イスラーム研究 月刊『道(タオ)』掲載 
24イマームとウラマ-

権力者としてのイマーム
 「イマーム」には二つの意味があります。一つは権力者・指導者という意味で、もう一つは義務の礼拝の時に、皆の先頭に立って礼拝を執り行なう導師という意味です。
 まず最初に、権力者という意味のイマームからお話しましょう。
 イスラームの見地からすれば、このイマームは他の人と何ら変わるところのない人で、聖なる存在でもありませんし、間違いも犯します。また、何か物事を決める際にはウラマーという学者に相談しなければいけません。
 例えば、サウジアラビアでは国王がイマームですが、彼に会うことは誰にでも出来ます。前もって予約をしておけば、誰でも国王に会う権利があるのです。
 イマームは自分で命令や規則を作ることは出来ません。必ず『クルアーン』や「ハディース」に照らしてみて、それらに則っているかどうかを見なければいけません。特に、宗教的なことに関してはそうです。しかし、世俗的なことに関しては、彼はどんな規則でも作ることが出来ます。しかし、もちろんイスラームの教えに反してはいけません。
 例えば、交通規則などはイマームは自分自身で決めることが出来ます。しかし、例えば「一日に六回以上礼拝をしてはいけない」というようなことを決めることは出来ません。というのは、礼拝に関しては『クルアーン』で決められているからです。

ウラマーという存在
 宗教的なことは、イマームは「ウラマー」という学者に相談しなくてはいけません。
 イスラームには二つの権力があります。一つはウラマーが持つ宗教的権力で、もう一つはイマームが持つ行政的権力です。ウラマーが提案したことをイマームは実行に移すのです。
 ウラマーも、イスラームの見地からすれば他の人と何ら変わるところのない人で、聖なる存在でもありませんし、優れた魂の持ち主というわけでもありません。
 ある人がどれだけ優れた魂を持ち、アッラーに近いかどうかは、その人の職業や地位によるものではなく、どのような行ないをし、どれだけ『クルアーン』や「ハディース」を読み、その教えに従っているかで決まります。
 ですから、非常に貧しい人が、これらの指導者たちよりもアッラーにより近いということもあり得ます。
 我々は、イスラームの教えはどんな時代にも、どんな場所にも適用出来るものだと考えています。ですから、イマームが何かを決めようとする時は、いつも『クルアーン』や「ハディース」に立ち帰ります。
 実際には、ウラマーを通して『クルアーン』や「ハディース」の中にそれについてのことを捜します。それについてのことは書かれているのです。そして、それに基づき決定をします。
 もし、彼らの決定したことが『クルアーン』や「ハディース」に反するものであったら、私たちはそれに従いません。
 イマームには基本的に誰でもなれますが、ウラマー達からなる相談役の推薦を受けなければいけません。歴史的に見れば、イマームはその時代、時代に力のある家から選ばれ、その家の子孫に代々引き継がれていきました。
 もし、イマームがイスラームの教えに従わないような人物の場合は、相談役達はその人物を下ろし、別の者をイマームにしました。

代々続いたイマーム
 最初のイマームは預言者ムハンマド(彼の上に祝福と平安あれ)でした。その没後は、初代カリフのアブー・バクルがイマームとなり、次が二代目のウマル、三代目のウスマーン、四代目のアリーと続いていきました。
 「イマーム」という言葉は預言者ムハンマドが既に使っていました。「ハディース」の中に、「(私の死後は)皆イマームに従いなさい」と言っています。そして、アブー・バクルをイマームに指名しました。
 また、預言者ムハンマドはイマームに細かな指示を与えています。例えば「礼拝の時、イマームはあまり長く『クルアーン』の引用を読まないように、礼拝もあまり長くならないようにしなければいけない。なぜならば礼拝者の中には病気の者もいれば、礼拝後に用事のある者もいるかも知れないからである」とあります。
 アブー・バクルより後のイマームは全て相談役によって選ばれています。また、アブー・バクルからアリーまでのイマームは皆違う家の出身で、必ずしも同じ家の出身者がイマームを引き継ぐわけではないことを示しています。
 代々、イマームの地位は一人から一人へと引き継がれていきましたが、約四百年前に、英国などがイスラームの国を植民地化し、それによってイスラーム世界は分裂してしまい、いくつもの国に分かれ、以来それぞれの国が別々にイマームを選ぶようになってしまいました。

礼拝の導師としてのイマーム
 預言者ムハンマドの時代には、イマームはただ一人、彼だけで、権力者としてのイマームであり、礼拝の導師としてのイマームでした。
 しかし、イスラーム共同体が大きくなるに従い、モスクの数も増えて行ったこともあり、イマームが一人では立ち行かなくなりました。
 そこで、イマームが他のイマーム達を任命し、彼等はそれぞれのモスクで礼拝の導師を務め、毎週金曜日や、年に二回のイード(祭日)の際に人々の前でフトバ(説教)をしました。
 また、この礼拝の導師としてのイマームは人々を指導し、イスラームの教えを伝えます。人々は何かあれば、特にイスラームの教えで分からないことがあれば、イマームに相談し、その指示を仰ぎます。
 それぞれのイマームは自分のモスクのある地域の代表者となり、その地域の人々の面倒を見ます。つまり、礼拝の導師としてのイマームも、その地域においては最初に述べた権力者としてのイマームと同じような役割をします。大きく異なるのは、礼拝の導師としてのイマームは法律を作ることが出来ない点です。彼は法律に従うだけです。
 イマームは金曜日の説教を通して、人々をイスラーム教徒として正しい方向に導き、皆を結び付け、より深く親密にさせようとします。
 また、イマームはそれぞれの地域の問題を解決し、その地域をより良いものにしていかなければいけません
 つまり、イマームは教師のような存在です。彼らは人々にイスラームの教育を行ない、良いイスラーム教徒になってもらおうとアドバイスをします。そのために、人々はイマームを慕い、尊敬し、常に彼の言葉に従おうとします。

イマームの資格
 イマームは、このように人々を導いていかなければいけないので、イマームとなるためには、まず正しい行ないをする人でなければいけません。また、時には高い教育を受けていることや、良家の出身であることも必要です。
 実際に多くのイマームは世俗的な力のある家の出身です。
 さらに、『クルアーン』を全て暗記し、イスラームの法についてよく精通していないといけません。というのは、人々がイスラームの教えについて尋ねて来ますので、それにきちんと答えられなければならないからです。
 また、金曜日の集団で行なう礼拝の時に説教をしなければいけないので、人々の前で話が出来、きちんと発音が出来なくてはいけません。
 かつて、まだ共同体が小さかった頃は、以上のような条件を満たした者が、ウラマー達の推薦を受けてイマームとなりました。イマームの志願者達はウラマーに付いて勉強していましたので、ウラマーは志願者達を直接知っており、このようなやり方で問題ありませんでした。
 しかし、共同体が大きくなるにつれてモスクの数も増し、沢山のイマームが必要になって来ました。また、志願者の数が増え、ウラマー達は彼等のことを把握し切れなくなりました。
 そこで現在は、イスラーム関係のことを取り扱う「イスラーム省」がイマームを選ぶ部署を持ち、そこで試験を行なって選抜しています。
 現在、多くの人達は大学に行って勉強します。彼等は『クルアーン』の暗記も出来、イスラーム法についての知識も豊富です。また、モスクの数も増えて、沢山のイマームが必要とされていますので、イマームになるのはそれほど難しいことではありません。
 ですから、イマームになろうという人は大体大学に行きます。しかし、必ずしも大学を出ていなくても、イマームとしての資格を十分に持ち、ウラマーからの推薦があればイマームになることが現在でも出来ます。
 しかし、イマームになろうという人はあまりいません。というのは、責任が重大な仕事だからです。沢山の人の面倒を見なければならず、イスラームの教えについての質問に答えなければいけないのは楽な仕事ではありません。
 イマームはこのような仕事をし、正しい行ないをし、イスラームの教えに従っています。ですから、一般の人達よりもアッラーに近いと言えます。大抵の場合はそうでしょうが、先程もお話しましたように、全てのイマームが優れた魂を持っているとは限りません。
 ところで、イマームというのは職業ではありません。ですから、大抵のイマームは別の仕事を持ち、一方で、イスラームについて自分が持つ知識を人々に教えるという責任があります。そのため、大変に忙しいのです。
 モスクには大勢の人々が毎日来て、イマームが行なうイスラームについての授業を受けます。その授業は多岐に亘り、例えば授業には、どのようにして『クルアーン』を暗記するかを教えるものなどがあります。
 別の仕事を持つ必要のないイマームとは、例えば裕福な家の出身であるとか、イスラーム省から幾らかの補助金を受け取っている者達です。このような補助金は十分ではありませんが助けにはなります。
 イマームの間に階級というものはありません。あるイマームは小さなモスクに所属し、金曜の礼拝で説教をしないということはありますが、それは階級の差ではありません。(続く)

 

     
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