か、二頭の雌の子宮が孕んだものか。それともおまえたちは、アッラーがおまえたちにこれを命じ給い、その時に立ち会ったのか」。アッラーについて嘘を捏造し、知識もなく人々を迷わせる者より不正な者が誰かあろうか。まことにアッラーは不正な民を導き給うことはない。(6:144)

『それとも』 いやはや。

『おまえたちは・・・その時に立ち会ったのか』 居たのか。

『アッラーがおまえたちにこれを命じ給い』 この禁止を。それでおまえたちはそれに依拠しているのか。いや、そうではなく、おまえたちはそのことについて嘘をついているのである。

『アッラーについて嘘を捏造し』 そのことで。

『・・・者より不正な者が誰かあろうか』 誰もいない。

言え、「私は、私に啓示されたものの中に、食べる者に食べることが禁じられたものを見出さない。ただし、死肉、流れる血、豚肉—まことにそれは醜行である— であれば別である。あるいは、違背してアッラー以外のものの名を唱えられたものも。だが、欲したわけでなく、また違犯としてでなく余儀なくされた者があれば、まことにおまえの主はよく赦す慈悲深い御方」。(6:145)

『禁じられたものを見出さない』 なにも。

『ただし・・・であれば』 『であれば』は、男性形接頭辞「ヤーゥ(y)」で「 yak ūna」と読む読誦法と、女性形接頭辞「ターゥ(t)」で「takūna」と読む読誦法がある。

『死肉』 語尾を母音「a」で対格で「maytatan」と読む。別の読誦法では、下に点を打って「yakūna」と読み、「maytatun」は語尾の母音「u」で主格で読む。
(『タフスィール・アル =ジャラーライン』は間違っており)正しくは上に点を打って「tak ūna」と読んで「 maytatun」は語尾の母音「u」で主格で読むと、存在動詞文となる(死肉、・・・・がある)。cf., al=Samīn, al=Durr al=Masūn, vol.3., pp.204.

『流れる血』 流れる。それ以外の、肝臓や脾臓のようなものは別である。

『醜行である』 ハラームである。

『違背してアッラー以外のものの名を唱えられたもの』illāan yakūna...(・・・であれば別である)」(が省略されている)。彼(アッラー)以外のものの名において屠殺されたもの。

『・・・余儀なくされた者があれば』 言及されたもののうちのなにかを(食べることを)余儀なくされて食べた者があれば。

『まことにおまえの主はよく赦す』 彼が食べたことを彼に。

『慈悲深い御方』 彼に対し。

ここで言及されたものにはスンナによって、あらゆる牙のある猛獣、爪のある猛禽が加えられる。

戻った者たちにはわれらはすべての爪のある動物を禁じ、牛と羊は、その脂を彼らに禁じた。ただし、それらの背や腸が付けたもの、あるいは骨と混じりあったものは別である。それは彼らの不正行為に対しわれらが報いたものである。まことにわれらは真実である。(6:146)

『戻った者たち』 つまり、ユダヤ教徒。

『すべての爪のある動物を禁じ』 指が分かれていないもの。例えば、ラクダ、ダチョウ。

『その脂を彼らに禁じた』 腹の脂肪や腎臓の脂肪。

『それらの背や』 脂肪のうち背に付いたもの。

『腸が付けたもの』 腸(al-am‘ā’)。「al-hawīyā(腸)」は「hāwiyā」あるいは、「hāwiyah」の複数形。

『骨と混じり合ったものは別である』 臀部の脂肪である。それは彼らには許された。

『それは』 この禁止は。

『彼らの不正行為に対し』 第4章[女]で前述した彼らの不正ゆえに。
『ユダヤの者たちの不正ゆえにわれらは彼らに、彼らに許していた良いものを禁じた・・・』(第4章160節)

『われらが報いたものである』 それによって。

『まことにわれらは真実である』 われらの知らせと警告において。


転載:「ジャラーラインのクルアーン注釈」
中田香織 訳
中田 考 監訳
日本サウディアラビア協会出版



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2006年 アラブ イスラーム学院