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【第9章 回帰[アル=タウバ]】
(9:118〜9:129)
 

また、取り残された三人の許にも。大地は広いにもかかわらず彼らには窮屈となり、彼ら自身も彼らには窮屈で、彼らはアッラーからの逃げ所は彼の許しかないと考えた。その後、彼は彼らの許に顧み戻り給い、彼らは悔いて戻った。まことにアッラー、彼こそはよく戻り、慈悲深い御方。(9:118)

『取り残された』 文脈からして、(アッラーが)彼らの許に戻り給うことから。

『三人の許にも』 顧み戻り給うた。

『大地は広いにもかかわらず』 大地の広さにもかかわらず。

『彼らには窮屈となり』 心を落ち着ける場所を見い出せなかった。

『彼ら自身も彼らには窮屈で』 彼らの心も、彼らの悔悟の受け入れが遅れていることによる悲嘆と孤独で。それで、喜びも親しみも入る余地がなかった。

『・・・と』 辞詞「’ an」は軽く(促音[‘anna]にならない)。

『考えた』 確信した。

『その後、彼は彼らの許に顧み戻り給い』 彼らの悔悟を認め給い。

アブドッラー・ブン・カアブ・ブン・マーリク—彼は盲目になったカアブの手を引いていた—は言った。私はカアブ・ブン・マーリクがタブークの物語について語るのを聞いた。カアブは言った、「私はアッラーの御使いが出征された戦役で、タブークの戦役を除き居残ったことはなかった。私がこの戦役でアッラーの御使いに背いて居残ったときほど私は強かったことはなく、裕福だったこともない。アッラーの御使いはこの戦役に、果実が実った曇天の時に出征された。私は鞍をつけ、彼らに追いつこうと思った。そうすればよかったのだが、それができなかった。アッラーの御使いはタブークに着くまで私のことを思い出されなかった。タブークで人々と共に座っている時に彼は言われた、「カアブ・ブン・マーリクはどうした」。すると、サリマ族の男が言った、「アッラーの御使いよ、彼の二枚の上着と自賛が彼を引き止めたのです。するとムアーズ・ブン・ジャバルは言った、「おまえはなんということを言うのか。アッラーに誓って、アッラーの御使いよ、われらは彼について良いことしか知りません」。するとアッラーの御使いは黙っておられた。カアブ・ブン・マーリクは言葉を続けた。彼が旅から戻りつつあることが私の耳に達すると、不安が私を襲い、私は考え始めた。嘘を述べようか、言い訳を準備しようか、明日、彼の怒りからどのように逃れようか、それについて私の一族で見識者すべてに助けを求めようか。アッラーの御使いが近づかれたという報せを受けた時、私から虚偽は取り除かれ、どんな嘘をもってしても彼から逃れることはできないと知った。そこで私は正直に言うことを決意した。アッラーの御使いは朝に到着し、旅行から戻ると、まずモスクで2ラクアの礼拝を上げ、それから人々のために座られた。すると、彼の許に居残った者たちがやって来て、彼に言い訳を始め、彼に誓った。彼らは80人ほどであった。アッラーの御使いは彼らの表明と誓いを受け入れ、彼らのために赦しを乞われ、彼らの内心についてはアッラーに委ねられた。私が彼の許に行き、彼にサラームの挨拶をすると、彼は怒りを含んだ微笑で微笑まれた。そして、「こちらに来い」と言われた。私が歩いて近寄り、彼の目の前に座ると、彼は私に言われた、「なにがおまえを居残らせたのか。おまえはおまえの乗用獣を買っていたではないか」。私は言った、「そのとおりです。アッラーに誓って、アッラーの御使いよ、もしわたしがこの世の者であなた以外の者の許に座っていたのであれば、言い訳で彼の怒りから逃れることでしょう。私には雄弁が与えられています。しかし、アッラーに誓って、私は、もし私が今日、あなたを喜ばせるために嘘を言ったなら、たちまちアッラーはあなたの怒りを私に向かわせ給うでしょう。もし私が真実を語れば、あなたは私に腹を立てるでしょうが、私はそのことにおいてアッラーの許しを願います。アッラーに誓って、私には言い訳はありません。私はあなたに背いて居残った時、今までになく強く、また余裕もあったのです」。すると、アッラーの御使いは言われた、「この者は真実を語った。それゆえ、立って、アッラーがおまえについて裁定を下し給うまで待て」。そこで私は立った。サリマ族の男たちが立ち上がって私の後を追った。そして、彼らは私に言った、「アッラーに誓って、これまでおまえが罪を犯したのを見たことがない。おまえは居残った者たちが言ったような言い訳をアッラーの御使いにすることができなかった。アッラーの御使いがおまえのために赦しを乞われればそれでおまえの罪には十分ではなかったのか」。アッラーに誓って、彼らは荒々しく私を罵り続けたため、戻って嘘を言おうかと思ったほどであった。それから私は彼らに尋ねた、「私と同じような目に会った者がだれかいるか」。すると、彼らは言った、「いる。2人の者がおまえが言ったようなことを言い、2人はおまえが言われたようなことを言われた」。「それはだれか」。「ムラーラ・ブン・アル=ラビーウ・アル=アミリーとヒラール・ブン・ウマイヤ・アル=ワーキフィーである」。そう言って彼らは私にバドルの戦いに参加した2人の義人のことを話した。2人は私にとっては手本であった。そこで彼らが私にその2人のことを述べるに及んで、私は初志を貫いた。アッラーの御使いは人々に居残った者のうちこの3人と話すことを禁じられた。それでわれらは人々を避け、彼らはわれらにとって変貌し、私にとって大地すら見知らぬものとなり、私の見覚えのあるものではなくなった。そのような状態でわれらは50夜を過ごした。私の2人の仲間は家に閉じこもって泣いていたが、私は一番若く、一番強かったため、出かけ、ムスリムたちと共に礼拝し、市場を歩き回った。だが、だれも私には話し掛けて来なかった。私は、礼拝の後で座っているアッラーの御使いの許に行き、彼にサラームの挨拶をし、心の中で言った、「彼の唇は私にサラームを返すために動いたか否か」。それから彼の近くで礼拝し、彼の方を盗み見た。私が礼拝に近づくと、彼は私に近づき、私が彼の方を向くと、彼は私から身をかわされた。やがてそのような人々の冷たい態度が私に続いた時、私は歩いて出かけアブー・カターダの庭の塀によじ登った。彼は私のおじの息子で、私が最も愛する者であった。私は彼にサラームの挨拶をしたが、アッラーに誓って、彼は私にサラームを返さなかった。そこで私は言った、「アブー・カターダよ、アッラーに誓っておまえに頼む。おまえは私がアッラーと彼の使徒を愛していることを知っているだろう」。だが、彼は黙っていたので、私は彼にもう一度繰り返し、懇願したが、彼は沈黙を守り、それから言った、「アッラーと彼の使徒が最もよくご存知である」。すると、私の目に涙が溢れ、私は去って、塀を登った。50夜のうち40夜が過ぎた時、アッラーの御使いの使いが私のところにやってきて、言った、「アッラーの御使いはおまえにおまえの妻を遠ざけることを命じられた」。そこで私は言った、「妻を離婚せよというのか。それともどうせよというのか」。「いや、彼女を遠ざけ、近づいてはならない」。そこで私は私の二人の仲間にも人を送り、同じことを伝えた。それから妻に言った、「おまえの家族の許に行き、この件に関しアッラーが裁定を下し給うまで彼らの許に留まれ」。その後、10夜が過ぎ、アッラーの御使いがわれらと話すことを禁じられてから50夜が完了した。50夜が明けたファジュルの礼拝をした時、私は家の屋根に登っていた。私はアッラーが述べ給うたような状態で、大地も自分には狭く、自分自身も狭く感じられる状態で座っていた時、サルウ山に登って高い声で叫ぶ者の声を耳にした。「カアブ・ブン・マーリクよ、喜べ」。そこで私はひれ伏してサジダした。私は出口とアッラーの御使いの許しがもたらされたことを知ったのである。つまり、人々はアッラーがわれらに顧み戻り給うたことをファジュルの礼拝の時に知り、そこで、彼らはわれらに吉報を伝えるためにやってきたのである。彼らはまた私の二人の仲間にも吉報を伝えた。ある者は馬に乗り、それを走らせたが、アスラム族の者が急いで山に登った。声は馬よりも早く、吉報を告げる声を私が耳にしたその当人が私の許に来ると、私は彼に私の2枚の服を脱いで与え、吉報の礼に彼にそれら2枚を着せ与えた。アッラーに誓って、その時、私には服はその2枚のほかなかった。私は2枚の服を借りるとそれを着てアッラーの御使いの許に出かけた。人々がぞろぞろと私を迎え、「アッラーがおまえに戻ったことを祝って」と言って、悔悟が受け入れられたことで私に祝辞を述べた。
カアブは言った。私がモスクに入ると、アッラーの御使いが座っておられ、人々が周囲を取り巻いていた。すると、タルハ・ブン・ウバイドッラーが立って私の方に駆け寄り、私の手を握り、祝いの言葉を述べた。アッラーに誓って、ムハージルーンの中では彼以外にはだれも私の方に立ってこなかった。私はタルハのそのことを忘れはしない。カアブは続けた。私がアッラーの御使いにサラームの挨拶をすると、アッラーの御使いは顔を喜びで輝かせて言われた、「おまえの母がおまえを産んだ時以来、おまえにとって最良の日を喜べ」。私は彼に尋ねた、「アッラーの御使いよ、これはあなたからですか、それとも、アッラーからですか」。すると、彼は、「私からではなく、アッラーからである」と言われた。アッラーの御使いはうれしい時、満月の一片のように顔が光り輝いていた。彼についてそれをわれらは知っていた。私が彼の前に座ると、私は言った、「アッラーの御使いよ、私の悔悟が受け入れられたことで、私は私の財産をアッラーとその使徒へのサダカとして差し出します」。すると、アッラーの御使いは、「おまえの財産のうちいくらかはおまえのためにとっておきなさい。その方がおまえにとって良い」。そこで私は言った、「私はハイバルでの私の配当を取っておきましょう」。こうしてアッラーは彼の使徒に対し、『アッラーは確かに預言者と移住者たちと援助者たちの許に顧み戻り給うた』から『誠実な者たちと共にいよ』までを下し給うたのである。アッラーに誓って、アッラーが私をイスラームに導き給うたことを置いて、アッラーが私に恵み給うたもので私がアッラーの御使いに対して誠実であったこと以上に私にとって大きな恵みはなかった。

信仰する者たちよ、アッラーを畏れ身を守り、誠実な者たちと共にいよ。(9:119)

『アッラーを畏れ身を守り』 彼に背く行為を退けることによって。

『誠実な者たちと共にいよ』 信仰と約束において。誠実さを守ることによって。

マディーナの住民も、彼らの周囲のベドウィンも、アッラーの使徒の後に居残るべきではなく、彼の命より自分たちの命を望むべきではない。それというのも、アッラーの道において渇きと疲労と飢えが彼らを襲い、また、彼らが不信仰者を立腹させる踏み跡を踏みしめ、敵から獲得するものがあれば、必ずやその度に彼らには善行が書き留められるからである。まことにアッラーは善を尽くす者の報奨を損なうことはなし給わない。(9:120)

『アッラーの使徒の後に居残るべきではなく』 彼が出征された時には。

『彼の命より自分たちの命を望むべきではない』 彼(アッラーの使徒)が御自身に対して進んで身をさらした苦難から彼を護ることによって。叙述文の形を取っているが、(意味は)禁止である。

『それというのも』 居残ることの禁止は。

『渇き』 のどの渇き。

『疲労』 疲れ。

『飢え』 空腹。

『不信仰者を立腹させる』 怒らせる。

『踏み跡を』 踏むことを意味する動名詞。

『敵から』 アッラーの。

『獲得するものがあれば』 殺害、または、捕虜、または戦利品が。

『彼らには善行が書き留められる』 そして、それに対して彼らは報いられる。

『・・・からである』 という理由からである。

『善を尽くす者の報奨を』 つまり、彼らの報奨を。

『損なうことはなし給わない』 そうではなく、彼らに報い給う。

また、彼らが小さくとも大きくとも費用を出し、谷をひとつ横切れば、必ず彼らに書き留められ、アッラーは彼らがしてきたことの最良のもので彼らに報い給う。(9:121)

『小さくとも』 たとえ、ナツメヤシ1つでも。

『大きくとも費用を出し』 その(アッラーの道の)ために。

『谷をひとつ横切れば』 軍事遠征で。

『必ず彼らに書き留められ』 それは。

『アッラーは彼らがしてきたことの最良のもので彼らに報い給う』 つまり、その(最良のものの)報いで。

信仰者は一斉に出征すべきではない。彼らのうち各集団の一部が出征しないのか。彼らが宗教について理解を深め、彼らの民に、彼らが彼らの許に戻った時に警告するためである。きっと彼らも用心するであろう。(9:122)

居残ったことを(第120節『マディーナの住民も、彼らの周囲のベドウィンも、アッラーの使徒の後に居残るべきではなく・・・』によって)咎められ、預言者が一軍を派遣されると、彼らは一斉に出かけた。そこでこの節が啓示された。

アル=ハーズィンによると、この節が啓示されたきっかけは以下の通りである。偽信者の悪徳と彼らがタブークの戦役から居残ったことの悪が明白になった時、ムスリムたちは言った、「アッラーに誓って、われらはアッラーの御使いにも、彼が遣わされた分遣隊に対しても居残ることはしない」。タブークからマディーナに戻られると、彼は分遣隊を出撃させた。すると、ムスリムたちは一斉に戦役に出かけ、預言者 1人を後に残した。そこでこの節が下された。

『信仰者は一斉に出征すべきではない』 戦役に。

『各集団の』 部族の。

『一部が』 一集団が。

『出征し・・・』 残りの者たちは留まる。

『・・・ないのか』 「fa-law lā」は「fa-hallā」の意。

『彼らが』 留まった者たちが。

『彼らの許に戻った時に』 戦役から。

『警告する』 彼ら(留まった者たち)が学んだ諸規定を彼ら(戦没から戻った者たち)に教えることによって。

『きっと彼らも用心するであろう』 アッラーの懲罰に、彼の命令と禁止を守ることによって。

イブン・アッバースは言った、「この節は分遣隊に限定されるもので、この前の節は、預言者が出征された時にひとり居残ることの禁止にかかわるものである」。

信仰する者たちよ、おまえたちに近い不信仰者と戦い、彼らにおまえたちの過酷さを見せつけよ。アッラーは畏れ身を守る者たちと共におられると知れ。(9:123)

『おまえたちに近い不信仰者と戦い』 つまり、彼らのうち(住居、国、血統が)より近い者から順に。

『おまえたちの過酷さを見せつけよ』 峻厳さを。
つまり、彼らに対して冷徹な態度を取れ。

『アッラーは畏れ身を守る者たちと共におられる』 援助と神佑によって。

一章が下される度、彼らの中には、「これがおまえたちのだれの信仰を増やすのか」と言う者がある。信仰する者たち、それは彼らの信仰を増し加え、彼らは喜ぶ。(9:124)

『一章が下される度』 クルアーンの。

『彼らの中には』 偽信者の中には。

『信仰を増やすのか』 確信を。

『・・・と言う者がある』 嘲笑して、自分の仲間に。

『それは彼らの信仰を増し』 それを真実と認めることによって。

『彼らは喜ぶ』 そのことに歓喜する。

一方、心に病のある者たち、彼らにはそれは汚れの上に汚れを増し加え、彼らは不信仰者として死んだ。(9:125)

『一方、心に病のある者たち』 信仰が弱い者。

『彼らにはそれは汚れの上に汚れを増し加え』 それを拒むことによって、彼らの不信仰の上に不信仰を(加え)。

毎年、一度か二度、彼らが試みられることに彼らは気づかないのか。それでも彼らは悔いて戻らず、教訓を得ないのである。(9:126)

『毎年、一度か二度』 旱魃や病気で。

『彼らが試みられることに』 試練を受けることに。

『彼らは気づかないのか』 接頭辞を(三人称男性の接頭辞)「yā‘」(彼らは)とすれば、偽信者たちは。(二人称男性の接頭辞)「tā‘」(おまえたちは)とすれば、信仰者たちよ、おまえたちは。

『それでも彼らは悔いて戻らず』 彼らの偽信仰から。

『教訓を得ないのである』 訓戒を受けないのである。

一章が下される度、彼らは互いに視線を交わした。だれかがおまえたちを見ているか、と。それから彼らは立ち去った。アッラーは彼らの心を逸らせ給うた、彼らが理解しない民であるがためである。(9:127)

『一章が下される度』 預言者がそれを読み上げ、そこに彼らの言及があると。

『彼らは互いに視線を交わした』 (その節がもたらす不名誉を恐れて)逃亡を望んで。そして、(しぐさと目配せで)言う。

『だれかがおまえたちを見ているか、と』 おまえたちが立ち上がった時に。もしだれも見ていないようなら、立ち去り、そうでなければ、動かずにいた。

『それから彼らは立ち去った』 不信仰の下に。

『アッラーは彼らの心を逸らせ給うた』 導きから。

『理解しない・・・』 反省しないために真実を(理解しない・・・)。

おまえたちの許におまえたち自身の中から使徒がやって来たのである。おまえたちが悩むことは彼にとって辛く、おまえたちに心を砕き、信仰者たちに情け深く、慈悲深い。(9:128)

『おまえたちの許におまえたち自身の中から』 つまり、おまえたちのうちから。

アラブ人に向けた非難の言葉である。(・・・)
(・・・)彼は、イスマーイール・ブン・イブラーヒーム(両者に平安あれ)の子孫である。イブン・アッバースは言った、「アラブの部族で、預言者を生み出さなかった部族はなく、彼は彼らと血縁続きである」。

『使徒がやって来たのである』 ムハンマドが。

『おまえたちが悩むことは』 つまり、おまえたちを苦しませること、つまり、おまえたちの苦難や、おまえたちが嫌な目に会うことは。

『おまえたちに心を砕き』 おまえたちが導かれるように。

『信仰者たちに情け深く』 慈悲の心が強く。

『慈悲深い』 彼らに良いことを願う。

『情け深く』とは、信仰者のうち服従する者たちに。『慈悲深い』とは、彼らのうち罪人に。

それゆえ、もし彼らが背を向けたなら、言え、「私にはアッラーで十分。彼のほかに神はない。彼に私は一任した。彼こそは大いなる玉座の主であらせられる」。(9:129)

『それゆえ、もし彼らが背を向けたなら』 おまえを信じることから。

『私にはアッラーで十分』 足りた。

『彼に私は一任した』 彼に任せ、彼以外には信頼しない。

『大いなる玉座の』 台座の。

一部の者は、「玉座(アルシュ)は台座(クルシー)とは違い、台座(クルシー)は玉座(アルシュ)より小さいのに、どうして(玉座を)台座と釈義できようか」と、この解釈に反対している。(・・・)両者は1つのものに対する2つの名前だとも言われる。

『主であらせられる』 それに言及を限定しているのは、それ(玉座)はあらゆる被造物よりも大きいからである。
アル=ハーキムの『アル=ムスタドゥラク』によると、ウバィイ・ブン・カアブは言った、「最後に啓示された節は、『おまえたちの許におまえたち自身の中から使徒がやって来たのである』から章の最後までである」。


転載:「ジャラーラインのクルアーン注釈」
中田香織 訳
中田 考 監訳
日本サウディアラビア協会出版

(2008年5月9日更新)



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2008年 アラブ イスラーム学院