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【第5章 食卓】
(5:24〜5:36)
 

彼らは言った、「ムーサーよ、彼らがそこに留まる限り、われらはそこには決して入らない。それゆえ、おまえとおまえの主で行って二人で戦え。われらはここに座っている」。(5:24)

『おまえとおまえの主で行って二人で戦え』 彼らと。

『われらはここに座っている』 戦闘には加わらず。

彼は言った、「わが主よ、私は自分のほかは、私の兄弟しか支配できない。われらと反逆の民の間を引き離し給え」。(5:25)

『彼は言った』 そこでムーサーは。

『私は自分のほかは、私の兄弟しか支配できない』 私のほかは、そして私の兄弟のほかは思い通りにならず、彼らを力ずくで従わせることはできない。

ムーサーの兄は彼より1才年上であったが、彼に従っていた。

『引き離し給え』 分け給え。

彼は仰せられた、「ならば、そこは彼らに四十年間禁じられたものとなり、彼らは地をさすらう。それゆえ、おまえは反逆の民のことで落胆してはならない」。(5:26)

『彼は仰せられた』 至高なる御方は、彼(ムーサー)に。

『そこは』 聖なる地は。

『彼らに四十年間禁じられたものとなり』 そこに入ることが。

『彼らは・・・さすらう』 さまよう。

『地を』 イブン・アッバースによると、それは9ファルサフ(27マイル)であった。

『落胆してはならない』 悲しんではならない。

伝承によると、彼らは一晩せっせと旅を進めるが、朝になると元いた場所におり、昼も同じように道を進めた。
人々はムーサーに彼らの苦境を訴え、ムーサーはアッラーに祈った。そこでアッラーは彼らにマンナとサルワーを下し、それぞれに着る物を与え給い、ムーサーが石を杖で打てば12の泉が出た。また、アッラーは彼らに雲で陰を作り、夜は光の柱で彼らを照らし給うた。
そうして彼らは20才以下の者を除きすべて死んだ。彼らの数は60万人で、ハールーンもムーサーも(ハールーンの死から1年後120才で)荒野で死んだ。それは2人にとっては慈悲であり、その他の者にとっては罰であった。
ハディースによると、ムーサーは死に臨み、聖なる地に石を投げた分だけ近づけてくれるよう彼の主に頼んだ。そこでアッラーは彼を近づけ給うた。
(放浪の)40年が過ぎると、彼(アッラー)はユーシュアを預言者として遣わし、巨人の討伐を命じ給うた。そこで彼ら(イスラーイールの民)の生き残りたちは彼と共に(約束の聖櫃を携えて)出かけ、(町を6ヵ月包囲し、7ヵ月目に開城し、)彼ら(巨人)と戦った。それは金曜のことで、太陽は戦闘が終わるまで1時間動きを止めた。
太陽が沈みかけ、土曜の夜になりかけた。そこで、ユーシュアは、「アッラーよ、太陽を私の上に引き戻し給え」と祈り、太陽に向かって、「おまえはアッラーに従い、私もアッラーに従う者である」と言うと、土曜になる前にアッラーの敵を倒すため太陽と月に止まるよう求めた。そこで太陽は戦いが済むまで1時間動きを止めた。
アフマドの伝えるハディースによると、「太陽は人間に対して止まったことはなかったが、聖なる館に至る旅の夜々の間のユーシュアは別であった」。
アル=カーディー(アル=バイダーウィー)によれば、われらの預言者ムハンマドのためにも太陽は2度動きを止めた。1度はハンダクの戦いの時で、日没までアスル(午後後半)の礼拝の時間が取れなかった時、アッラーは礼拝をするまで太陽を押し返し給うた。もう1度は、イスラーゥ(夜の旅)の翌日で、日没に来ると彼が予告されたキャラバンを待つ間のことであった。

彼らにアーダムの二人の息子の話を真実をもって語れ。二人は捧げ物を差し出したが、そのうち一人からは受け入れられ、他方は受け入れられなかった。彼は言った、「私はおまえを殺してやる」。彼は言った、「ただアッラーは畏れ身を守る者から受け入れ給うのである」。(5:27)

『・・・語れ』 ムハンマドよ。

『彼らに』 おまえの民に。

『アーダムの二人の息子』 ハービール(アベル)とカービール(カイン)。

『・・・の話を』 伝承を。

『真実をもって』 『語れ』にかかる。

『二人は捧げ物を差し出したが』 アッラーに。ハービールは雄羊で、カービールは農作物であった。

「捧げ物(qurbān)」とは名詞で、アッラーに近づく(taqarraba)ための喜捨、犠牲、儀礼などの捧げ物を意味する。元は動名詞であったが、それが捧げ物として差し出す物を意味するようになった。

『そのうち一人からは受け入れられ』 ハービールは。空から火が降り、彼の捧げ物を焼き尽くした。

『他方は受け入れられなかった』 カービールである。そこで彼は怒り、アーダムがカアバ聖殿参詣のためにマッカに出かけるまで心に妬みを抱いていた(アーダムが留守にしたところで、ハービールのところへ行った)。

『彼は言った』 彼(ハービール)に。

『私はおまえを殺してやる』 彼(ハービール)は、「どうしてか」と言った。彼(カービール)は言った、「私のものを差し置いて、おまえの犠牲は受け入れられた」。

『ただアッラーは畏れ身を守る者から受け入れ給うのである』

ハゥワーゥはアーダムに1度に息子と娘を生んだが、シートゥ(セツ)は別で、彼だけは1人でハービールの代わりとして生まれた。彼を生んだ時、ジブリールは彼女に、「彼はヒバ・アッラー(アッラーの贈り物)で、ハービールの代わりである」と言った。シートゥが生まれた時、アーダムは130才であった。アーダムの子は、20の妊娠から生まれた39人で、20人の息子と19人の娘であった。その長子がカービールで、その双子の妹はアクリーマーで、それからハービールが生まれ、その双子の妹はルブーダーであった。一説によればハゥワーゥはカービールとその双子を楽園で生み、地上に追放された後、妊娠してハービールとその双子を生んだ。息子たちは成人すると一緒に生まれた姉妹以外の姉妹の誰かと結婚した。カービールとハービールは2才違いであったが、2人が成人すると、アッラーはアーダムに、カービールをルブーダーと、また、ハービールをアクリーマーと結婚させるよう命じ給うた。アクリーマーの方がルブーダーよりも美しかった。アーダムから命令を告げられたハービールはそれに満足したが、カービールは不満を訴え、言った、「彼女は私の双子の姉妹である。私の方が結婚するに相応しい。われらは楽園で生まれた者で、彼らは地上の子である」。だが、アーダムはこれを拒み、言った、「アッラーはおまえにそれを命じ給うていない。それはおまえの見解にすぎない」。そして、2人に言った、「2人でアッラーに犠牲(クルバーン)を捧げよ。2人のうち犠牲を受け入れられた者が彼女と結婚する権利を持つ。受け入れられた犠牲は天から白い火が下り、それを食いつくし、受け入れられなければ火は下らず、鳥や獣がそれを食べるであろう」。そこで2人は家を出て、犠牲を捧げた。カービールは農耕の人であったため、一山の痛んだ小麦を捧げ、その中に良い実を見つけると摘み取って食べ、内心で、「受け入れられようと受け入れられまいと知ったことではない。彼女と結婚するのは私以外にはない」と考えた。一方、ハービールは羊飼いであり、自分の羊のうち最も良い雄羊を選んだ。一説によれば、妊娠した良く肥えた羊を捧げ、「アッラーが満足し給いますように」と心に念じた。2人が犠牲を山に置き、アーダムが祈りを捧げると、天から火が下り、ハービールの捧げ物を食べた。あるいは一説によれば天に上げられた。
捧げ物を拒まれたカービールは怒り、妬みを抱き、アーダムのところに行ったがいなかったため、ハービールの許に行き、「おまえを殺してやる」と言った。「どうして私を殺すのか」とハービールが言うと、「アッラーはおまえの捧げ物を受け入れ、私の捧げ物を拒み給うた。そして、おまえは自分が私の美しい姉妹と結婚し、私がおまえの醜い姉妹と結婚した。それで人々は、私よりもお前の方が優れている、と言い、おまえの子供は私の子よりも優れていると誇っている」と言った。ハービールは、「私のどこが悪いのだ。アッラーはアッラーを畏れ身を守る者からの行為を受け入れ給うだけのことだ」と言った。

「たとえおまえが私を殺そうと手を伸ばそうとも、私はおまえを殺すために手を広げはしない。私は諸世界の主アッラーを恐れる」。(5:28)

『たとえおまえが私を殺そうと手を伸ばそうとも』 手を出しても。『たとえ・・・とも(la-in)』の「la」は誓いの「ラーム」である。

『私は諸世界の主アッラーを恐れる』 おまえを殺すことにおいて。

アーダムの律法においては不正を被った者には忍従が義務で、正当防衛は禁じられていた。

「私は、おまえが私の罪とおまえの罪を持ち帰り、獄火の住人となることを望む」。それが不正な者の報いである。(5:29)

『私の罪と』 私を殺すという罪と。

『おまえの罪を』 おまえが以前に犯した罪を。

『持ち帰り』 戻り。

『獄火の住人となることを望む』 私はおまえを殺して自分がおまえの(殺害の)罪を持ち帰り、それら(獄火の住人)のひとりとなることは望まない。

『それが不正な者の報いである』 至高なる御方は仰せられた。

だが、彼の自我は自分の兄弟の殺害を彼にそそのかし、彼は兄弟を殺し、損失者のひとりとなり果てた。(5:30)

『彼の自我は自分の兄弟の殺害を彼にそそのかし』 美しく飾り。

『損失者のひとりと』 彼を殺すことによって。

『・・・なり果てた』 なった。

彼はそれ(死体)をどうしていいかわからなかった。なぜなら、それはアーダムの子孫のうち地上で最初の死者だったからである。そこで彼はそれを背に乗せて運んだ。

そこで、アッラーは彼にカラスを遣わし、それは地を掘って、兄弟の死体をどのように隠すかを彼に見せた。彼は言った、「なんと情けないことか。私はこのカラスほどのものとなって、兄弟の死体を隠すことも出来ないのだ」。こうして彼は後悔する者のひとりとなり果てた。(5:31)

『それは地を掘って』 くちばしと両足で土を堀り、連れていたカラスの死骸の上にそれが隠れるまで土をかけた。

『兄弟の死体を』 死骸を。

『どのように隠すかを』 覆うかを。

『彼は言った、「・・・兄弟の死体を隠すことも出来ないのだ」』 (接続詞)『・・・こと(an)』の前に前置詞「an(・・・についても)」(を補う)。

『こうして彼は後悔する者のひとりとなり果てた』 それを運び、そのために土を掘り、それを隠したことを。

ハービールの殺害を決意した際、カービールはどうやって殺せばよいのかわからなかった。そこでイブリースが姿を見せ、鳥を捕えて、その頭を石の上に置き、もう一つの石でそれを打ち砕いた。それを見たカービールはハービールの頭を石と石で挟んで殺した。

このことからわれらはイスラーイールの子孫に書き定めた。それ即ち、人の命のゆえに、あるいは地上での害悪ゆえにでなく人ひとりを殺した者は、人類すべてを殺したにも等しく、ひとりを生かした者は人類すべてを生かしたにも等しい。彼らにわれらの使徒たちは明証を携えて訪れたが、彼らの多くはその後も地上において度を越す者であった。(5:32)

『このことから』 カービールのなしたことから。

『それ即ち』 (『それ即ち(anna-hu)』の「それ(hu)」は)主題(指示の代名詞)。

『人の命のゆえに』 殺した命の(代償)ゆえ。

『あるいは地上での害悪ゆえにでなく』 地上でなした不信仰、姦通、追いはぎなど(の悪事)。

『ひとりを生かした者は』 その者が殺されることを阻止することによって。

『人類すべてを生かしたにも等しい』 イブン・アッバースによると、ひとりの不可侵性を侵した者(それは人類すべての不可侵性を侵したに等しく)、そしてそれを守った者(それは人類すべての不可侵性を守ったに等しい)。

『彼らに』 イスラーイールの子孫に。

『明証を携えて』 奇跡を。

『彼らの多くは・・・度を越す者であった』 不信仰、殺害などによって法を越える者であった。

アッラーと彼の使徒と戦い、地上で害悪をなして回る者の報いは、殺されるか、磔にされるか、手足を互い違いに切断されるか、土地から追放されるかにほかならない。これが彼らへの現世での恥辱であり、彼らには来世に大いなる懲罰がある。(5:33)

この節はウライナ族の2人について下された。彼らがマディーナに来た時、彼らは病気であった。(彼らは偽ってイスラームの信仰を表したため)預言者は彼らに、喜捨のラクダの許に行って、その尿と乳を飲むことを許可された。ところが、彼らは病が癒えると、預言者の羊飼いを殺し、ラクダを奪った。

そこで預言者は彼らを追跡させ、彼らが連れて来られると、彼らは焼いた鉄で目をつぶされ、手を切り落とされ、岩場に放置されて喉の渇きを訴えても水を与えられなかった。このような見せしめは禁じられているが、この時点では禁じられていなかったか、彼らは羊飼いに同じことをしたためであった。

『アッラーと彼の使徒と戦い』 ムスリムと戦うことによって。

『地上で害悪をなして回る者』 追いはぎで。

『手足を互い違いに切断されるか』 右の手と左の足を。

『土地から追放されるかにほかならない』 接続詞「・・・か(aw)」は、状況による順序付け。殺人のみの者は死刑、殺した上に財産を奪った者は磔、財産を奪い、殺人は犯さなかった者は(手の)切断、脅迫をしただけの者は追放。イブン・アッバースが伝えるもので、これにアル=シャーフィイーは依拠する。彼の2説のうちより正しいものによれば、死刑の後3日間の磔である。あるいは、死刑の前に短時間磔にする、とも言われる。また、追放には、監禁、その他の懲らしめにおいてそれに類したものが含まれる。

『これが』 前述のような恥辱が。

『現世での恥辱』 辱め。

『来世に大いなる懲罰がある』 獄火の懲罰である。

ただし、これは不信仰者の場合で、ムスリムの場合には現世で法定刑を受けた者は来世での懲罰は免れる。したがってこの節は不信仰者に関するものであるか、現世でここで述べた刑を受けなかった者への来世の処罰に関するものである。

ただし、おまえたちが彼らを取り押さえる前に悔い戻った者は別である。アッラーはよく赦す慈悲深い御方と知れ。(5:34)

『ただし、おまえたちが彼らを取り押さえる前に悔い戻った者は別である』 戦争をしかける者や追いはぎのうち。

『アッラーはよく赦す』 彼らに、彼らのなしたことを。

『慈悲深い御方と知れ』 彼らには。ただし、彼らが法定刑を受けない、ということは意味しない。なぜなら、悔悟によって免じられるのはアッラーの権利であって、人間の権利ではないからである。私(ジャラール・アル=ディーン・アル=スユーティー)はそう考え、それに反論する者を知らない。アッラーが最もよくご存知である。それゆえ、殺人を犯し、財産を奪った者は殺され、(手足を)切断されるが、磔はされない。アル=シャーフィイーの2説のうち、こちらがより正しい。また、取り押さえられた後で悔悟してもその悔悟は役に立たない。同様に、彼の2説のうちこちらがより正しい。

信仰する者たちよ、アッラーを畏れ身を守り、彼に至る手段を求め、彼の道において闘え。きっとおまえたちは成功するであろう。(5:35)

『アッラーを畏れ身を守り』 彼の懲罰を恐れ、彼に従うことによって。

『彼に至る手段を』 おまえたちを彼に近づける服従行為を。

「手段(wasīlah)」とは、あるものに近づくために用いるもののことである。

『求め』 追求し。

『彼の道において闘え』 彼の宗教が高められるために。

『きっとおまえたちは成功するであろう』 勝ちを得るであろう。

信仰を拒絶する者は、たとえ彼らに地にあるものすべてと、さらにそれと同じものがあっても、審判の日の懲罰からそれで身を贖うことはできず、それは受け入れられない。そして、彼らには痛烈な懲罰がある。(5:36)

『たとえ・・・あっても』・ ・・あることが確実であっても。


転載:「ジャラーラインのクルアーン注釈」
中田香織 訳
中田 考 監訳
日本サウディアラビア協会出版



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2006年 アラブ イスラーム学院