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【第2章 雌牛】
(2:39〜2:57)
 

だが、信じず、われらの印を嘘と否定する者たち、それらの者たちは火獄の輩であり、彼らはそこに永遠に住まう。(2:39)

『われらの印を』われらの諸啓典を。

『それらの者たちは火獄の輩であり、彼らはそこに永遠に住まう』永久に留まり、決して消滅することもなく、そこから出ることもない。

イスラーイールの子孫よ、おまえたちに恵んだわが恵みを思い起こせ。そしてわが契約を果たせ。おまえたちとの契約をわれも果たそう。そして、われこそを怖れよ。(2:40)

『イスラーイールの子孫よ』ヤゥクーブ(ヤコブ)の子孫よ。

前節までは「人々よ」と述べて、人々一般に向かって呼びかけがなされたが、この節から呼びかけはイスラエルの民、つまりユダヤ人に向けられる。

『おまえたちに恵んだわが恵みを思い起こせ』つまり、おまえたちの父祖たちに対するフィルアウン(ファラオ)からの救出、海を割ったこと、雲で陰を作ったことなどの恵みを、われへの服従によってそれに感謝することを通して思い起こせ。

『わが契約を果たせ』私がおまえたちに命じたムハンマドへの信仰の約束を果たせ。

『おまえたちとの契約をわれも果たそう』私がおまえたちに約束したそれ(信仰)に対する報酬の約束を、楽園に入れることによって果たそう。

『そして、われこそを怖れよ』約束の履行を怠ることにおいて。われ以外ではなく。

そして、おまえたちの持っているものの真実性の裏付けとして、われが下したものを信じ、それを否定する最初の者となってはならない。また、われの印を売ってわずかな代価を得てはならない。われこそを畏れよ。(2:41)

『おまえたちの持っているものの真実性の裏付けとして』(おまえたちの持っている)律法の書の。クルアーンがタウヒード(唯一神信仰)と預言の教義において律法の書と一致することによって。

『われが下したものを信じ』クルアーンを信じ。

アッラーの御使いは言われた、「もしムーサー(モーセ)が生きていたら、私に従う以外になかっただろう」。

『それを否定する最初の者となってはならない』啓典の民の中でそれを否定する最初の者となるな。なぜならおまえたちの子孫はおまえたちに追随し、彼らの罪もおまえたちが負うことになるからである。

クルアーンに従うことはムーサーへの信仰を否定するものではなく、むしろそれを必然とするものである。それゆえ、『それを否定する最初の者となってはならない』という御言葉によって、ユダヤ人たちはムハンマドの様々な奇跡を目にし、彼の使命について予め知っており、彼の到来を祈り、その時期を予告していたのであるから、それを真っ先に信じる者となるべきである、と仰せられたのである。

『われの印を』おまえたちの啓典の中にあるムハンマドについての記述を。

『売って』取り替えて。

『わずかな代価を得てはならない』現世の安い対価を。つまり、おまえたちがおまえたちの中の下層の者たちから騙し取っているものを失うことを恐れて、それ(ムハンマドの特徴の記述)を隠蔽するな。

カアブ・ブン・アル=アシュラフやユダヤ教徒の指導者や学者たちはユダヤ教徒の無知な庶民から食物を手に入れ、農産物、果実、貨幣などから毎年一定の割合を受け取っており、人々が預言者ムハンマドの記述を明らかにし、彼に従ったら、そうした既得権益が彼らから失われることを恐れ、そのために律法の書に描かれた預言者の記述を歪曲し、彼の特徴を尋ねられても隠蔽し言及しなかったのである。

『われこそを畏れよ』そのことにおいてわれを恐れよ。われ以外ではなく。

また、知っていながら、真理を虚偽で被ってはならないし、真理を隠蔽することも。(2:42)

『知っていながら』それが真理であることを。

それは一層醜悪である。なぜなら、知らない者は免責されることもあるが、知っている者はそうはいかないからである。

『真理を』おまえたちに啓示されたところの。

『虚偽で』おまえたちが捏造したところの。

『被ってはならない』混ぜ合わせてはならない。

『真理を』ムハンマドの記述を。

『隠蔽することも』してはならない。

また、礼拝を守り、喜捨を払い、屈礼をする者たちと共に屈礼せよ。(2:43)

『…屈礼をする者たちと共に屈礼せよ』ムハンマドとその教友たちと共に礼拝を捧げよ。

彼ら(ユダヤ教徒)の学者たちに関して啓示された。彼らは自分たちの親戚でムスリムになった者には「ムハンマドの宗教をしっかり守れ。それは真理である」と言っていた。

ユダヤ教徒の礼拝には屈礼がなかったため、ここではユダヤ教徒に対する反論として、「礼拝」を特に「屈礼」という言葉で表している。

おまえたちは人々には善行を命じながら、自分たちのことを忘れているのか。啓典を読んでいるというのに。考えてはみないのか。(2:44)

『人々には善行を命じながら』ムハンマドへの信仰を命じながら。

「birr(善行)」とは、あらゆる種類の善と服従行為の総称であるが、それをムハンマドへの信仰と説明しているのは、それがここで意図されていることだからであり、ムハンマドへの信仰が全ての善行の基礎だからでもある。

『自分たちのことを忘れている』自分たち自身のことを放置し、自分たち自身にはそれ(ムハンマドへの信仰)を命じない。

『啓典を…』律法の書を。その中には言行不一致に対する警告があるというのに。

『考えてはみないのか』自分たちの行いの間違いを理解し、立ち戻らないのか。

『忘れているのか』の文は非難の疑問文である。

忍耐と礼拝に助けを求めよ。だが、それは畏れ謙る者たち以外には大儀である。(2:45)

『忍耐』自我が嫌うことにそれを拘置すること。

例えば、崇拝行為に精を出すこと、憤怒を抑えること、堪忍すること、悪をなす者に善で応えること、反逆行為を自制する忍耐など。忍耐には3つある。困難、災難に対する忍耐と服従行為に対する忍耐、後者は前者よりも辛く、その報奨は多い。また、反逆行為を自制する忍耐。これは先の2つよりも辛く、報奨も多い。

『礼拝に』それ(礼拝)が単独で言及されているのは、その重要性の尊重ゆえである。ハディースによると、「預言者は、なにか重大事が起こった時には礼拝に向かわれた」。

また、これはユダヤ教徒に向けた御言葉であるとも言われる。彼らの欲望と権勢欲が彼らの信仰を妨げたので、彼らには忍耐、つまり斎戒、そして礼拝が命じられたのである。なぜなら、斎戒は欲望を抑え、礼拝は謙遜を生み、高慢を消すからである。

これは、不信仰者たちでなく、ムスリムに向けられた言葉である。なぜならムハンマドの宗教の礼拝と忍耐を拒む者に対し、「礼拝と忍耐に助けを求めよ」とは言われないからである。礼拝とは、醜行、忌まわしい行為を禁ずるものである。忍耐がそれ(礼拝)に先行しているのは、それが礼拝に先立つものだからである。なぜなら、忍耐のない者には自我を娯楽から抑制し、礼拝に専念することはできないからである。礼拝の完全な形はそれ(忍耐)なしにはありえないのである。

『助けを求めよ』おまえたちの問題に対し、援助を求めよ。

『それは』礼拝は。

『畏れ謙る者たち以外には』服従に心が傾く者たち以外には。

アッラーを畏れ謙る者は礼拝を守ることに喜びを覚え、困難をものともしないが、多神教徒にとっては困難である。「畏れ謙る」とは、心の集中と、四肢の落ち着きである。

『大儀である』重荷である。

それは、自分たちが主にまみえる者であり、彼の許に帰り行く者であると思う者たちである。(2:46)

『自分たちが主にまみえる者であり』(死後の)甦りによって。

『彼の許に帰り行く者である』来世において。

そして(忍耐と礼拝に対し)彼らに報い給う。

『…と思う』と確信する。

イスラーイールの子孫よ、われがおまえたちに恵んだわれの恵みを思い起こせ。そして、われがおまえたちを諸世界の上に選別したことを。(2:47)

『…われの恵みを思い起こせ』私への服従をもって、それ(恵み)に感謝することによって。

『おまえたちを』つまり、おまえたちの父祖たちを。

『諸世界の上に』彼らの時代の諸世界の上に。

アッラー以外のすべての上に、ということではない。つまり、彼らが人類すべてよりも優れ、われらの預言者ムハンマドとその共同体よりも優れていることを必然的に導き出すものではない。

彼らが諸世界すべてより優れているとの意味は、アッラーはイスラーイールの民にほかのどんな民よりも多くの預言者を遣わし給うた、ということである。『ムーサーが彼の民に言った時のこと、「わが民よ、おまえたちのアッラーの恵みを思い起こせ。彼はおまえたちのうちに諸預言者をなし、おまえたちを諸王とし、世界の誰にも与え給うたことのないものをおまえたちに与え給うた」』(第5章[食卓]20節)。


誰かが誰かに代わって償うことはならず、その執り成しは受け入れられず、身代金は受け取られず、助けられることのない日を畏れ身を守れ。(2:48)

『誰かが誰かに代わって償うことはならず』その日には。

不信仰者には元から執り成しはなく、ましてそれが受け入れられることはない。また、信仰者にも不信仰者に関しては執り成しはきかない。

『その執り成しは』誰の執り成しも受け入れられない。それゆえ、われらには仲裁者はいない。

『受け入れられず』『受け入れられず』の接頭辞は「ターゥ(t)」(tuqbalu)と「ヤーゥ(y)」(yuqbalu)の2通りの読誦法がある(主語は、「執り成し」「執り成す者(ムスリム)」「執り成される者(不信仰者)」の3通りが可能である)。

『身代金は受け取られず』身請け金は受け取られず。

『助けられることのない』アッラーの懲罰を免れることのない。

『日を』復活の日を。

『畏れ身を守れ』恐れよ。

われらがおまえたちをフィルアウンの一党から救い出した時のこと。彼らはおまえたちに酷い虐待を課し、おまえたちの男児を惨殺し、おまえたちの女を生かしておいた。それはおまえたちの主からの大いなる試練であった。(2:49)

『おまえたちを』つまり、おまえたちの祖先を。これとこの後のものは、われらの預言者ムハンマドの時代に存命だった者(ユダヤ教徒)に向けた言葉で、(アッラーが)彼らの祖先に恵み給うたことに関するものである。そしてそれは、彼らに至高なるアッラーの恵みを思い出させ、信仰させるためである。

『フィルアウンの一党から救い出した時のこと』思い起こせ。

『酷い虐待を』最も過酷な虐待を。

『課し』味わわせ。この文は、『われらがおまえたちを…救い出し』の代名詞「おまえたち」の、状態の副詞的修飾句である。

イスラーイールの民はフィルアウンの許でさまざまな使役に服し、強健な者は城の建設のための石切り、石材とレンガの運搬、レンガの製作、調理、大工仕事、鍛冶、製鉄の仕事をし、弱い者には人頭税が課され、女は亜麻布の紡績、機織りなどの仕事をしていた。

『おまえたちの男児を』新生児を。

『惨殺し』前の言葉(酷い虐待)の説明。

『おまえたちの女を』ある占い師がフィルアウンに、「イスラエルの民の間に生まれた男子があなたの王権の喪失の原因となる」と予言したために。

『生かしておいた』生き残らせた。

エルサレムの神殿からやって来た火がエジプトを包み、エジプト人を焼き尽くしたが、イスラーイールの民には達しなかったという夢を見たフィルアウンは占い師に伺いを立てたところ、占い師は、イスラーイールの民から生まれた男児が彼の王権の喪失の原因となると告げたため、フィルアウンはイスラーイールの民に生まれた男児を殺した。その数は1万2000人に達した。老人も次々と死んだため、エジプト人の貴族たちが「あなた様がイスラーイールの民の子供を殺し、老人たちが死んでいくため、彼らは死滅し、われらが労働をしなくてはならなくなります」と訴えたため、男児の殺害は1年おきとされた。ハールーンが生まれた年は殺害を免じられた年で、ムーサーが生まれた年は殺害の年であった。

『それは』苦役、あるいは救済は。

『大いなる試練であった』苦難、あるいは恩恵。

「試練(balā’)」は、苦難を指すとも、恵みを指すとも考えられる。『われらは凶事と吉事を試練としておまえたちを試みる』(第21章[預言者]35節)。ここでは、苦難とはフィルアウンによって加えられた苦役であり、恵みとはそこからの救済である。

ここから「…した時のこと」という表現が6箇所続くが、これはアッラーのユダヤ教徒への恵みの具体例の列挙で、「…を思い起こせ」という語が省略されていると考えられる。

また、われらがおまえたちに海を分け、おまえたちを救い、おまえたちが見ている前でフィルアウンの一党を溺れさせた時のこと。(2:50)

『また』思い起こせ。

『おまえたちに』おまえたちのために。

『海を』おまえたちが敵から逃れてそこに入るに至って。

『分け』裂き。

『おまえたちを救い』溺死から救い。

『おまえたちが見ている前で』彼らの上で海が閉じられるのを。

『フィルアウンの一党を溺れさせた』彼の民を彼と共に。

この時点でイスラーイールの民の人口は62万人で20歳以下60歳以上の者はいなかった。ヤゥクーブが72人の男女と共にエジプトに移住したのはこれより400年前のことであった。

また、われらがムーサーに四十夜の契約を結んだ時のこと。その後、彼の後で、おまえたちは子牛を奉り、不正をなす者であった。(2:51)

『われらがムーサーに四十夜の…』それが満了した時点で、おまえたちが実践すべき律法の書を彼に授ける。

『契約を結んだ』『契約を結んだ(wā‘adnā)』は、長母音のアリフがある読誦法(「wā‘adnā」動詞派生形第3形)とない読誦法(「wa‘adnā」動詞原形)がある(意味はほぼ同じ)。

『彼の後で』彼がわれらの約束の場所に赴いた後に。

『おまえたちは子牛を奉り』サマリア人がおまえたちに作った子牛を神として。

『不正をなす者であった』子牛を奉ることによって、おまえたちが崇拝を本来の場でない場に位置付けたために。

フィルアウンが滅びた後、イスラーイールの民がエジプトに戻ると、アッラーはムーサーに律法の書を授けることを約束し給い、シナイ山に来て、ズー・アル=カアダ月(イスラーム暦11月)からズー・アル=ヒッジャ月(12月)の10日までそこで断食をするように命じ給うた。ムーサーは兄ハールーンに民を任せ、40夜をそこで過ごした。そして30日目にしてトパーズの石板に書かれた律法の書が彼に下された。ムーサーの留守中、イスラーイールの民はサマリア人が作った子牛の像を神として拝んだ。

その後、われらはおまえたちを許した。きっとおまえたちは感謝するであろうと。(2:52)

『その後』奉った後。

『われらはおまえたちを許した』おまえたちの罪を拭い消した。

ここでの「許した」の意味は、子牛の崇拝者たちの悔悟を容認し給うたこと。

「‘afū(許し)」と「magfirah(赦し)」の違いは、「許し」の方は懲罰の後に来ることもあるが、「赦し」の方は懲罰は伴わないことである。

『きっとおまえたちは感謝するであろうと』おまえたちへのわれらの恵みに対し。

また、われらがムーサーに啓典と識別を与えた時のこと。きっとおまえたちは導かれようと。(2:53)

『…ムーサーに啓典と』律法の書と。

『識別を』つまり、真理と虚偽、許されたものと禁じられたものを識別するもの。『と(wa)』は、説明の接続詞(つまり、「識別の啓典」の意)。

『きっとおまえたちは導かれようと』それによって、迷誤から。

また、ムーサーが彼の民に言った時のこと。「わが民よ、おまえたちは子牛を奉ったことによって自分自身に不正をなした。それゆえ、おまえたちの造り主の許に戻れ。そしておまえたちの仲間を殺せ。その方が、おまえたちの造り主の許では、おまえたちにとってより良い」。すると、彼はおまえたちを戻り顧み給うた。まことに彼はよく戻り顧み給う慈悲深い御方。(2:54)

『彼の民に』子牛を拝んだ者たちに。

『…子牛を奉ったことによって』神として奉ったことによって。

『おまえたちの造り主の許に戻れ』その(子牛の)崇拝からおまえたちの創造者の許に。

『そしておまえたちの仲間を殺せ』つまり、おまえたちの中で罪を犯さなかった者が罪人を。

『その方が』処刑する方が。

『おまえたちの造り主の許では、おまえたちにとってより良い』そこで、アッラーはおまえたちがそれを執行するのを助け給い、互い同士が見えないように黒雲を遣わし給うた。その後アッラーはムーサーが7万人あまりを処刑した時点で、彼に慈悲を垂れ給うた。

『彼はおまえたちに戻り顧み給うた』おまえたちが悔い改め戻る前に。

偶像崇拝の罪をなさなかった1万2000人に80万の罪人を処刑するようにムーサーが命じると、彼らは「われらはアッラーの命令に耐える」と言って服を巻き付けて座った。ムーサーは彼らに、「服をゆるめたり、その端を死刑執行者に向けたり、手や足で身を防いだ者は悔悟が受け入れられない呪われた者である」と言った。それから剣を取り出し、罪人を処刑するために人々は進み出たが、罪人の中には息子、父、兄弟、隣人、友人がいたため、同情から殺すことができず、「ムーサーよ、われらはどうすればよいか」と訴えた。そこでアッラーは彼らに殺す相手が見えないように大地を覆う黒雲を送り給い、彼らは処刑を始めた。夜までかかって7万人まで殺したところで、深い悲しみがムーサーとハールーンを襲い、彼らは泣いてアッラーに懇願した。すると雲が晴れ、アッラーはムーサーに、「殺した者も殺された者もわれが楽園に入れることがおまえを喜ばせないか」と仰せられた。こうしてアッラーは悔悟を受け入れ給い、殺された者は殉教者となり、死を免じられた者は罪を赦された。

『造り主(al-bāri’)』とは、「創造主(al-khāliq)」のことであるが、「造り主」には、無から被造物を引き出す、無から存在へと分かつというような意味がある。

おまえたちが、「ムーサーよ、われらはアッラーをはっきりと見るまではおまえを信じない」と言った時のこと。すると、おまえたちが見ている前で大音響がおまえたちを捕らえた。(2:55)

『…と言った時のこと』おまえたちはムーサーと共に子牛の崇拝者たちの弁解をするために出かけ、アッラーの御言葉を聞いていた。

『われらはアッラーをはっきりと見るまでは』自分の目で。

『おまえたちが見ている前で』おまえたちに生じた事態を。

『大音響が』大音声が。

『おまえたちを捕えた』そしておまえたちは死んだ。

それから、おまえたちの死後、われらはおまえたちを甦らせた。きっとおまえたちは感謝するだろうと。(2:56)

『甦らせた』生き返らせた。

『きっとおまえたちは感謝するだろうと』それによるわれらの恵みに対して。

アッラーはムーサーに、偶像崇拝の許しを乞うためにイスラーイールの民のうちから人々を連れてくるように命じ給うた。そこで彼は70人を選び、彼らに、「断食し、身を清め、衣服を清めよ」と命じ、彼らはそれを行った。彼らを連れてムーサーがシナイ山に来ると、彼らはムーサーに、「われらの主の言葉を聞きたいと主に頼んでくれ」と言った。そこでアッラーは、「われこそはアッラーなり、われの他に神はない。われはおまえたちをエジプトの地から強い腕で連れ出した。われに仕えよ。ほかのものに仕えてはならない」という言葉を彼らに聞かせ給うた。ところが、彼らは、「目で見るまでは信じない」と言った。すると、恐ろしい大音響が鳴り響き、彼らは死に果てた。「sā‘iqah(大音響)」とは天から下された火で、彼らはそれで焼かれたとも言われる。

それを見たムーサーは泣いて祈って言った、「彼らは私と生きて脱出した者たちです。もし御望みであったなら、以前に彼らも私も滅ぼし給うておられたものを」。ムーサーは祈り続け、ついにアッラーは彼らを一昼夜死んだ状態から一人一人生き返らせ給うた。

また、われらはおまえたちの上に雲で陰を作り、おまえたちの上にマンナとサルワーを下した。われらがおまえたちに与えたものの良い物から食べよ。おまえたちはわれらに不正をなしたのではなく、自分自身に不正をなしたのである。(2:57)

『おまえたちの上に雲で陰を作り』荒野で、灼熱の太陽から薄い雲によっておまえたちを隠し。

『おまえたちの上に』そこ(荒野)で。

『マンナとサルワーを』それは甘い粘液とウズラである。ウズラ(sumānā)は「ミーム(m)」の文字を促音にしない(sammānではない)。「マンナ」は短母音である(manāでない)。

そしてわれらは(次のように)言った。

『われらがおまえたちに与えたものの良い物から食べよ』「そして蓄えるな」と仰せられた。ところが彼らはその恩恵を信じず蓄えたため、それは彼らから取り去られた。

『おまえたちはわれらに不正をなしたのではなく』それ(忘恩)によって。

『自分自身に不正をなしたのである』自業自得となったから。

イスラーイールの民は夜に昼をついで砂漠を旅したが、日中、彼らの上には太陽から彼らを遮る薄雲がかかり、夜は光の柱に照らされて旅を続けた。彼らの衣服は汚れることも擦り切れることもなかった。彼らはシリアとエジプトの間を40年間さまよい続けた。それはシリアの巨人たちを殺せというアッラーの命に従わなかったためであった(『おまえとおまえの主とで行って戦え。われらはここに座っている』(第5章[食卓]24節))。この時、イスラーイールの民は60万人であったが、20歳未満の者を除きすべての者が砂漠で死に、ムーサーもハールーンの死から1年後に死んだ。

「マンナ(恩恵)」とは、甘い粘液で、毎日ファジュル(日の出前)から日の出までに一人に1サーウ(2.75リットル)分だけ雪のように降った。また、「サルワー」とは、ウズラか、またはそれに似た鳥で、南風が運んできた。


転載:「ジャラーラインのクルアーン注釈」
中田香織 訳
中田 考 監訳
日本サウディアラビア協会出版



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2005年 アラブ イスラーム学院