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【第2章 雌牛】
(2:164〜2:174)
 

まことに、諸天と地の創造、夜昼の交替、人に役立つものと共に海を行く船、アッラーが空から降らせ、それによって死んだ大地を生き返らせ、その中であらゆる動物を拡げさせ給う雨水、風向きの変更、空と地の間を駆使させられる雲のうちには思考する者への印がある。(2:164)

彼ら(クライシュ族の不信仰者)はそれ(アッラーの唯一性)に対する印を求めた。そこでこの節が啓示された。

クライシュ族の多神教徒はカアバの周りに360体の偶像を持っていた。『彼のほかに神はない』という言葉を聞いた時、彼らは驚き、「おまえが本当のことを言っているのなら、その証拠を見せよ」と言った。そこで、『まことに、諸天と地の創造…』が下された。

『諸天と地』および、その間にある幾多の驚異。

天の方が複数になっているのは、天にはいくつもの層があり、それぞれ質が異なるためで、大地はすべて土からなっているためである。天にある印とは、柱も掛け具もなしに高く青天井が掲げられていること、太陽、月、星などで、大地の印は水の上に広がり、山や川や海があり、鉱物や宝石があり、木や実りがあることである。

『夜昼の交替』行っては来ること、伸びては短くなることによる。

夜と昼が入れ替わり、時期や場所によって長くなったり短くなったり、明るくなったり暗くなったり、昼は糧を得るために働き、夜は休息のために休むことである。夜が昼に先行しているのは、夜の方が先だからである。

『人に役立つもの』貿易と輸送。

商売のための商品を乗せることである。船に乗る者の心をアッラーが強くし給わなければ、商品を運ぶ目的は果たせなかったであろう。

『海を行く』そして重荷を積んでも沈まない。

『船』船舶。

『死んだ』枯れ果てた。

『大地を生き返らせ』植物によって。

『あらゆる動物を』なぜならそれ(水)によって生えた植物によって育つから。

『拡げさせ給う』分け、それ(水)によって拡散させ給う。

人類の祖はアーダムひとりである。彼から形、色、言語、性質、特徴の異なる人間が世界に広がった。動物もまた、大地の糧を食べながら広がった。

『雨水』雨。

『風向きの変更』南風、北風、熱風、寒風の風の変化。

風は目に見えないが、時に木を倒し、岩を動かし、植物を台なしにする力を持つ。また、風が止まってしまえば、生き物は死んでしまう。

『空と地の間を』掛け具なしに。

『駆使させられる』至高なるアッラーの御命令によって御し易くされ、その御望みのままに動く。

『雲』浮雲。

大量の水を含みながら、なんの支えもなしに空と地の間に留まり、アッラーの命令に従って、どこにでも向かうことである。

『思考する者への』熟考する者への。

『印』至高者の唯一性を示す証拠。

だが、人々の中にはアッラーをさしおいていくつもの共同者を奉り、アッラーを愛するようにそれらを愛する者がいる。信仰する者たちは一層激しくアッラーを愛する。もしおまえが不正をなす者たちを、彼らが懲罰を見る時に見るならば。力はすべてアッラーに属し、アッラーが懲罰に厳しい御方なのである。(2:165)
ハフス&アースィム版:だが、人々の中にはアッラーをさしおいていくつもの共同者を奉り、アッラーを愛するようにそれらを愛する者がいる。信仰する者たちは一層激しくアッラーを愛する。不正をなす者たちが懲罰を見る時、力はすべてアッラーに属し、アッラーが懲罰に厳しい御方であることを知りさえすれば。(2:165)

『アッラーをさしおいて』アッラー以外に。

『いくつもの共同者を』いくつもの偶像を。

『アッラーを愛するように』彼らのアッラーへの愛と同じく。

『それらを愛する』崇敬と謙譲によって。

『信仰する者たちは一層激しくアッラーを愛する』なぜなら、彼らの愛はいかなる状況下でもアッラーから逸れることはないが、多神教徒は苦難に会うと(偶像から逸れて)アッラーに向かうからである。

『もしおまえが』ムハンマドよ。

『不正をなす』偶像を奉ることで。

『彼らが懲罰を見る…』能動態で「yarawna」と読む読誦法と受動態で「yurawna」と読む読誦法がある。意味はそれぞれ「目にする」「目にさせられる」。

『…時に』『時に(’idh)』は「もし…場合(’idhā)」の意味。

『見るならば』目にしたならば。おまえは大いなることを見たであろう。

『力』権力と支配権。

『すべて』状態の副詞的修飾句。

『力はすべてアッラーに属し、アッラーが懲罰に厳しい御方なのである』…御方であるためである。『…なのである(’anna)』は「li-’anna(…ためである)」の意。

『もしおまえが…見るならば』『おまえが見る(tarā)』を別の読誦法で、下に点を打ち「yarā(彼が見る)」と読んだ場合、主語は三人称男性の代名詞である。また、『不正をなす者たち』であるとも言われるが、その場合、(「彼が見る」とは)「彼が知る」の意味で、『…属すること』とその後の文(『…御方であること』)が二つの目的語になる。条件節「もし…ならば」の帰結節は省略されている。この場合の意味は、「もし彼ら(不正をなす者たち)が現世で、アッラーの懲罰の厳しさを知り、彼らがアッラーに直面する時、つまり復活の日には権力がアッラーただおひとりに属することを知ったならば、アッラーをさしおいて偶像を崇拝するようなことはしなかったであろう」となる(監訳者注:ハフス&アースィム版クルアーンはこの読誦法を採る)。

その時、従われた者たちは従った者たちとの関係を否定した。彼らは懲罰を目にしたのであり、彼らとの絆は断たれた。(2:166)

『その時』前(第165)節の『…見る時に』の言い換え。

『従われた者たち』指導者たち。

『関係を否定した』つまり、彼らを迷わせたことを否認した。

『…のであり』すでに。

『彼らとの』彼らからの。

『絆は』現世で彼らの間にあった血縁や愛情などの繋がりは。

『断たれた』『関係を否定した』につながる。

リーダー格の者たちは、現世で自分たちが呼びかけていたこと、つまり自分たちが彼らを呼び招いていた不信仰と迷いが虚偽であることを認め、彼らと交わることから身を引き、彼らに呪いを向けることによって彼らとの関係を否定するのである。それはちょうど、シャイターンが『われはおまえたちが以前われを同位者として崇めたことを否定する』(第14章[イブラーヒーム]22節)と言うのと同じである。

そこで従った者たちは言う、「もし、われらに繰り返しがあるならば、彼らがわれらとの関係を否定したように、われらも彼らとの関係を否定しただろうに」。こうしてアッラーは彼らに、彼らの行いを彼らにとっての痛恨として見せ給う。そして、彼らは獄火から逃れ出る者ではない。(2:167)

『繰り返し』現世に戻ること。

『彼らがわれらとの関係を否定したように』今日この日(復活の日)。

『彼らとの関係を』つまり、その追従者たちとの関係を。

『否定しただろうに』「もし(law)」は願望の辞詞。「否定しただろうに」はその帰結節。

『こうして』つまり、アッラーが彼らにその懲罰の厳しさを見せ給い、彼らが互いに互いとの関係を否定しあうように。

『彼らの行いを』彼らの悪行を。

『痛恨として』悔恨事として。状態の副詞的修飾句。

『彼らは獄火から逃れ出る者ではない』そこに入った後で。

人々よ、地にあるものから許された良いものを食べよ。シャイターンの歩みに従ってはならない。まことに彼はおまえたちにとって明白な敵である。(2:168)

放牧家畜等を禁じた者に関して啓示された。

『許された』状態の副詞的修飾句。

つまり、「地にあるものからそれが許されたという状態にあれば食べよ」の意味。

『良い(もの)』強調の属性。つまり、美味しい。

食べ物とはイスラーム法上食用を認められた食べ物で、それには、体の維持に必要な義務の食べ物、客とともに食べる望ましい食べ物、その他の食べても構わない食べ物がある。

『シャイターンの』その粉飾の。

『歩みに』道に。

『明白な』敵意の露な。

見る目を持った者には敵であることが明らかであるが、惑わされた者には彼は友と見える。

おまえたちに悪事と堕落を命じ、アッラーについておまえたちが知りもしないことを口にさせる。(2:169)

『悪事』罪悪。

『堕落』聖法に照らして醜悪な行為。

『おまえたちが知りもしないこと』禁じられていないものを禁ずるなど。

シャイターンが悪を命じるとわれわれが見るのは、われわれの思い込みで、本当の行為者はアッラーである。ただ、悪への誘いはシャイターンの口を通し、善への誘いは天使の口を通してなされるだけのことである。

彼らは、「アッラーが下し給うたものに従え」と言われると、「いや、われらはわれらの父祖が従っていたと思うものに従う」と言う。彼らの父祖がなにも理解せず、導かれていなかったとしてもか。(2:170)

『彼らは』不信仰者たちは。

『アッラーが下し給うたもの』タウヒード(神を一つとすること)や良きものの許可。

『いや…』「否。いや、…」

『従っていたと思う…』従っていたのを見た。

『…もの(に従う)』偶像の崇拝や、サーイバやバヒーラの禁止。

サーイバ(偶像に捧げられ、荷を負うことを免じられた雌ラクダ)、ワスィーラ(初産で雌を生み、続けて雌を生んだために偶像に捧げられた雌ラクダ)、バヒーラ(乳が偶像に捧げられ、人間はそれを飲むことが禁じられた雌ラクダ)、ハーミー(何度も打たれ後、偶像に捧げられ、荷を負うことを免じられた雄ラクダ)など、特定のものを食べることを禁じた者たちについて下された。

『なにも理解せず』物事について。

『導かれて』真理に。

『…してもか』…しても、彼ら(父祖たち)に従うのか。「か」は非難の意味の疑問詞。

信仰を拒む者の譬えは、ちょうど呼び声と叫び声しか聞き取れない者に叫ぶ者のようなもの。聾で唖で盲で、彼らは理解することができない。(2:171)

『信仰を拒む者の』と彼らを信仰へ誘う者の。

『譬えは』様子は。

『呼び声と叫び声』つまり、音声。

『…しか聞き取れない』その意味を理解しない。つまり、彼らは訓戒を聞くがその意味を考えず、それはちょうど、牧人の呼び声を聞くが理解しない動物のようなものである、ということである。

『叫ぶ者』声をあげる者。

『聾で唖で盲で』彼らは。

真理を聞く耳を持たず、真理を語る口を持たず、真理を見分ける目を持たない。

『彼らは理解することができない』訓戒を。

この節の譬えの意味については、(1)不信仰者が偶像に祈願する様を、羊を呼ぶ牧童に譬えている、(2)預言者の布教をうけた不信仰者を牧童に呼ばれた羊に譬えている、(3)不信仰者に布教する者を羊を呼ぶ牧童に譬えている、(4)宣教者と不信仰者を牧童と羊に譬えている、の4つの解釈がある。

信じる者たちよ、われらがおまえたちに糧と与えたものから良いものを食べ、アッラーに感謝せよ。もしおまえたちが彼に仕えるのであれば。(2:172)

『良いものを』許されたものを。

『アッラーに感謝せよ』おまえたちに許したものに対して。

彼がおまえたちに禁じ給うたのは、死肉、血、豚の肉、そしてアッラー以外のものに捧げられたものだけである。反逆的でなく、無法者でもなく余儀なくされた者には罪はない。まことにアッラーはよく赦す慈悲深い御方。(2:173)

『死肉』つまり、(禁じられるのは)その食用。なぜなら、それ(食べること)についての話だからである。その後のものも同様。死肉とは聖法に則って屠殺されたものでないもの。生きている動物から切り離されたものも、スンナによってそれ(禁じられたもの)に加えられる。魚とイナゴはその特例とされる。

「生きた動物から切断されたものは死肉である」(アブー・ダーウード、アル=ティルミズィーの伝える伝承)。

「われらには、二つの死肉と二つの血のもの、魚とイナゴ、肝臓と脾臓が許された」(イブン・マージャ、アル=ハーキムの伝える伝承)。

『血』つまり、第6章[家畜]にあるように、流れる血。

『豚の肉』肉が指示対象の大部分であるため特記されている。それ(肉)以外はそれに準ずる。

『アッラー以外のものに捧げられたもの』つまり、アッラー以外の名によって屠殺されたもの。「捧げる」とは声をあげることで、かれらは屠殺の際に彼らの神々に向けて声をあげていた。

アッラーが禁じ給うたのはこれら4つのみで、バヒーラその他は禁じられてはいない。その他で禁じられたものに関しては第5章[食卓]の始めに言及がある。

『反逆的でなく』ムスリムたちに対して反乱を起こすためでなく。

『無法者でもなく』強盗としてムスリムを襲撃するためでもなく。

反逆者と無法者は除外されたが、逃亡奴隷や盗賊など、すべての悪事の道中にあるものがこれに含まれる。これらの者は悔悟しない限り、そのうちのなにも食べてはならない。アル=シャーフィイーはこの見解を取る。

『余儀なくされた者』上述のもののうち何かを食べねばならないやむを得ない事情があった者。

『罪はない』それを食べることに。

『まことにアッラーはよく赦す』彼(アッラー)の友たち(’awliyā’)を。

『慈悲深い御方』彼に服従する者に。なぜなら、彼は彼らにその余地(禁じられたものの食用の免責)を与え給うたから。

アッラーが下した啓典を隠し、それでわずかな代価を買い取る者、それらの者が腹の中に食べるのは火だけである。復活の日、アッラーは彼らに言葉を掛け給わず、彼らを清め給うこともない。彼らには痛烈な懲罰がある。(2:174)

『アッラーが下した啓典を隠し』ムハンマドの描写を含む啓典を隠し。

『それでわずかな代価を買い取る者』それ(隠蔽)と引き換えに現世の僅かな代価を大衆から巻き上げ、それを失うことを恐れて、それ(ムハンマドの描写)を明らかにしない。これはユダヤ教徒のことである。

この節は、ユダヤ教の学者について下された。庶民から金品を受け取っていた学者たちは、預言者が自分たちのうちから遣わされることを期待していたが、そうでないムハンマドが遣わされると、自分たちの立場と金品を失うことを恐れ、預言者の特徴を意図的に隠したのである。

『火だけである』なぜならそれがその報いだから。

『アッラーは彼らに言葉を掛け給わず』彼らに対する御怒りから。

『清め給うこともない』罪の穢れから浄められることもない。

『痛烈な懲罰』苦痛な懲罰、つまり獄火。

それらの者は導きに代えて迷いを、そして赦しに代えて懲罰を買い取った者である。なにが彼らに獄火を耐えさせるのか。(2:175)

『それらの者は導きに代えて迷いを…買い取った』導きと引き換えに迷いを現世で選び取った。

『赦し』もし隠蔽しなければ来世で彼らに用意されていた赦し。

『なにが彼らに獄火を耐えさせるのか』つまり、彼らの忍耐のいかに強いことか。彼らは無頓着にその(獄火)の原因となる罪を犯したが、彼らにいかなる忍耐があろうか、と信仰者に驚きを促している。

それは、アッラーが真理と共に啓典を下し給うたからである。啓典について分裂する者たちはばらばらに遠く離れている。(2:176)

『それは』彼らが火を食らうことや、その後のことなど(前節に)述べられたことは。

『真理と共に』『下し給うた』にかかっている。その後、その一部を信じ、その一部を隠蔽して拒否し、それについて分裂した。

『…からである』…ことが理由である。

『啓典について分裂する者たち』啓典(律法の書)について、それ(一部を信じ一部を隠蔽し拒否すること)によって分裂する者たち。それはユダヤ教徒である。ただし、これは多神教徒であり、クルアーンについてであるとも言われる。なぜなら、ムハンマドのことを彼らのある者は詩人、ある者は魔術師、ある者は占い師などと呼んだからである。

『遠く』真理から遠く。

『離れている』相違している。


転載:「ジャラーラインのクルアーン注釈」
中田香織 訳
中田 考 監訳
日本サウディアラビア協会出版



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2005年 アラブ イスラーム学院