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【第2章 雌牛】
(2:187〜2:196)
 

おまえたちには斎戒の夜、おまえたちの妻たちへの睦言が許された。彼女らはおまえたちの衣であり、おまえたちは彼女らの衣である。アッラーはおまえたちがおまえたち自身を欺いていたのを知り、おまえたちに戻り顧み、おまえたちを宥し給うた。それゆえ、今は彼女らと交わり、アッラーがおまえたちに書き留め給うたものを望め。そして、黎明で、おまえたちに白糸と黒糸がはっきりする時まで食べて飲め。それから夜まで斎戒を全うせよ。おまえたちがモスクに御籠りをしている間は彼女らと交わってはならない。これがアッラーの定めである。それゆえ、それに近づいてはならない。こうしてアッラーは人々に印を解き明かし給う。きっと彼らも畏れ身を守るであろう。(2:187)

イスラーム初期のイシャーゥ(夜の礼拝)の後のその(妻との性交)禁止、および飲食の禁止の破棄として下された。

『妻たちへの』性交による。

『睦言が』(睦言による)接触が。

「睦言(rafath)」とは、男女が寝床で交わす、それ以外の時には口にすることを憚る語らいのことで、これをもって性交を指す。

『彼女らはおまえたちの衣であり、おまえたちは彼女らの衣』二人が抱き合うこと、あるいは互いに必要とし合うことの側写である。

あるいはまた、互いに相手を放蕩から覆い守る存在であるということである。預言者は言われた、「女に良いところはないが彼女らなしには耐えられない。彼女らは気高い者にはつけあがり、下劣な者は彼女らを打ち負かす。私は、気高く打ち負かされた者となりたい。下劣で勝ち誇った者となりたくない」。

『欺いて』裏切って。

『…いたのを』性交によって。ウマルなどにそれが起こって、彼らは預言者の許に謝りにいった。

当初、斎戒を解き、飲食をし、妻と交わり、それからイシャーゥ(夜)の礼拝するか、その前に眠ったなら、その後は次の夜まで飲食と性交が禁じられていた。ウマルはある時、イシャーゥの礼拝の後に妻の許に行き、その後グスル(全身洗浄)を行い、自分の行いを責め、泣き出した。そして、預言者の許に行き、許しを乞うた。すると男たちは立ち上がって、自分たちもイシャーゥの後に性交をしたことを認めた。そのことに関してこの節は下されたのである。

『おまえたちに戻り顧み』おまえたちの悔い改めより先に。

『それゆえ、今は』それでおまえたちには許可された。

『彼女らと交わり』彼女らと性交し。

『アッラーがおまえたちに書き留め給うたもの』許可し給うた性交、あるいはアッラーが定め給う子供。

『望め』求めよ。 

『黎明』つまり、真の黎明(明け方前の夜明けの兆しの「偽の黎明」の対義語)であり、白糸の説明である。黒糸の説明は省略されているが、夜のことである。明るくなった白色と、それにつながる夜陰とを長く伸びた白糸と黒糸とに喩えている。

『はっきりするまで』明らかになるまで。

サフル・ブン・サアドによると、『そして、おまえたちに白糸と黒糸がはっきりする時まで食べて飲め』という啓示が下され、『黎明で』という言葉はなかった。すると、斎戒をするつもりの男たちの一人が足に白糸と黒糸を結び、それが見えるようになるまで食べやめなかった。そこで、『黎明で』という言葉が前の言葉に続いて下された。それで人々は白糸と黒糸が夜と昼を意味するものであると知った。また、アディ・ブン・ハーティムは言った、「この節が下された時、私は黒いイカール(繋ぎ紐)と白いイカールを枕の下に置き、夜中にそれを見始めたが、はっきり見えるようにはならなかった。そこで、急いでアッラーの御使いの所に行って、それを告げると、『それは夜の黒と昼の白のことだ』と言われた」。

『食べて飲め』スィルマ・ブン・カィスは斎戒しながら自分の土地で働いた。夕方になって家に帰ると、「食べ物があるか」と尋ねた。すると、妻は「いいえ」と言って、彼に食事を作り始めた。すると疲れたスィルマは眠ってしまった。妻が彼を起こしたが、彼はアッラーを恐れ、食事をすることを嫌った。それから斎戒をしたまま朝となり、骨を折って働いた。昼が半日も過ぎない前に彼は気を失い、意識が戻ると預言者の許に行き、起こったことを告げた。するとこの節が下された。

『夜まで』つまり日が沈んで夜になるまで。

『斎戒を全うせよ』黎明から。

アッラーは夜を斎戒の終結とし給い、2日続けて斎戒を解かないことはスンナによって禁じられる。

『モスクに…』『御籠りをしている』にかかる。御籠りをしていたのに抜け出して妻と交わって戻ってきた者に対する禁止である。

『御籠りをしている』モスクでの御籠りの意図をもって宿泊する。

『彼女らと』おまえたちの妻たちと。

『これが』上述の諸規定が。

『アッラーの定め』彼がそのしもべに対してその線を越えないように定め給うた。

『それに近づいてはならない』他の節の表現の「それを超えてはならない」より強い修辞法である。

『こうして』既述の通り、おまえたちに明らかにしたように。

『畏れ身を守るであろう』彼の禁忌を。

おまえたちの財産を互いの間で虚偽によって貪ってはならない。また、それを裁判官に持ち込み、わかっていながら人の財産の断片を罪によって貪ってはならない。(2:188)

『おまえたちの財産を互いの間で…貪ってはならない』おまえたちの一部の者が他の者の財産を貪ってはならない。

『虚偽によって』窃盗や押領などによって。

賭け事、酒の売買、賄賂、偽りの証言などによっても同様。

『また…持ち込み』また…持ち込んではならない。つまり、差し出してはならない。

『それを』その訴えを、あるいは賄賂としてその金品を。

自分の方が間違っていると知っていながら財産上の争いを裁判に持ち込み、裁判官を抱き込んで真理を曲げ、虚偽を通そうとしてはならない。

『わかっていながら』おまえたちが誤っていると。

『断片を』一部を。

『罪によって』罪を犯しながら。

月々について彼らはおまえに尋ねる。言ってやれ、「それは人々のため、そして大巡礼のための諸時節である」。敬虔とは、家に裏口から入ることではない。敬虔とは、畏れ身を守る者である。家には戸口から入り、アッラーを畏れ身を守れ。きっとおまえたちは成功するであろう。(2:189)

『月々について』月(新月)の複数形。それは一時、姿を見せず、光満つ満月になるまで膨らみつづけ、その後現れたように戻っていく。それは太陽のように一つの姿に留まらない。

アンサール(マディーナで預言者を迎え支援した者たち)のうちの二人、ムアーズ・ブン・ジャバルとサアラバ・ブン・ガニームが預言者に「アッラーの御使いよ、新月はわずかなものとして始まり、それから光いっぱいに満ちるまで増え、次いで減り続け、最初のようにわずかなものに戻り、一定の状態ではないが、これはどういうことですか」と尋ねたのに対して啓示された。

「新月(hilāl)」は、それを見つけた者はズィクル(唱念)に声を上げるためそのように名づけられた。「’ihlāl」とは声を上げることだからである。

『おまえに尋ねる』ムハンマドよ。

『言ってやれ』彼らに。

『人々のため』人々がそれによって農業や商売や、妻の(生理や出産の)日数、斎戒や斎戒開けなどを知るために。

この回答は、質問の意図とは異なる回答である。人々は月の満ち欠けの原因を尋ねたが、回答はそれには答えずにその益について解き明かし、それこそ本来彼らが尋ねるべき問いであることを知らしめている。なぜなら、その解き明かしこそがアッラーの使徒の任務であり、満ち欠けの原因は、義務を賦課された者が知らなくてもよい幽玄界の事象であるからである。

『そして大巡礼のための』「人々(のため)」に接続する。つまり、それによってその時期を知るため。なぜなら、もし一つの姿のままであればそれが分からない。

『諸時節』「時節」の複数形。

『家に裏口から入ることではない』イフラーム(巡礼の禁忌の状態)において、壁に穴を開け、戸口からではなく、そこから出入りすること。彼らはそのようにして、それが敬虔な行為であると主張していた。

ウムラ(小巡礼)か巡礼(大巡礼)のイフラーム(禁忌の状態)に入った者は、彼と空の間を遮るものが許されなかったため、煉瓦造りの家の者であれば家の裏に穴を開け、そこから入るか、ハシゴを使って上った。また、テント住まいの者はテントの裏から出入りし、入り口から入らなかった。用事があって家に入る時には石作りの扉の天井が自分と空との間を遮ることを恐れて、裏の塀の一部を崩して穴をあけ、庭に立って用件を済ませた。

『敬虔とは』つまり、敬虔な者とは。

『畏れ身を守る』アッラーに背く行いを慎むことによって、アッラーを畏れ身を守る。

『家には戸口から入り』イフラーム(巡礼の禁忌)中も、その他の時と同じく。
『成功するであろう』勝ち取るであろう。

アッラーの道においておまえたちと戦う者と戦え。だが、法を越えてはならない。まことにアッラーは法を越える者を愛し給わない。(2:190)

フダイビーヤの地での休戦協定の年、預言者が(不信仰者によって巡礼のための)カアバ聖殿入りを妨げられた時に啓示された。預言者は、マッカには翌年出直し3日間彼にマッカを開け放すとの条件で不信仰者と休戦協定を結んだ。そこで彼が協定成就によるウムラ(小巡礼)の準備をしていると、ムスリムたちはクライシュ族が協定を破り、彼らのウムラを妨害し、戦いとなるのではと恐れ、聖月に聖地で聖なる状態で戦うことになるのを嫌ったのである。

『アッラーの道において』アッラーの宗教の地位を高めるために。

「道(sabil)」は宗教を譬えたものである。宗教はアッラーに至る道なのである。

『おまえたちと戦う者と』不信仰者のうち。

『法を越えてはならない』最初に戦闘を仕掛けることで、彼らに対し。

『法を越える者』彼らの定められた限度を超える者。この規定は、第9章の節(第5節、所謂「剣の節」)によって、あるいは次の節によって破棄された。

彼らを見つけ次第、殺せ。彼らがおまえたちを追い出したところから彼らを追い出せ。フィトナ(悪の誘い)は殺害より一層深刻である。聖モスクでは彼らがそこでおまえたちに戦いをしかけるまでは彼らと戦ってはならない。彼らがおまえたちと戦うなら、彼らを殺せ。不信仰者の報いはこのようなものである。(2:191)

『彼らを見つけ次第』彼らを目にしたところで。

『彼らがおまえたちを追い出したところから』つまり、マッカから。

『彼らを追い出せ』実際、預言者ムハンマドはマッカ征服の年に彼らをそのようにした。

マッカ開城の際にムスリムとならなかった者は殺されるか追放された。

『フィトナ(悪の誘い)は』彼らの多神崇拝は。

『殺害より』おまえたちが重大視する聖域内での、あるいはイフラーム(巡礼の禁忌)中の彼ら(不信仰者)の殺害より。

『一層深刻である』より重大である。

なぜなら、シルク(多神教)は人を永遠の獄火に至らせるが、殺人はそうではないからである。

『聖モスクでは』つまり、(マッカの)聖域内では。

『彼らがおまえたちと戦うなら』そこ(聖域)で。

『彼らを殺せ』そこ(聖域)であっても。
(この節の)3つの動詞(第2語根を長母音の「a」で読む動詞派生形第3形:「yuqātilū(…戦いをしかける)」「lā tuqātilū(…戦ってはならない)」「qātalū(…戦うなら)」)は、別の読誦法では、長母音のない動詞原形で読む(「yaqtulū(殺す)」「la taqtulū(殺してはならない)」「qatalū(殺すなら)」)。

『このようなもの』殺害と追放。

彼らが止めたなら、まことにアッラーはよく赦す慈悲深い御方。(2:192)

『彼らが止めたなら』不信仰をやめ、イスラームに入信すれば。

『よく赦す』彼らを。

『慈悲深い御方』彼らに。

フィトナがなくなり、宗教がアッラーに帰されるまで彼らと戦え。彼らが止めたなら、不正をなす者以外には敵対はない。(2:193)

『フィトナ』多神崇拝。

『なくなり』存在しなくなり。

『宗教』崇拝。

『アッラーに帰されるまで』アッラーのみに帰されるまで。彼以外の何ものも崇拝されなくなるまで。

聖月であっても、また、彼らの方からおまえたちに戦いをしかけてきたのでなくても戦え。

『彼らが止めたなら』もし多神崇拝をやめたなら、彼らを攻撃してはならない。そのことは次の句が示している。

『不正をなす者以外には敵対はない』(多神崇拝を)やめた者はもはや不正な者ではないので、彼らに敵対することは(あってはなら)ない。

この文は形は否定の叙述文であるが意味は禁止である。

聖月には聖月を。聖なる諸物には同害報復である。おまえたちに対して法を越える者には、彼がおまえたちに対して法を越えたのと同じものをもって法を越えよ。アッラーを畏れ身を守り、アッラーが畏れ身を守る者と共におられることを知れ。(2:194)

『聖月には』禁じられた月に対しては。

禁じられた月とは、戦闘を禁じられた月。

『…聖月を』その月に彼らがおまえたちに戦いを仕掛けたように、同様な時に彼らに戦いをしかけよ。ムスリムたちのそれ(聖月)の重大視に対する応答である。

『聖月には』とはヒジュラ暦6年のズー・アル=カアダ月のことで、『聖月を』とは7年のズー・アル=カアダ月のことである。

多神教徒はフダイビーヤの年(ヒジュラ暦6年)のズー・アル=カアダ月(11月)にムスリムに戦いを仕掛けた。(翌年の)同じくズー・アル=カアダ月にムスリムがカダー(前年に果せなかった小巡礼の償い)の小巡礼に出掛けた際、聖なる月に戦うことを嫌う彼らに向かってこの言葉は言われた、「この聖月はあの聖月に対するもので、その侵犯はその侵犯に対するものだ。それゆえ、それは気にするな」。

『聖なる諸物』「聖なるもの」の複数形。尊重すべきもの。

『同害報復である』それが侵害された場合には、同等なものをもって報復する。

『おまえたちに対して法を越える者には』聖域内での、あるいはイフラーム(巡礼の禁忌)にあるときの、あるいは聖月の戦闘によって。

『彼がおまえたちに対して法を越えたのと同じものをもって法を越えよ』外見上はそれ(ムスリム側の戦闘行為)が相手側のそれ(戦闘行為)と似ているので対比して「法を超える」との表現を使っている。

『アッラーを畏れ身を守り』勝利において、また法を越えないことにおいて。

同害報復が許されたことにおいて。というのも、自我は復讐において行き過ぎる傾向があるため、それを彼らに警告し、「アッラーを畏れ身を守れ」と仰せられたのである。

『共におられる』援助と加勢によって。

また、アッラーの道において費やせ。自分たちの手をもって破滅に投じてはならない。そして、善を尽くせ。まことにアッラーは善を尽くす者を愛し給う。(2:195)

『アッラーの道』彼への服従行為。ジハードやその他。

『自分たちの手をもって』自分たちを。前置詞「…もって(bi)」は虚字。

『破滅』ジハードの戦費を出し惜しんで、あるいはジハードを放棄して自滅すること。なぜなら、それはおまえたちに対して敵方を強化することになるから。

『善を尽くせ』戦費供出などで。

『善を尽くす者を愛し給う』つまり、彼らに報い給う。

大巡礼と小巡礼をアッラーのために完遂せよ。もし、おまえたちが遮られたなら、無理のない犠牲。犠牲が解禁地に届くまでおまえたちの頭を剃ってはならない。おまえたちのうち病気の者や頭に疾患がある者は、代償は、斎戒、または施し、または供儀を。おまえたちが安全な時で、小巡礼を享受して大巡礼に、との者は、無理のない犠牲が。ない者は大巡礼の間に三日間の斎戒、そしておまえたちが戻った後に七日間。それで全部で十日である。これは聖モスクに家族がいない者に対するものである。アッラーを畏れ身を守れ。そして、アッラーが応報に厳しい御方であると知れ。(2:196)

『大巡礼と小巡礼をアッラーのために完遂せよ』両者をそれぞれの諸規定に則って履行せよ。

『アッラーのために』とは、アッラーに従うために、アッラーの偉大さを称えるためにジャーヒリーヤ(無明)の時代に偶像に捧げていた儀礼をアッラーに捧げよ、ということである。

『おまえたちが遮られたなら』敵によってその完遂を妨げられたならば。

『無理のない』容易な。

『犠牲』犠牲がおまえたちに課されて。それは羊である。

『犠牲が』上記の。

『解禁地』その(犠牲の)屠殺が許される場。アル=シャーフィイーの見解では、それは遮られた地点であり、そこで(大巡礼、小巡礼の禁忌の)解禁の意図をもって屠殺を行い、それ(肉)を貧者たちに分配し、髪を剃り、それによって解禁となる。

『頭を剃ってはならない』つまり解禁してはならない。

『頭に疾患がある者は』虱がいたり、頭痛がしたりする者は。イフラーム中に剃髪する。

『代償は』彼に課される(代償は)。

『斎戒』3日間の。

『施し』その土地の主食の3サーウ分(1サーウは2.75リットル)を6人の貧者に。

『または供儀を』つまり、羊の屠殺を。「または」は二者択一を表す。正当な理由なく髪を剃った者もこれに準ずる。なぜなら、その方が償いをするに一層相応しいからである。また正当な理由の有無にかかわらず、剃髪以外で、香や(禁じられた)衣装や油をつけた者も同様である。

その他、爪を切ること、接吻、2回目の性交、ウムラ(小巡礼)のイフラームを解いた後、巡礼(大巡礼)のイフラームを解くまでの間の性交の合計8つの行為に犠牲は課される。

『おまえたちが安全な時で』敵が去ったか、最初から居なかったかで。

『小巡礼を』つまり、彼がウムラ(小巡礼)を終えることによって、ウムラの禁止事項を。

『享受して』楽しんで。

「タマットゥ(ウムラ終了後に禁忌の解除を享受し、その後に再度禁忌状態となって巡礼を行う方法)」の条件は4つである。第1は、この節で後述する「これは…」の「聖域から2マルハラ(1マルハラは徒歩で12時間の距離)の距離内に住んでいない者」であること、第2は、ここで述べたこと(犠牲、または斎戒)、第3は、同じ年のズー・アル=ヒッジャ月(12月)にウムラと巡礼を行うこと、第4は、巡礼のイフラームのためにミーカート(巡礼起点)まで戻らないこと、である。

『大巡礼に』その(巡礼の)イフラーム(禁忌状態)へ。その(巡礼の)月々の間にその(ウムラの)イフラームに入ることによって。

『無理のない』容易な。

『犠牲』犠牲がおまえたちに課されている。それは羊である。その(巡礼の)イフラームに入った後でそれを屠殺するが、最善なのは「屠殺の日」(に行うこと)。

『ない者は』供犠がない者は。それを失ったか、それを買う金を失ったかで。

『大巡礼の間に』そのためのイフラームの状態で。そのためにはズー・アル=ヒッジャ月の7日の前にイフラームに入る義務がある。「アラファの日」に斎戒することになるのを忌避して6日より前にするのがより良い。また、アル=シャーフィイーの二つの見解のうちのより正しい方によると、「タシュリーク(日干し)の日々(犠牲祭の後の3日間)」にはその斎戒は許されていない。

巡礼のためのイフラームを7日より早めることが義務である、との見解は根拠薄弱である。(アル=ナワウィー[676/1277年没]著)『アル=ラウダ』の中でアル=ハナーティーによってそう伝える。また、大多数もこれに異を唱えている。

『おまえたちが戻った後に七日間』マッカであれ、他の場所であれ、おまえたちの家に戻った後で。巡礼の諸儀礼をおまえたちが済ませた後で、ということだとも言われる。ここで人称が三人称から(二人称に)転換している。

『それで全部で十日である』この文は前文の強調である。

『これは』「(巡礼前にウムラの禁止事項を)享受した者」に対する供犠か斎戒の義務についての上記の規定は。

『聖モスクに家族がいない者』アル=シャーフィイーの学説では、マッカから2マルハラ(1マルハラは12時間の行程)以内に彼ら(彼の家族)が住んでいないということ。もしそうであれば(家族が住んでいれば)、たとえ(巡礼前にウムラ禁止事項を)享受しようとも彼には犠牲の血も斎戒も課されない。「家族」と言っているのは、その地に定住していることが条件であることを教示している。それゆえ、たとえ巡礼月の前から逗留していても、その地に定住していないのに(それを)享受したのなら、彼にはそれ(供犠か斎戒)が課される。これはアル=シャーフィイーの二つの説の一つで、もう一つの説では、課されない。「家族」は「本人」の側写である。

スンナにより、「結合者」も上記の規定において「享受者」に準ずる。「結合者」とは、ウムラと巡礼のためのイフラームを同時に行い、周礼の前にウムラのままで巡礼に入る者である。

『家族(’ahl)』とは、父や兄弟は含まず、彼の庇護下にいる妻と子供たちである。

『アッラーを畏れ身を守れ』彼がおまえたちに命じ、また禁じたことにおいて。
『アッラーが応報に厳しい御方である』彼に背く者には。


転載:「ジャラーラインのクルアーン注釈」
中田香織 訳
中田 考 監訳
日本サウディアラビア協会出版



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2005年 アラブ イスラーム学院