イスラーム研究 月刊『道(タオ)』掲載 
19イスラームにおける祭日

イスラーム以前の状況
 イスラームが成立する以前は、各民族にはそれぞれ独自の祭日があり、またその祭日についてのそれぞれの習慣がありました。
 かつてのアラブ人には多くの祭日がありました。またさらに、彼らはその時代の権力者の祭日にも従っていました。当時の権力者とは、ローマ帝国やペルシャなどでした。
 さらに、アラブの各部族にはそれぞれの祭日がありました。
 このように、イスラームが成立する以前には、各部族で異なった祭日を持ち、また、その過ごし方も互いに異なっていました。

イスラームでの祭日
 十四世紀前にイスラームが成立した際、生活のあらゆる面でイスラーム教徒が一体となることが図られました。
 『クルアーン』に次の言葉があります。
「また、あなたがたは一団となり、
(人びとを)善いことに招き、
公正なことを命じ、
邪悪なことを禁じるようにしなさい。
これらは成功する者である。
明証がかれらに来た後分裂し、
また論争する者のようであってはならない。
これらの者は、厳しい懲罰を受けるであろう」
(第三章(イムラーン家章)百四、百五節)
 祭日については、イスラームには主要な祭日は二つだけであると教徒達は教えられました。一つは、イード・ル・フィトル(断食明けの祭)と呼ばれるもので、断食月、つまりラマダーン月(九月)の終わった翌日(つまり、シャッワール月、十月一日)に行なわれます。全てのイスラーム教徒はこの日を祝わなくてはいけません。
 もう一つは、イード・ル・アドハー(犠牲祭)と呼ばれるもので、これはハッジ(巡礼)の行事の中日、つまり、ズ・ル・ヒッジャ月(十二月)の十日目に当たります。
 これらの祭日は一年に一度あるものです。
 どちらの祭日も一日だけのものですが、イスラーム教徒はこれらの祭日のお祝いを三日間に延長し、贈り物を交換したり、楽しいひとときを過ごしたりし、さらに、この二日間の祭日を下さった唯一の神アッラーに感謝をします。

イスラームの国々における祭日
 イスラーム教徒は、他のどんな宗教の祭礼にも従ってはならず、他の宗教から区別され、際立たなければいけません。
 そして、この二つの祭日をあらゆる場所で一斉に祝うことで、イスラームの持つ力の偉大さを示さなければいけません。
 現在では、全てのイスラームの国々でこの二つの祭日を祝っています。

イスラームにおける他の祭日
 イスラームにはもう一つ祭日があります。しかし、それは先にお話した祭日とは性格が違うものです。
 先ず第一に、イスラーム教徒はこの日のことを祭日とは呼びません。第二に、この祭日には祝い事は全くありません。
 イスラーム教徒はこの祭日を「ジュムア(金曜日)」と呼んでいます。この祭日は週に一度あります。
 ジュムア(金曜日)は、少しだけ他の曜日と区別されています。毎週金曜日の正午の前に、教徒は出来るだけ身体を浄めるようにとされていて、通常はシャワーを浴び、香水をつけます。それからモスクへ行き、礼拝の際の指導者であるイマームの説教を聞きます。説教は大体十五分程度続き、次に礼拝が行なわれます。
 礼拝が終われば、それぞれ仕事に戻るか、家に帰るかします。ですから、祭り事は一切ありません。
 イマームの説教は、現在の教徒達の状況に沿った話題や、イスラーム教徒の栄光ある歴史、または、イスラームの教えをもう一度思い起こさせる話から選ばれます。
 また時々は、イスラームの説く、教徒が従い、守って行くべき道徳や、正しい行ない、礼儀についても説教します。

ジュムアの意味
 「ジュムア」とはアラビア語で「集い」という意味です。たくさんの人々が毎週金曜日に礼拝をし、指導者であるイマームの説教を聞きに集まります。

イスラームの国々の金曜日
 ユダヤ教における「安息日」(土曜日)や、キリスト教における「主の日」(日曜日)とは異なり、イスラームの金曜日は他の曜日と区別すべきものではありません。
 この日にイスラームについての説教があり、この集まりに出席することが出来る男性はモスクに行かなくてはいけないということ以外は、他の曜日と変わりはないのです。
 しかし、いくつかのイスラームの国においては、この日を週の休日と定めているところもあります。というのは、説教と礼拝で一時間が費やされるからです。
 ユダヤ教の安息日やキリスト教の主の日に働くことは、罪とみなされますが、イスラームではそういうことはなく、金曜日に働いてもよいし、他の曜日にすることを行なっても問題はありません。

イスラームにおける金曜日の意味
 金曜日は他の曜日と区別すべきものではないと言いましたが、イスラームの見地からすれば、やはりこの日は他の曜日よりも際立った存在と言えます。
 預言者ムハンマド(彼の上に祝福と平安あれ)はこう御話しています。
「太陽が昇るのに最もふさわしい日は金曜日である。アーダムが生まれたのは金曜日である。また、アーダムが天国に入ったのも、この地に降りて来たのも、そして、アーダムが亡くなったのも金曜日である」
 イスラームにおいては、全て善いものは神への崇拝の象徴です。それゆえに、イスラーム教徒はいつでも神を崇拝しなければなりません。
 『クルアーン』の中で、アッラーはこう仰っています。
「定めの時(著者註、死)が訪れるまで、
あなたの主に仕えなさい」
(第十五章(アル・ヒジュル章)九十九節)
 イスラーム教徒にとって、金曜日というのは大変重要な日です。この日に、彼らの神への崇拝の気持ちは増し、また、社会的な絆は強まります。
 イスラーム教徒は、アッラーが金曜日を御好みだと信じています。そこで、教徒の殆どはこの日に彼らの知人や友人を互いに訪問したり、電話をかけたりします。
 さらに、殆どの家族はこの日に集まります。皆、両親の家を訪問します。また、もし訪問出来ない場合は、電話をかけます。というのは、イスラームはその教徒に彼らの両親と強く結び付いているように、常に両親の側にいるように、そして、両親の命じるがままにするようにと教えているからです。
 『クルアーン』の中で、アッラーは御自身の権利について定めたすぐ後に、両親についての権利を定めています。
「アッラーと一緒に外の神を
立ててはならない。
さもないと、あなたがたは軽蔑され
見捨てられるであろう。
あなたの主は命じられる。
かれの外何者をも崇拝してはならない。
また両親に孝行しなさい。
もし両親かまたそのどちらかが、
あなたと一緒にいて老齢に達しても、
かれらに「ちぇっ」とか荒い言葉を使わず、
親切な言葉で話しなさい。
そして敬愛の情を込め、
両親に対し謙虚に翼を低く垂れ(優しくし)て、
『主よ、幼少の頃、わたしを愛育してくれたように、二人の上に御慈悲を御授け下さい』
と(祈りを)言うがいい」
(第十七章(夜の旅章)二十二~二十四節)
 また、別の箇所にはこうあります。
「われは、両親への態度を人間に指示した。
人間の母親は、苦労に窶れて
その(子)を胎内で養い、
更に離乳まで二年かかる。
『われとあなたの父母に感謝しなさい。
われに(最後の)帰り所はあるのである』」
(第三十一章(ルクマーン章)十四節)
 金曜日が大変重要であることは、『クルアーン』の中に一章が全てジュムアについて書かれた「アル・ジュムア(合同礼拝)」という章があることからも分かります。
「あなたがた信仰する者よ、
合同礼拝の日の礼拝の呼びかけが
唱えられたならば、
アッラーを念じることに急ぎ、
商売から離れなさい。
もしあなたがたが分かっているならば、
それがあなたがたのために最も善い。
礼拝が終わったならば、
あなたがたは方々に散り、
アッラーの恩恵を求めて、
アッラーを讃えて多く唱念しなさい。
必ずあなたがたは栄えるであろう。
しかしかれらは、
うまい儲けや遊びごとを見かけると、
(礼拝のために)立ち上っているあなたを
等閑にして、そちらに駆け出す始末。
言ってやるがいい。
『アッラーの御許(の恩恵)は、
遊戯や取引よりも優る。
アッラーは最善の給与者であられる。』」
(第六十二章(合同礼拝章)九~十一節)

 以上、述べて来たことをまとめますと次のようになります。
 イスラーム教徒にとって金曜日は大変重要な日であるということ、そして、アッラーに対する崇拝の気持ちと、善い行ないはこの日に増していきますが、この日は他の曜日と同様に、仕事をしたり、用事を済ましたりすることが出来るということです。        (続く)

 

     
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