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【第4章 女】
(4:171〜4:176)
 

啓典の民よ、おまえたちの宗教において度を越してはならず、アッラーについては真実しか語ってはならない。かのマスィーフ、マルヤムの子イーサーはアッラーの使徒であり、マルヤムに授けられた彼の御言葉であり、彼からの霊である。それゆえ、アッラーと彼の使徒を信じ、三である、と言ってはならない。止めよ。おまえたちにとってより良い。アッラーは唯一の神にほかならない。彼こそは息子がいることから超越し給う御方。彼に天のものも地のものも属す。管理者としてはアッラーで十分であらせられた。(4:171)

『啓典の民よ』 福音書の。

『度を越してはならず』 限度を越えてはならず。

『アッラーについては真実』 彼(アッラー)を共同者や子供から超越せしめることによる。

『・・・しか語ってはならない』 (真実の)言葉しか語ってはならない。

『マルヤムに授けられた』 彼女に届けられた。

『彼の御言葉であり』『彼の御言葉』とは、イーサーが父親なしに、精液なしに、アッラーの「なれ」という御命令、御言葉によって存在したことをいう。

『彼からの霊である』 つまり、霊を備えた。彼(イーサー)に対する表敬のために、至高なる御方に関係づけられている(「アッラーの館」、「アッラーの雌らくだ」「これはアッラーからの御恵みだ」などの表現と同じく)。
おまえたたちが主張するように、彼はアッラーの息子ではなく、彼と同じ神でもなく、三位一体の一つでもない。なぜなら、魂のある者は複合的な存在であるが、神はそのような複合性とは無縁で、複合的なものが帰されることからも無縁な御方だからである。

『彼からの霊』アッラーの命令によってジブリールが吹き込んだ息からできたものだからである。ジブリールが彼女の肌着の襟に息を吹き込むと、その息は彼女の膣に達し、彼女は妊娠した。
『彼から』の「 min(から)」はキリスト教徒が信じているように部分表示の前置詞「min(から)」ではなく、起点表示の前置詞「min(から)」である。
キリスト教徒の医師がある日、ハールーン・アル=ラシード(アッバース朝第5代カリフ在位西暦786-809年)の許に来て、アリー・ブン・アル=フサイン・アル=ワーキディーと議論をして言った、「あなたがたの書の中にはイーサーがアッラーの一部であることを証しするものがある」。そう言うと彼はこの節を読んだ。すると、アル=ワーキディーは、『彼は、天にあるものと地にあるもの、彼からの(min-hu)ものすべてをおまえたちのために従わせ給うた』(第45章[アル=ジャースィヤ]13節)を読み、「とすると、これらすべてのものはアッラーの一部というわけだ」と言った。すると、キリスト教徒は議論を止め、イスラームを受け入れた。カリフ・アル=ラシードは大変喜び、アル=ワーキディーにすばらしい贈り物を与えた。

『三である、と言ってはならない』 「神は3である」と言ってはならない。アッラーとイーサーと彼の母。

『止めよ』 そのようなことを。

『おまえたちにとってより良い』 ・・・ことをもたらせ。それ(三位一体)よりも。それは、唯一神信仰である。

『彼こそは息子がいることから超越し給う御方』 彼をそれから隔絶せしめて。

『彼に天のものも地のものも属す』 被造物として、所有物として、しもべとして。そして、所有物であることは息子であることと矛盾する。

『管理者としてはアッラーで十分であらせられた』 そのことの証人としては。

アッラーは被造物の采配において独立し給う御方で、それを助ける子供など必要ではない。

マスィーフはアッラーのしもべであることを厭いはしない。また、御側の天使たちも。彼に仕えることを厭い、思い上がる者、彼は彼らを一同に彼の御許に集め給う。(4:172)

『マスィーフは』 彼をおまえたちは神と言い張るが。

『アッラーのしもべであることを厭いはしない』 高慢に、屈辱とは思わない。

ナジュラーンのキリスト教徒が彼の許にやって来て、「ムハンマドよ、おまえはわれらの主を貶しめ、彼はアッラーのしもべである、と言っている」と言った。すると、預言者は答えて言われた、「イーサーがアッラーのしもべであることは彼にとって恥ずべきことではない」。すると、この節が啓示された。

『御側の天使たちも』 アッラーの御側の。彼らもしもべであることを厭わない。

天使には父も母もいないし、人間を超えた存在であるが、しもべであることを嫌っていないのに、どうして母のいるもっと弱い存在がそれを嫌うことがあろうか。
これは、天使が神である、または神の娘であると考える者を論駁するための最善の話の転換である。
第43章[金の装飾]15節に、『彼らは彼に彼のしもべから分身を与えた』とある。
それは、前の部分でその趣旨の主張をしたキリスト教徒を論駁したのと同じである。

『彼は彼らを一同に彼の御許に集め給う』 来世で。

信仰し、善行をなす者、彼は彼らにその報酬を十分に与え、彼の恩恵から彼らにさらに増し加え給う。一方、厭い、思い上がった者、彼は彼らには痛烈な懲罰を与え給う。彼らは自分たちにアッラーをおいて味方も援助者も見出せない。(4:173)

『その報酬を十分に与え』 彼らの行いの報償を。

『彼の恩恵から彼らにさらに増し加え給う』 かつていかなる目も見たことがなく、耳も聞いたことがなく、人間の頭が想像したこともないものを。

『厭い、思い上がった者』 彼に仕えることを。

『痛烈な懲罰を』 痛みを与える(懲罰を)。それは獄火の懲罰である。

『アッラーをおいて』 彼のほかには。

『味方も』 彼らにそれを防ぐ(味方も)。

『援助者も』 それから彼らを守る(援助者も)。

人々よ、おまえたちにはおまえたちの主から明証がもたらされた。また、われらはおまえたちに明白な光を下した。(4:174)

『明証が』 証拠が。

『もたらされた』 おまえたちに。それは、預言者である。

『明白な光を下した』 明らかな。それはクルアーンである。

アッラーを信じ、彼にしっかりと縋った者、彼は彼らを彼の御慈悲と御恵みに入れ、彼に至る真っすぐな道に彼らを導き給う。(4:175)

『真っすぐな(道)』 それはイスラームの宗教である。

『道に』 道路に。

彼らはおまえに判断を求める。言え、「アッラーがおまえたちに父母も子もない者について判断を啓示し給う。もし男が死に、彼に子がなく、彼に姉妹が一人いる場合には、彼女に彼の遺したものの半分がある。彼女に子がない場合は、彼が彼女を相続する。彼女らが二人の場合には二人に彼が遺したものの三分の二がある。また、男と女の兄弟姉妹であれば、男に女二人分の分け前がある。アッラーは、おまえたちが迷うからと、おまえたちに明らかにし給う。アッラーはあらゆることについてよく知り給う御方」。(4:176)

『彼らはおまえに判断を求める』 「父母も子もない者(kalālah)」について。

これはジャービルのことで、預言者が病床のジャービルを見舞った時、彼は、「アッラーの御使いよ、私は父母も子もない身であるが、私の財産をどうしたらよいか」と尋ねた。
ジャービル・ブン・アブドッラーは言った、「私が病に伏せると、アッラーの御使いとアブー・バクルが徒歩で私を見舞った。私が気を失うと、預言者は儀礼的洗浄を行い、その残り水を私に振り掛けられた。すると私は意識を取り戻した。そこで私は、『アッラーの御使いよ、私は私の財産をどうしたらよいか。私の財産をどう処理すればよいか』と尋ねたが、彼は何も答えられなかった。それから遺産の節が下された」(アル=ブハーリー、ムスリムの伝える伝承)。
アル=ティルミズィーによる伝承では、私(ジャービル)には9人の姉妹がいた。それから遺産の節が下された。
またアブー・ザッルによると、彼(ジャービル)は言った、『私は病に苦しみ、私には7人の姉妹がいた』。私の許にアッラーの御使いが来られ、私の顔に息を吹きかけ、私は意識を取り戻した。そして、私は言った、『アッラーの御使いよ、私は私の姉妹に3分の2を遺言する』。すると、彼は『よくやった』と言われた。私が、『半分を』と言うと、『よくやった』と言われた。それから彼は私を残して外に出られ、それから言われた、『ジャービルよ、私はあなたがこの病で死ぬとは思わない。アッラーはクルアーンを下し、おまえの姉妹について明示し給い、彼女らには3分の2と定め給うた』」。

『男が』 「男が」は、それを解説する動詞の作用によって主語となる。

『死に』 死亡し。

『彼に子がなく』 親もなく。それが「親も子もない者(kalālah)」である。

『彼に姉妹が一人いる場合には』 父母を同じくする、あるいは父だけが同じの。

『彼女に子がない場合は、彼が』 同様に、兄弟が。

『彼女を相続する』 彼女の遺したものをすべて。

彼女に息子がいれば、彼(彼女の兄弟)にはなにもない。娘がいたときには、彼には娘の取った残りがある。また、母親のみが共通の兄弟姉妹がいた場合には、第4章の初め(第12節)にあるように彼には6分の1がある。

『彼女らが』 つまり、姉妹が。

『二人の場合には』 あるいはそれ以上の場合も。なぜなら、これはジャービルについて下されたものであるが、彼は複数の姉妹を遺して死去したからである。

『二人に彼が遺したものの三分の二がある』 兄弟が(遺したものの)。

『男と女の兄弟姉妹であれば』 相続人が。

『男に』 彼らのうち。

『おまえたちが迷うからと』 迷わないようにと(否定詞「ない(lā)」を補う)。

『おまえたちに明らかにし給う』 おまえたちの宗教の法を。

『アッラーはあらゆることについてよく知り給う御方』 その中には相続のことが含まれる。アル=バラーゥによると、この節は、義務のうちで下された節の最後のものである(アル=ブハーリーとムスリムの伝える伝承)。

イブン・アッバースによると、最後に啓示された節は「利子の節」(第2章[雌牛]278節)で、最後の章は『アッラーの援助と勝利が訪れたら・・・』(第110章)である。
また、一説によれば、第110章[援助]が下された後、アッラーの御使いは1年生きられた。その後、第9章「バラーゥ」が啓示され、これが完全な章として啓示された最後の章となった。それから彼は半年生きられ、それから「別れの巡礼」の途中で『彼らはおまえに判断を求める。言え、「アッラーがおまえたちに父母も子もない者について判断を啓示し給う・・・」』(第4章[女]176節)が下され、この節は「夏の節」と名付けられた。夏に下されたからである。それからアラファの丘で『今日、われはおまえたちにおまえたちの宗教を完成し・・・』(第5章[食卓]3節)が下され、それから81日生きられた。それから「利子の節」が下され、それから、『アッラーに帰される日を恐れよ・・・』(第2章[雌牛]281節)が下され、それから21日生きられた。


転載:「ジャラーラインのクルアーン注釈」
中田香織 訳
中田 考 監訳
日本サウディアラビア協会出版



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2006年 アラブ イスラーム学院