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【第10章 ユーヌス】
(10:43〜10:70)
 

また、彼らの中にはおまえの方を眺める者がある。だが、おまえに盲人を導けようか、もし、彼らが見ることができないのであれば。(10:43)

『また、彼らの中にはおまえの方を眺める者がある。だが、おまえに盲人を導けようか。もし、彼らが見ることができないのであれば』 彼らを導きのない点で彼ら(盲人)に譬えている。いや、それよりも深刻である。『目が盲いているのではなく、胸の中にある心が盲いているのである』(第22章[巡礼]46節)。

まことにアッラーはわずかも人々に不正をなし給わない。だが、人々が自分自身に不正をなすのである。(10:44)

『まことにアッラーはわずかも人々に不正をなし給わない』彼が彼らの感覚や知覚を奪い給うたのではなく、人間が自らそれらを損ない、その益を失うことにより自分自身に対して不正を働くのである。

彼が彼らを、昼間の一刻しか留まらなかったかのように集め給う日、彼らは互いを認め合う。アッラーとの会見を否定した者たちは損失した。彼らは導かれた者ではなかったのである。(10:45)

『昼間の一刻しか』 目にしたものの恐怖ゆえに。

『留まらなかった』 現世に、あるいは、墓に。

『・・・かのように』 『・・・かのように(ka-‘an)』は「彼らは・・・かのようであり(ka-‘anna-hum)」の意。この比喩の句は代名詞(「彼らを」)の状態の副詞的修飾句。

『互いを認め合う』 復活した時には、互いに認める。だが、それから激しい恐怖ゆえにその認知は絶える。(「彼ら」にかかる)潜在的な状態の副詞的修飾句、あるいは(省略された)時の副詞(彼らが集められた時)にかかる(al=Hāshiyah al=Sāwī, vol.2, p.190)。

『アッラーとの会見を』 甦りを。

もしもわれらがおまえに、われらが彼らに約束するものの一部を見せたとすれば。あるいは、おまえを召し上げたとしても、われらの許に彼らの帰り処はあるのである。それから、アッラーは彼らのなすことの証人であらせられる。(10:46)

『もしも』 『もしも(‘ immā)』は、条件詞の「‘in(もし)」の「nūn」が虚字の「mā」に吸収・同化したもの。

『われらが彼らに約束するもの』 懲罰で。

『・・・の一部を見せたとすれば』 おまえの生きている間に。条件節の帰結節は省略されている。つまり、「・・・見せたとすれば、そうすればそれである」。

もしわれらが、われらが彼らに約束するものの一部を現世で先に見せたとすれば、そうすればそれが意図するところである、あるいは、そうすればそれは明白になる。

『おまえを召し上げたとしても』 彼らに懲罰を与える前に。

『アッラーは彼らのなすこと』 彼らの否定、不信仰など。

『証人であらせられる』 見ておられる。そして、彼らを最も厳しい懲罰で罰し給う。

どの共同体にも使徒がいる。それゆえ、彼らの使徒がやって来た時には彼らの間は公正に裁かれ、彼らは不正を蒙ることはない。(10:47)

『どの共同体にも』 諸々の共同体のうち。

『彼らの使徒がやって来た時には』 彼らの許に。すると彼らは彼を嘘だと否定した。

『公正に』 公平に。

『裁かれ』 彼らは懲罰を受け、使徒と彼を真実と認めた者は救われる。

『彼らは不正を蒙ることはない』 罪もなく罰せられることによって。このようにわれらはこれらの者に行う。

彼らは言う、「その約束はいつか。もしおまえたちが真実を語る者であるのなら」。(10:48)

『その約束は』 懲罰の。

『もしおまえたちが真実を語る者であるのなら』 そのことにおいて。

言え、「私は自分に対し害も益も齎さない。アッラーが御望みの場合を除いて。どの共同体にも期限があり、彼らの期限がやって来た時には、彼らは一刻とて遅らせることはなく、また、先んずることもない」。(10:49)

『私は自分に対し害も益も齎さない』 害を取り除くことも、益を得ることもできない。

『アッラーが御望みの場合を除いて』 彼が私にそれを可能となし給うた場合は除いて。どうして私がおまえたちに対し懲罰を(先んじて)下すことができようか。

『どの共同体にも期限があり』 破滅に定められた期間。

『彼らは一刻とて遅らせることはなく』 それを遅らすことはなく。

『また、先んずることもない』 それに先回りすることもできない。

言え、「告げて見せよ。彼の懲罰が夜間に、または日中におまえたちの許に来た時に、罪人たちはそのうち何を急くのか」。(10:50)

『告げて見せよ』 私に告げよ。

『彼の懲罰が』 つまり、アッラーの。

『夜間に』 夜中に。

『罪人たちは』 多神教徒たちは。代名詞の場所に実名詞が置かれている。

『そのうち』 懲罰のうち。

『何を』 どんなものを。

『急くのか』 疑問文は条件節の帰結節である。「もし私がおまえの許に来たら、おまえは私に何をくれるのか」というのと同じである。その意味は脅しである。つまり、彼らが急いているもののなんと恐ろしいものか。

それから、それが起こった時になって、おまえたちはそれを信じるのか。「今になってか。おまえたちはこれを急いていたのである」。(10:51)

『それが起こった時になって』 おまえたちに降りかかった時。

『おまえたちはそれを信じるのか』 つまり、アッラーを。あるいは、懲罰を、それが下された時になって。疑問詞のハムザ(‘)は遅れたことへの非難である。(その状況下では信仰はもはや)おまえたちから受け入れられない。そして、おまえたちには次のように言われる。

『今になってか』 おまえたちは信じるのか。

『おまえたちはこれを急いていたのである』 嘲笑して(言われる)。

それから不正をなした者たちに向かって言われる、「永遠の懲罰を味わえ。おまえたちが稼いだもののほかにおまえたちが報いられるものがあるか」。(10:52)

『永遠の懲罰を味わえ』 つまり、おまえたちが永遠にそこに留まる(懲罰を)。

『おまえたちが稼いだもののほかに』 (稼いだものの)報いのほかに。

『おまえたちが報いられるものがあるか』 疑問詞『・・・あるか( hal)』は否定詞「mā(・・・ない)」の意。

彼らはおまえに尋ねる、「それは真実なのか」。言え、「そうだ。私の主に誓って、それは真実である。おまえたちは止めることはできない」。(10:53)

『彼らはおまえに尋ねる』 彼らはおまえに告げるように求める。

『それは真実なのか』 おまえがわれらに約束した懲罰や復活は。

『そうだ』 はい。

『おまえたちは止めることはできない』 懲罰を逃れることはできない。

不正をなした者はだれも地上にあるものがあったとすれば、それによって身を購おうとしたであろう。また、懲罰を目にした時、彼らは密かに悔いた。だが、彼らの間は公正に裁定され、彼らは不正を受けることはない。(10:54)

『不正をなした者』 信仰を拒んだ者。

『地上にあるものが』 すべての財産が。

『それによって身を購おうとしたであろう』 復活の日に、懲罰から。

『懲罰を目にした時、彼らは密かに悔いた』 信仰を退けたことを。彼らの頭目は、彼らが迷わせた弱い者たちが彼らを罵ることを恐れ、彼らに対しそれを隠したのである。

『彼らの間は』 被造物の間は。

『公正に』 公平に。

『彼らは不正を受けることはない』 わずかも。

まことに、アッラーにこそ天と地にあるものは属すのではないか。まことに、アッラーの約束は真実ではないか。だが、彼らの大半は知らない。(10:55)

『アッラーの約束は』 復活と報いの。

『真実ではないか』 確実ではないか。

『彼らの大半は』 つまり、人々は。

『知らない』 そのことを。

彼こそが生かし、そして、死なせ給うのであり、彼の御許にこそおまえたちは帰される。(10:56)

『彼の御許にこそおまえたちは帰される』 来世で。そして、彼はおまえたちの行いに応じておまえたちに報い給う。

人々よ、おまえたちにはすでにおまえたちの主からの訓告がもたらされた。そして、胸中にあるものの癒しと導きと信仰者への慈悲が。(10:57)

『人々よ』 マッカの住民よ。

『訓戒がもたらされた』 啓典が。その中には、おまえたちに有利なものと不利なものがある。それはクルアーンである。

義務能力者に対して益になる良い行いと害になる悪い行いを明らかにして導くことである。

『胸中にあるものの』 虚偽の信条と疑念の。

『癒しと』 薬と。

『導きと』 迷いからの。

『信仰者』 それを信じる。

言え、「アッラーの御恩と御慈悲によって。それによって彼らを喜ばせよ」。それは彼らが蓄積するものよりもよい。(10:58)

『アッラーの御恩と』 イスラームと。

『御慈悲によって』 クルアーンによって。

『それによって』 その御恩と御慈悲によって。

『彼らが蓄積するもの』 現世で。接頭辞を三人称複数の「yā‘」とする読誦法(「彼らが蓄積するもの(yajma‘ūna)」)と二人称複数の「tā‘」とする読誦法(「おまえたちが蓄積するもの(tajma‘ūna)」)がある。

言え、「告げて見せよ、アッラーがおまえたちにどんな糧を下し給うたか。おまえたちはそれから禁じられたものと許されたものを作り出した」。言え、「アッラーがおまえたちに許可し給うたのか。それとも、アッラーについておまえたちは捏造しているのである」。(10:59)

『告げて見せよ』 私に告げよ。

『下し給うたか』 創り給うたか。

『おまえたちはそれから禁じられたものと許されたものを作り出した』 バヒーラ、サーイバ(の使役禁止)のような(第5章103節参照)、また、死肉(の許可)のような。

『アッラーがおまえたちに許可し給うたのか』 それらについて許したり、禁じたりすることを。そんなことはない。

『いや』 いや、そうではなく(bal)。

『アッラーについておまえたちは捏造しているのである』 それを彼(アッラー)に帰すことによっておまえたちは嘘をついているのである。

復活の日、アッラーについて虚偽を捏造した者たちの思いは何か。まことにアッラーは人々に対して恩恵を有する御方、だが、彼らの大半は感謝しない。(10:60)

『復活の日、アッラーについて虚偽を捏造した者たちの思いは何か』 つまり、彼らが思うことはどんなことか。彼らは彼(アッラー)が彼らを罰し給わないとでも思うのか。そんなことはない。

『まことにアッラーは人々に対して恩恵を有する御方』 彼らへの猶予と彼らへの恵みの施しによって。

おまえがある事に従事する時、おまえがそのことからクルアーンから読誦する時、また、おまえたちがなんらかの行為をなす時、おまえたちがそれに没頭している間、われらがおまえたちの上に証人でないことはない。おまえの主からは、地においても天においても微塵の重さも離れることはなく、それより小さなものも大きなものも、明白な書のうちにないものはない。(10:61)

『おまえが』 ムハンマドよ。

『ある事に』 ある事柄に。

『そのことから』 その事のために、あるいは、アッラーからの。

『クルアーンから』 おまえに啓示された。

『おまえたちが』 彼(ムハンマド)と彼のウンマに向けた呼びかけ。

『それに』 その行為に。

『没頭している間』 取り掛かっている間。

『証人』 看視者。

『微塵の』 最小の蟻ほどの。

『重さも』 重量も。

『離れることはなく』 隠れることはなく。

『明白な』 明らかな。

『書』 それは、護持された天板(アル=ラウフ・アル=マフフーズ)である。

まことに、アッラーの友、彼らには恐怖はなく、彼らは悲しまないのではないか。(10:62)

『アッラーの友』つまり、服従行為によって彼に近づき、彼が恩情をもって近寄せ給う者たちのことである。

『彼らには恐怖はなく、彼らは悲しまない』 来世において。それは次のような者たちである。

それは、信仰し、畏れ身を守った者たちである。(10:63)

『畏れ身を守った』 アッラーから。彼の命令と禁止を実行することによって。

彼らには現世において吉報があり、来世においても。アッラーの御言葉に変更はない。それこそは大いなる成就である。(10:64)

『彼らには現世において吉報があり』 アル=ハーキムが正しいと認めるハディースにおいて、それは、人が見る、あるいは見せられる正夢であると解説される。

この節の「吉報」の意味は現世における人々の賞賛と来世における楽園であるとも言われる。アブー・ザッルによると、アッラーの御使いが尋ねられた、「男が善行をなし、人々が彼を賛美することについてどう思われるか」。すると彼は言われた、「それは信仰者の吉報の先駆けである」(ムスリム)。

ある真理に通じた者は言った、「しもべが威力比類なきアッラーのことに専念すると、彼の心は光を灯され、それは光に満ちる。すると、彼の心にあるその光からそれは彼の顔に溢れ、そこに謙虚さの跡が表れる。すると、人々は彼を愛し、彼を称える。これはアッラーの彼への愛と彼の彼への御満悦による吉報の先駆けである」。

カターダによれば、これは、死の際に天使たちがアッラーの御許からの吉報を携えて下ることである。それを根拠付けるのは次の節である。『彼らには天使が下る。「恐れるな、悲しむな、おまえたちに約束されていた楽園の吉報を喜べ」。』(第41章[フッスィラ]30節)。

イブン・アッバースによると、現世での吉報とは、死の際に天使たちが吉報を携えて下ることであり、来世では、信仰者の魂が抜ける時で、天使はそれを伴って至高なるアッラーの御許まで昇り、彼に至高なるアッラーの御満悦の吉報を伝えるのである。

『来世においても』 楽園と報奨がある。

『アッラーの御言葉に変更はない』 彼の約束に破約はない。

『それこそは』 既述のことは。

彼らの言葉がおまえを悲しませることがあってはならない。まことに、威力はすべてアッラーのものである。彼は全聴にして全知なる御方。(10:65)

『彼らの言葉が』 おまえに向けられた、「おまえは使徒ではない」などの。

『まことに・・・』 新しい文章である。

『威力は』 力は。

『彼は全聴にして』 言葉に対して。

『全知なる御方』 行為について。そして、彼らに報いを与え、おまえに勝利を与え給う。

まことに、アッラーにこそ天にある者も地にある者も属すのではないか。アッラーをさしおいて共同者たちに祈る者たちは何に従うのか。彼らが従っているのは推測にすぎず、彼らはただ出まかせを言っているにすぎない。(10:66)

『天にある者も地にある者も属す』 しもべとして、所有物として、そして被造物として。

『アッラーをさしおいて』 彼のほかに。偶像たちを。

『共同者たち』 彼(アッラー)の。だが、本当は、彼はそのようなことからはるか高みにあらせられる。

『祈る者たち』 仕える者たち。

『彼らが従っているのは』 そのことにおいて。

『推測』 それらは神で、彼らのために執り成しをしてくれる、という彼らの推測。

『・・・にすぎず』 辞詞「‘ in」は否定詞「mā」の意。

『彼らはただ出まかせを言っている』 それについて嘘をついている。

『・・・にすぎない』 辞詞「‘ in」は否定詞「mā」の意。

彼こそはおまえたちに、おまえたちが安住するようにと夜を、また見せ場として昼を作り給うた御方。まことにそこには聞く民への印がある。(10:67)

『見せ場』 視線を関係付けての比喩である。なぜなら、そこ(昼)において物は見られるからである。

生活の糧を得るためにそこにおいて働くようにと見せ場として昼を作り給うた。

『聞く民』 聞く、とは、考察し教訓を得る、ということである。

『印がある』 至高なる御方の唯一性の根拠が。

彼らは言った、「アッラーは子を持ち給うた」。称えあれ、彼こそは超越者。彼は充足し給う御方。彼には天にあるものも地にあるものも属す。おまえたちにはこれに対する権威はない。おまえたちはアッラーについて、おまえたちの知らないことを語るのか。(10:68)

『彼らは言った』 ユダヤ教徒とキリスト教徒、そして、天使がアッラーの娘であると考える者たちは。
それらの者に対して至高なる御方は(次のように)仰せられた。

『称えあれ、彼こそは超越者』 子供などから彼を清め奉る。

『彼は充足し給う御方』 どんなものからも。子供を求めるのは、それを必要とする者だけである。

『彼には天にあるものも地にあるものも属す』 所有物として、被造物として、そして、しもべとして。

『これに対する』 おまえたちが言うことに対する。

『権威は』 明証は。

『ない』 辞詞「‘ in」は否定詞「mā」の意。

『おまえたちはアッラーについて、おまえたちの知らないことを語るのか』 非難の疑問文である。

言え、「まことに、アッラーについて虚偽を捏造する者が成功することはない」。(10:69)

『アッラーについて虚偽を捏造する者』 彼に子供を関係づけることによって。

『成功することはない』 幸福になることはない。

現世での享楽、それからわれらの許に彼らの帰り処はある。それからわれらは彼らが拒んだことに対し、彼らに厳しい懲罰を味わわせる。(10:70)

彼らには次のものがある。

『現世での』 彼らの一生の間に楽しむだけの。

『享楽』 わずかばかりの。

『それからわれらの許に彼らの帰り処はある』 死によって。

『彼らに厳しい懲罰を味わわせる』 死後に。


転載:「ジャラーラインのクルアーン注釈」
中田香織 訳
中田 考 監訳
日本サウディアラビア協会出版

(2008年5月30日更新)



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